第157話 清浄魔法と祈り
目の前に石碑が立っている。聖女の森と同じような大きさの石碑だ。中心に魔法陣が彫り込まれている。石碑の向こう側はすぐに切り立った崖になっていて、崖の下には森が広がっていた。あの森はトリアン王国の森なのだろう。
石碑に近づき、石碑と私を囲うように氷の防壁を展開した。これで少しの間、魔物は近づけないだろう。私は石碑に触れると目を閉じた。
「チルチル、補助お願いね」
『おう、まかしとき』
石碑は正常に結界を保っていたが、1000年以上放置されていたようで、清浄魔法が少し足りなくなっているようだ。このままでは、いずれ止まっていたかもしれない。私はゆっくりと清浄魔法を魔法陣に込めていく。
『ゆっくりでええから、少し多めに祈るんや。向こうの国の魔物の弱体化が目的やからな』
アレックス様が今いる地に、魔物が増えている。それは常に危険と隣り合わせだということだ。絶対にそれは何とかしたい。気合を入れて私は祈った。幸い氷の防護壁は今のところ魔物を退けてくれているようだ。
『ええ感じやで。もうすぐ正常範囲までいく、そこから更に範囲を広げていくからもう少し踏ん張ってや』
額から汗が滴る。魔力量は増えているが、やはり石碑に清浄魔法を施すのはかなり大変だ。持っている半分の魔力がすでになくなっている自覚があった。ここまでの戦いで思いのほか魔力を消費してしまったようだ。ここからどれだけ頑張れるかの勝負だ。少しでもアレックス様の助けになりたい、その一心で必死に祈った。
いつの間にか、氷の防壁は消えていた。魔力が無くなってきたため、そちらを保つことが出来なくなってきたようだ。ウィルが側にきて、私を庇いながら魔物を倒していく。
『よっしゃ、ええで、広範囲で完成したで』
チルチルの声に、重い瞼を上げると石碑が淡く輝いていた。どうやらギリギリ魔力は足りたようだ。石碑の隣にへたり込んでいると、こちらに魔物が一頭向かってきた。最後の力を振り絞って私を殺しに来たようだ…でも、体の力が抜けて、逃げることは出来そうになかった。
「フィーネ、逃げろ!」
ウィルの声が聞こえた。私はぎゅっと目をつぶり、魔物の攻撃に成す術もなく蹲った。
「フィーネ!!」
懐かしい声が一瞬聞こえた気がした。バチッと音がしたと思ったら、魔物は目の前から消えていた。
「……?アレックス様…」
私は慌てて国境沿いの森を見下ろしたが、そこには森が広がっているだけだった…この森のどこかにいるの?アレックス様に会いたい…
「大丈夫か?フィーネ…泣いているのか?」
ウィルが私の肩を抱き寄せた。力が出ない私はそのままウィルに寄りかかるような形になった。涙が次から次に溢れて、声を出そうとしたが嗚咽が漏れるだけだった。
「帰ろう、フィーネ。僕が抱き上げていいか?」
ほとんどの力が抜けて、ここから去ることが難しかった。私は泣きながら頷いた。
いつの間にか、魔物はほとんどがいなくなっていた。清浄魔法が石碑に込められ、大型、中型の魔物は弱体化されてほとんどが倒されたようだ。残っている魔物も弱体化しているので、この先も害はないだろう。
「休んでいろ。落とさずに運んでやるから」
石碑の森の入り口に馬を置いて来ていたので、そこまで抱えて運ぶつもりのようだ。
「だ、大丈夫?」
「これくらい、大丈夫だ。だが、落ちそうだと不安に思うなら首にしっかり掴まっていろ」