第131話 アレックスの葛藤
「ふふ、さすが魔女の孫ですわ。西の魔女はお元気?」
ハッとして顔を見ると、エメリン夫人はにっこりと微笑んだ。
「これでも魔女ですから、火炙りで死なないことぐらいわかっていますよ。勿論言いませんが…西の魔女には、組合でお世話になったことがありました。私の母親と違い素敵な魔女でしたわ。この方が私の母親ならと、何度思ったことか…」
「そうでしたか、では今度伝えておきます…」
「ええ、お願いしますわ。黒ユリの魔女がとても感謝していたとお伝えください」
「黒ユリの魔女…」
「ええ、真名は語れませんから、魔女にはそれぞれ呼び名があるのです。黒ユリはアラベラがつけました。アラベラはアザミの魔女と名乗っていましたね。なんと呼ばれるかは、前任の魔女がいない場合は自由ですから。生粋の魔女の場合は母親が名付けるようです。私はミネルバには名を送りませんが…」
寂しそうにそう言った真意を、俺はその時は特に気にしていなかった…
「そうですか。ではそう西の魔女に伝えましょう。後程ミネルバ嬢と面会できるよう、部下に伝えておきます。私はこれで失礼します」
「あなたにも感謝します。あなたの大切な方を奪った私が憎いでしょうに…」
言葉が出ず、俺はそのまま独房を後にした…
ミネルバ嬢との面会を部下に指示して、俺は陛下に報告をしに執務室を訪れていた。
「そうか、フィオリーナを害したのはブレス侯爵夫人のエメリンか…黒ユリの魔女、余罪があるかもしれないな…クリスティが聞いたらどう思うか…今から気が重いよ」
王妃であるクリスティ陛下は、姉であるエメリン夫人をとても愛していた。事あるごとに王宮に招いて、お茶を楽しんだりしていたのだ。傍目には仲のいい姉妹に見えていた。いや、エメリン夫人は妹のことを悪くは言っていなかった…
今後のことを陛下と相談して執務室を辞そうとした時、珍しく焦った様子でマックスが部屋へ飛び込んできた。
「どうした、火急の用件か?」
「た、大変です!!エメリン夫人が魔法陣を、暗黒魔術を発動して、現在…危篤状態になっています…」
「どういうことだ?!ミランダ嬢と面会していたのだろう?」
先ほど会っていたエメリン夫人の顔が不意に浮かんだ。寂しそうに微笑み、ミランダ嬢に魔女の名は送らないと言っていた…
「はい、面会させたところ、夫人に二人にして欲しいと言われたため、独房の外に魔法騎士団を2名立たせて監視しておりました。独房内に異変を感じ、中へ入ったところ二人が倒れていたとのことです。魔法の痕跡があったため調べたところ、暗黒魔術の可能性があると判明しました」
「暗黒魔術…何を願ったんだ?ミランダ嬢は無事か?」
「はい、そちらは気を失っているだけで、そのうち目が覚めるだろうと医師が申しておりました。ただ、エメリン夫人はほとんどの魔力を失っているようで、もって3日ほどだと…」
「マックス、とりあえず俺はフィーネを連れてくる。陛下、急ぎますのでこれで失礼いたします」
「ああ、エメリン夫人を頼んだ。もしもの時のためにクリスティにもこのことは伝えよう。気が重いが…」
陛下が奥宮に向かうのを見ながら、マックスに何点か頼みごとをしてから魔法騎士団本部に戻り、転移魔法でフィーネの家に飛んだ。聖女の癒しでも死は免れないと知っていたが、動かずにはいられなかった。