第110話 聖女だって人間です
「戻ってきた時にまだいたら…その時は相談するよ。アレックス様に知られたら、あの人氷漬けか、火炙りになりそうだし、早く諦めてくれるといいな」
『そんな簡単な話とちゃうかもしれへんで。思い込みの強いやつはやっかいなんや』
心配そうに言うチルチルにおやつを渡してから、荷づくりのための鞄を持ってきた。冬期休暇は残り1か月。足りないものは現地でも買えると思うので、必要なものだけを詰め込んでいった。休暇中の課題は、引き籠っている間にほとんど終えたので、残っている課題だけを詰めた。
「薬草採取…リリーの領地なら出来そうね。外出できなくて、採取にも行けなかったのよね…」
春になれば、2年生になる。3年生に進学するためには確実に3分の1の上位の成績を修めたい。アレックス様は2年生で卒業すると思っているようだが、私は3年生に進学したいと思っていた。出来る事なら、就職もしてみたい。貴族の夫人として、屋敷にいる自分が想像できないのだ。
「ちゃんと気持ちを言わないとね…そのためにも成績は上の方がいいはず…」
「チルチル、今なら誰もいないよね?」
『大丈夫や、門のところに護衛が立ってから、聖女を訪ねてきた奴もおらんなった』
「よかった。じゃあ今からちょっとだけ出かけても大丈夫だよね…」
明日、リリーの所へ行くので、最近流行っているお菓子の店にお土産を買いに行きたいと思ったのだ。護衛さんのお陰で、門の前には誰もいなかった。私は安心して外出することにした。
この時、私は知るはずもなかった。自分が誘拐されるなんて……
目的の菓子屋さんに着いて、お目当てのクッキーの詰め合わせを買い、寄り道せずに帰る途中、私は突然後ろから口を塞がれ馬車に引きずり込まれた。あっという間の出来事だった。頭に乗っていたチルチルが、馬車の窓の隙間から出ていったのが見えた後、私は意識を手放した。
「聖女様は神に奉げられるべきなのです。ですから、アレックス公子の魔の手から守る必要がある…一生幽閉しておけば、触れられることもない…」
ブツブツと不穏なことを言っている声に、意識が浮上した。どうやら、何処かに攫われたようだ…後ろ手に縛られベッドの上にいるようだ…くらくらする頭を必死で起こし、今置かれている状況を考えようとしたが、情報が少なすぎる…
「おや、目が覚めましたか?聖女様」
嬉しそうな声を出す人物と目が合い、心臓が嫌な音をたてた。
「あ、あなたは…」
「覚えていてくれましたか。聖女様の信奉者です。一度お会いしましたが、その後何故か会えなくなってしまい、こうして会える機会をつくらせていただきました。手荒な真似をしてしまい申し訳ございません。でもこうするほか仕方がなかったのです」
一方的に捲し立てられたが、何がどう仕方なかったのか分からなかった。
「あの、手が痛いのでこのロープをほどいてくれませんか?」
「…今は駄目です。このまま解けばあなたは逃げるでしょう?心苦しいですが今は我慢してください。でも安心してください。すぐにあなたは私の言う事を聞きたくなります。そうしたらすぐに解いて差し上げます」
うっとりと微笑まれて、私は嫌な予感がして背中に冷や汗が伝った。
「あの、あまり聞きたくないのですが、一応聞きます。どういうことですか?」