第107話 神聖化されても困ります
「フィーネ、そろそろ陛下がお出ましになる。前の方へ行こうか」
腕を掴んだ手を優しく撫でられ、ビビアン様の視線から私を遠ざけるように方向を変えてくれた。
「はい、ではマックス様、ビビアン様、失礼いたします」
「はい、いってらっしゃい」
マックス様が苦笑しながら手を振ってくれた。少し苦手なタイプの方だった…悪意はなさそうだったが、彼女の目がなんだか怖かったのだ。
「気にすることはないよ。神聖化されるのは疲れるからね…」
「神聖化…なるほど、そういう目でしたね…私ではなく聖女を見ていたのですね」
「まあ、そういう人間はどこにでもいるからな。フィーネはフィーネだよ。理想を押し付けてくる人間は無視しておきなさい」
「はい、ありがとうございます」
「この国を救ってくれた聖女フィーネ。そしてアレックス団長をはじめとする魔法騎士団の皆に感謝をする」
最後にそう締めくくり陛下は開会のあいさつを終えられた。そこからは皆思い思いに楽しむようだ。アレックス様に誘われ、ダンスのフロアまでやって来た。
「さあ、私と踊っていただけますか?フィーネ」
「はい、喜んで」
久しぶりのダンスに緊張したが、アレックス様と踊るのは楽しかった。ただ、常に誰かから見られているような気がして、少し落ち着かなかった。
「フィーネ嬢。僕とも踊ってくれるか?」
「ウィリアム殿下…はい、よろしくお願いいたします」
アレックス様が宰相様たちと歓談している間、壁際のソフィーで飲み物を飲んで待っていると、ウィリアム殿下がやって来てダンスに誘われた。まあ、この流れもお約束だ。
数少ない社交経験だが、アレックス様と踊った後に、ウィリアム殿下に誘われることが多かった。初めて踊った時に、変に誤解せれず気が楽だと言われて以来何度かダンスのお相手をしている。デビュタントの事件以来ウィリアム殿下はパートナーを伴っての参加をしていない。今だ婚約者も発表していないので、会場の令嬢の中には殿下に秋波を送る者も多いのだ。
「どうした?僕に何かついているか?」
じっと見過ぎていたようだ。ウィリアム殿下が不思議そうに聞いてきた。何度か踊るうちに、ツンツンだった態度は柔らかくなり、今では和やかに踊ることが出来るようになっていた。
「いえ、失礼いたしました。いろいろと考え事を…」
「相変わらずだな。救国の聖女と巷ではお前を神聖化するような者がいるらしいが、こんな女のどこを見てそう思うのやら…」
やはり少しツンだった…そう思ったら可笑しくなった。
「ふふ、そうですね。私なんてただの小娘ですね」
「いや、そこまでは言ってないぞ」
「ええ、殿下が普段通りで嬉しいです。どうも聖女扱いは苦手のようです…」
気が緩んだのか、ぽろりと本音が漏れてしまった。