第144話 アレックスの受難①
昨日の朝早くに、俺はカトリーヌ殿下と数名の共を連れて秘密裏に王都を出立した。俺の懐にはマルク-ル陛下からの親書が収まっている。書簡の内容は、甥のアレックスを王配に差し出します。これからも仲良くしましょう。簡単に言えばそんな感じだ。
発端は、東にあるジョンソン辺境伯からの手紙だった。辺境伯領に隣接するトリアン王国のカトリーヌ殿下が遊学に来るため、護衛として魔法騎士団長の俺に要請があった。
王都を発って8日目にジョンソン辺境伯領に到着したが、約束の日時より早くカトリーヌ殿下一行は到着していた。ジョンソン辺境伯から紹介されたカトリーヌ殿下は美しい女性だった。オレンジ色の髪は艶やかで、勝気そうなアーモンドアイは綺麗な翡翠色だった。身長は女性にしては高めだが、全体的にスレンダーな体形も合わさってどこか中性的な美しさを引き立てていた。
「初めまして、アレックス・アルダール公爵令息。突然ですが、わたくしと結婚してくださいな」
会った直後に言われた言葉に俺は暫く固まった。
「王女殿下、いきなりそんなことを言っては、アレックス団長が混乱しますよ」
話に割って入ったのは、ここの領主であるライリー・ジョンソン辺境伯だ。父親より少し年上の彼は、一見穏やかな雰囲気だ。だがこの見た目に騙されてはならない。戦となれば勇猛果敢に敵陣に切って出るタイプで、魔法騎士団に所属していた時代「炎のライリー」と呼ばれていた猛者だ。辺境は隣国と隣接しているため、有事の際の砦となるよう兵も多く常駐している。まとめる領主の実力も相当なのだ。
「どういうことか説明を求めてもいいですか」
「ええ、勿論です。あなたを指名したのは私ですから、ちゃんと説明させていただきます」
まさかこの時、隣国トリアン王国と戦争になるかもしれないと告げられるとは思わなかった。現在トリアン国王は病に臥せっているそうだ。治癒魔法師が癒しているが、病状は芳しくない。トリアン王国の王族は第一王女カトリーヌ殿下21歳、第二王女ソフィア殿下18歳、第一王子オーエン殿下5歳だった。
この窮地に、王弟であるネイサン・エドワーズ公爵がある提案をしてきた。第一王女を即位させ、自分の息子ルイスを王配に据えようというのだ。俺は正直妥当な線だと思った。
「伯父であるネイサン公爵は、戦争強硬派です。豊かな隣国ミズリー王国をずっと攻め落とすことを議会で提案していたのです。さらに現在我が国にいない聖女を奪うことにも固執しています」
「は?フィーネを…」
「はい、聖女がいれば王の病も癒えるだろうと…さらに魔物が増えてきていると訴えています。それも聖女がいれば解決すると言って、戦争することを提案しているのです。そんな中、従兄のルイスを王配にしてしまえば、王宮は伯父に乗っ取られてしまいます。そうなれば、戦争は避けられないでしょう…」
「そんな愚かなことが議会で通るのか?我が国とそちらは長年友好的であったはずだ…」
「普通ならそうでしょう。ですが、父が病に倒れて2年経ちました。議会は伯父に傾きだしました。どうやら宰相とも結託しているようです。現在執務は私と母が父の代理をしていますが、それも宰相が補佐してくれていたから辛うじて行っていたのです。最近はそれも難しくなってきました」
「それで、私に王配を?」
「そうです。現在ミズリー王族の血統で独身なのは第三王子ウィリアム殿下と王の甥であるアレックス公爵令息だけです。ですがウィリアム殿下はまだ15歳、さすがに21歳の私の王配にとは言えなくて…。あなたは24歳で独身です。王族の血統ですし、我が国の貴族も否とは言えないでしょう。ですが議会も割れています、時期が来れば伯父が掌握してしまいます。ですからその前に動いたのです」