第142話 心が苦しいです
心が折れそうになりながらも、何とか平常心をかき集めてその場に立っていた。出来ればアレックス様とダンスをして、踊っている間に色々と聞きたいことがあった。
陛下が歓迎の言葉をカトリーヌ殿下に伝え、今後とも両国の友好を築いていこうと挨拶を締めくくると、楽団が音楽を奏でだした。アレックス様はカトリーヌ殿下の手を取り、ダンスフロアまでエスコートして踊り出した。胸の中がズキリと痛んだ気がした。
「フィーネ、僕たちも踊ろう」
ウィリアム殿下が私をフロアまでエスコートしてくれた。何度も殿下とは踊っているので、踊ること自体は問題ない。でも、心がザワザワして踊りに集中できなかった。それでもウィリアム殿下がリードしてくれたので、無様な姿はさらさずに何とか一曲踊り終えることが出来た。
2曲目の音楽が始まったので、私と殿下はダンスフロアから離れた。
「あの噂は本当だったということか…?」
誰かがそう言ったので、そちらの方を見ると、アレックス様とカトリーヌ殿下が続けて2曲目を踊り出していた。続けて踊るのは、この国では婚約者や妻、恋人だけである…目の前が真っ暗になったような気がした。
「フィーネ、少し休憩しよう」
ウィリアム殿下に支えられながら、バルコニーにある席に座った。夏も近くなったとはいえ、夜はまだ肌寒かった。
「温まるからこれを飲んで」
渡されたのはホットワインのようだ。お酒は強くないが、今日は飲んでしまいたい気分になった。私は素直に受け取って、ゆっくりとそれを飲んだ。体が少し温まり気持ちが少し軽くなった。
「ごめん、フィーネ…恨んでいいよ」
ウィリアム殿下が申し訳なさそうに、そう言ったような気がした。私は急に眠気に襲われて眼を閉じた。
次に目覚めたのは、王宮の部屋だった。夜会はいつの間にか終わっていて、空は明るくなっていた。
『やっと起きたんか。大丈夫かいな、2日も眠っとったから心配したで』
「チルチル、おはよう…って2日??」
『そやで、薬盛られて眠らされてたみたいやな』
「なんで???」
『それは薬盛った本人に聞いてや。わいは知らん、ただここで起きるん待ってたんや』
ここは王宮の一室で、夜会の時に口にしたのは、ウィリアム殿下が差し出したホットワインだけだ。
「まさかウィリアム殿下が?どうして……」
いつのまにか側に侍女らしき人がいて、私は用意されたドレスを仕方なく着せてもらった。事情を聞くにしても、夜着では出歩くことが出来なかった。その日私は部屋から出ることが禁止され、扉の外には護衛騎士が二人も立っていた。結局ウィリアム殿下が来たのは夕方になってからだ。
今日目覚めてからずっと考えていたが、何も理由が浮かばなかった。それとなく世話に来てくれた侍女さんに聞いたが、誰も何も教えてくれなかった。ただ、カトリーヌ殿下は王宮を出立したということだけは教えてもらえた。
「遅くなってすまない。無事に目覚めてよかった…」
「全然よくないです。何がどうなって、私はここにいるんですか?早くここから出してください!」
「それは出来ない。フィーネは僕の婚約者になって、王宮に住んでもらうことになったから…」