第102話 アセックスの絶望
予想以上に魔物が多かった。初代聖女の封印魔法はすでに崩壊しているのだろう。フィーネを守るために結界魔法で石碑の周りを囲んでいたが、それも術者が負傷してしまい解除されてしまった。
圧倒的に数が違った。今から撤退は不可能だろう。負傷した騎士が多すぎて、逃げ出す機会も失われた。
結界魔法が解除され、フィーネが危険にさらされてしまう。近づこうにも、魔物が次々に押し寄せ焦りばかりが募った。見上げると鳥型の魔物がフィーネに向かって飛んで行った。
「フィーネ!!」
何かに弾かれたのか、鳥型の魔物の攻撃軌道が逸れてフィーネの左腕をかすった。真面に受けていたら間違いなく死ぬほどの怪我を負っていたかもしれない…ホッとしたのも束の間、鳥型の魔物は空中で体勢を整え再度フィーネに向かって行こうとした。ここから魔法で何とかなるか?!右手の剣で魔物を受け止め、無詠唱で魔法を発動しようとしたとき、大きな爆音と共に先ほどの鳥型の魔物が地面に落ちてきた…
フィーネの方を見ると、お爺様とお婆様がフィーネの元にいた。どうやら先ほどの爆発はお婆様の魔法だったようだ。どうしているのか気になったが、とりあえず危険は回避できたようだ。それにお爺様はともかく、ここにお婆様が加わってくれたことに内心ほっとした。彼女ならフィーネを守ってくれるだろう。
戦況は悪化の一途を辿った。負傷した騎士たちを庇いながら、魔物を駆逐する。体のあちこちに傷が増えていった。流れる血で意識が朦朧とする。こんなに追い詰められた経験はなかった。魔法で防御しながら、剣で魔物をなぎ倒す、それの繰り返しだ。一瞬隙が出来たのだろう…背中に激痛が走り、片膝が地面についた。振り向きざまその魔物は氷漬けにした。でももう限界が近かった。辛うじて目を開けていられる状況だった。
死ぬのかもしれない、そう思った時、ガチャンっと音が鳴ったような気がした。聖女の石碑が淡く光っている。封印魔法が完成した…俺は安心したせいでそのまま気を失ったようだ。
次に目が覚めた時、自分に起こった異変に気がついた。傷ついた体が癒され、完治とは言えないが動くことが出来た。慌てて起き上がりフィーネを探して周りを見渡した。そして聖女の石碑の前で、フィーネに必死で癒しの魔法をかけるお婆様を見つけた。
「フィーネ!お婆様、どういうことですか?」
フィーネに駆け寄って、顔に触ると体が冷たかった。呼吸も感じられない…?
『命がけで、森全体に清浄と癒しの魔法をかけたんや…』
鳥が信じられないことを言った…命がけで、そんなことしたらフィーネが死んでしまうじゃないか、そんな…
「どうして止めなかった、どうして?」
『アレックスが死にかけているのを見て、周りにも負傷して死にかけた騎士が仰山おったんや。皆を助けたかったんや。優しい子やから…』
そんな…嫌だ嫌だ嫌だ…ドクンと魂が震えた。俺の中のフィオリーナの魂の欠片だ…
「そうよ、今なら戻せるかも、それにこの子の魂を繋ぎ止められるかも…アレックス、あなたこの子のために死ぬ覚悟はあるかしら?」
「どういう意味だ?勿論フィーネが生きられるなら、死んでもいい」
「まあ、それだけ危険な賭けってだけで、実際やってみないと分からないのだけれど…あなたの中にある魂の欠片をこの子に戻すわ。その時にあなたの魂が傷ついたら、命の保証が出来ないの。それでもいい?」
「ああ、やってくれ。フィーネが助かるなら喜んでやるさ」
お婆様は急いで魔法陣を描くと、その中心にフィーネと俺を寝かせた。そして呪文を詠唱した。俺の中にある欠片がフィーネの方へ行こうとしているのだろう。体が引き裂かれるような激痛にひたすら耐えた。