第9話 魂が欠けているなんて知りません
「フィーネはこのことを知らない。先に説明してもいいだろうか?」
「わかりました。それでは半刻ほど席を外しましょう。この部屋をお使いください。人払いはしておきましょう」
「ああ、すまない」
サミエル大神官長様が部屋を出ていくと、アレックス様が私に向き合った。
「フィーネ、今まで黙っていたことを先に謝っておく。すまない。君に言っていないことがある。それが君の眩暈の原因だと思う」
そう言って、アレックス様は8歳の時に起こった悲劇と、その時に魂の一部がアレックス様の中に入ったこと。そのため早い段階でかけた魂が転生して私が産まれたこと。8歳ごろから症状が出たことも、魂の記憶が混乱しているからかもしれない事などを説明された。
「君の中にフィオリーナの魂がいるんだ。4歳の君を見つけた瞬間魂が引き合った。それからずっと君を見守っていたんだ。まさか、欠けた魂がこれほど影響するとは思ってなかった。不安にさせてすまない」
「フィオリーネ様は、アレックス様の大切な方なのですね」
「ああ、最愛の人だった。双子の様に育ったんだ。姿も双子の様に似ていた。だから間違えて殺されてしまった。まだ、本当の犯人も見つかっていない。本来なら君は自由に生きる権利があるはずだ。でもあの時の俺の我儘で、君を婚約者にしてしまった」
「……もしかして、後悔していますか?」
「いや、あの時の俺を褒めてやりたい。前にも言ったが、フィーネのことが好きなんだ。君という存在を婚約者という立場で独占できて……あ、すまない。少し取り乱した」
「わかりました。私のことを好きだと言ってくれるアレックス様のことを信じます」
「そうか、俺の気持ちに偽りはない。信じてくれてありがとう」
アレックス様のたくましい腕に引き寄せられ、すっぽり腕の中に納まると、とても心地が良かった。
「アレックス様の腕の中が安心なのは、魂の欠片があるからなのでしょうか?」
「フィーネ、……」
アレックス様の腕の力が少し強くなった。より一層密着する形となる。これ以上近いと心臓の音が聞こえそうだ。そう思っていると、扉がノックされた。
「そろそろ、入ってよろしいでしょうか?」
「……どうぞ、入ってください。お待たせしました」
パッと離れて距離をとってから、アレックス様は返事をした。お互い照れてまともに顔を見れなかった。
「少し早かったですか?」
私たちの様子を見て、サミエル大神官長様が苦笑した。
「いえ、大丈夫です。それで、先ほどの話の続きを聞かせてください。説明はしたので、全て隠さずにお願いします。この問題を解決する方法はありますか」
「そうですね、試したい方法は幾つかありますが、正直言ってやってみないと分からないですね。今すぐ安定させるのであれば、〈乙女の涙〉と呼ばれていた宝石が有効だと思うのですが、残念ながら50年ほど前に西の魔女が王宮の宝物殿から奪って逃げて、それ以降所在が不明なのです」
「西の魔女が……」
「そうです。当時は王宮魔術師として勤める優秀な女性でした。これは一部の者には公然の秘密ですが、前陛下の愛人でした。前王妃様が身籠られたのをきっかけに修羅場になったようで、宝物殿を破壊して何点かの宝石を持ち去ったそうです。その中に始まりの聖女が身に着けていた〈乙女の涙〉も含まれていたようです」