知り合いの勇者様に妙によく合うし、解呪魔法を使ったら息切れの勇者様が現れた。
肌寒くなってきた秋の頃、俺にはちょっとした悩みがあった。
事の発端はよくわからない。
いつ頃からか、仕事終わり、休みの日に勇者様によく会うようになった。
「こんにちは!今日はいい天気だね!」
今日は平日の午後、一仕事終えたばかりの帰り道に何食わぬ顔で勇者様が話しかけてくる。
これで五日連続だ、いくらなんでも偶然だなんて口が裂けても言えない。絶対待ち伏せされてるし、何なら今日は遠回りして帰ってみてた。
「いい天気だよね、少し肌寒いけど」
「うん!ところで、今日はこの後暇?」
「まあ時間はあるけど」
「ならさ、今日も一緒にご飯食べない?今日はピザだよ!」
この勇者様、普通に店の予約をもう終えている。俺が断ることなど、最初から考えてすらいないのだ。
これはこっちにも悪いところがあるかも知れない。勇者様はご飯を奢ってくれるし、大体美味しいからホイホイとついていくことを繰り返していたら、もはや決定事項になってしまった。
「それじゃ、いこっか!」
勇者様に連れられ、繁華街へ行く。ちなみに、俺はまだ勇者様の名前を知らない。
なので名前を聞いたらアリシアというそうだ。名前を知らないと言った時、時間が止まったような感覚だったが、つつがなくピザは美味しかった。
ある日の休日、駅のホームで電車を待っていると勇者様、アリシアが現れた。
「おはよう!奇遇だね!今日はお出かけ?」
時刻は朝七時ちょうど、出かけるには割と早い時間なのだが、勇者様とは本当によく出会う。エンカウント率が高すぎる。
「うん、ちょっとね」
「どこにいくの?」
食い気味だ、勇者様は俺の行き先に随分と興味があるらしい。
「演劇を見にいくんだ、アリスの公演が今日からだよ」
「そうなんだ!私もそれ見にいくんだけど、一緒に観れるね!」
なんとも奇遇である、まあ今日観に行くものはでかいホールの有名劇団のものなので、そんなこともあるかも知れない。
勇者様はニコニコと笑っている。朝早いとはいえ駅のホームにはまばらに人が見えるが、その中でも勇者様の存在感は抜群だ。
長い背丈に、金色の髪。整った顔立ち。おまけに服のセンスも。
どこかのトップモデルのような出立ちだが、紛れもなく世界を救い、邪神討滅を果たした勇者様だ。
肌寒い朝に勇者様との邂逅。電車が来るまでの時間が長く感じてしまう。
なんにせよ今日一日中は、勇者様と過ごすことになりそうだ。
ところで、本当に勇者様は公演を観る予定だったのだろうか?
会話の中で何かメッセージを送っているのが見えたし、いまいち演劇の知識もない。
「そういえば、演劇に興味あるの?ちょっと意外かも」
「え!?、そ、そうかなぁ。そんなことないよ」
うーん、微妙な反応が返ってきてしまった。
「嘘じゃないよ、演劇だって何回も見たことあるし」
曇りなきまなこでこちらを見つめてくる。宝石のような眼で見られると何も言えなくなる。
「アリスのことだって知ってるしね!主演の娘とも話したことあるよ」
それは初耳である。気になる。
「あの娘はちょっと天然だったけど、熱心に色々聞いてきたし多分いい娘だよ!」
要約すると、期待した100倍は漠然とした話だった。
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「ちょっと人が多くなってきたね」
混雑する電車の中で勇者様と並んで座っている。
「そりゃ初公演だからね、チケット取れたのも奇跡みたいなもんだよ」
言ってて思ったが、流石に公演を見る時には離れることになりそうだ、なんにせよチケットの倍率はウン何倍、席が隣ということもなかろう。でも勇者だしな……
「よかったね!ところで今日の席なんだけど」
来た
「VIP席で一緒に観れるんだけど、私と一緒に観るよね?」
時々、勇者様は勇者パワーでとんでもない待遇を提案してくる。
もちろん、VIP席なんて当然行きたい。シンプルに行ってみたいし、そこから見える景色は想像もつかない。
「いいの?じゃあお言葉に甘えて」
何なら誘われるのを待っている説しかない。勇者様と行動すると疲れることが多いが、メリットが計り知れない。
「えへへ、楽しみだね?」
「そうだね」
勇者様の喜ぶ顔も見れる、まさにWIN-WINと言えるのではないだろうか。
勇者様は飯も奢ってくれるし、高待遇の恩恵も分けてくれるし、何より趣味に付き合ってくれる。
たまにゲームセンターに行った時もエンカウントして対戦に付き合ってくれるし、勇者様は音ゲーも出来るし格ゲーもできればUFOキャッチャーも抜群に上手い。
ただ格ゲーでボコボコにされるのは勘弁だが、妙に楽しそうなので諦めている。ただ勝てねぇ。
ただ問題があるとすれば、一人の時間が少なくなることぐらいだろうか。
帰り道で出会ってはご飯を食べに行き、帰る時間は遅くなる。
休日に家にいたら、それはもう普通に家まで来る。
もちろん、断ってみたことがない訳でない。
しかしそんな時は、勇者様はそれはそれは悲しそうな顔をしているのだ。
「そうなんだ……うん、わかった。今日は帰るね」
一人でいたとして、特に何かをする訳ではない。
勇者様の悲しい顔が脳に焼き付いて、のんびりするなんて出来もしない。
罪悪感だ。
最近は一層、視線を感じるようになった。
首の裏を撫でられているような、頭の中を見られているような。
何とも確かな、不快感を感じるようになったのだ。
これはおそらく、勇者様が何かしているのだろう、と思う。
最近は勇者様の行動がエスカレートしている。
穴の空いた靴下はいつのまにか新品に入れ替わっていたり、鍵を替えたら次の日に紛失し、その翌日に帰ってきた。これは少し困ったことになった。
少し前は週に何回か会う程度だったが、今では週七だ。
朝に出会い、昼に出会い、夜に出会う。
あくまでも勇者様は偶然を装っているのが笑えて堪らない。
最近、勇者様以外と喋った記憶もない。
俺の生活は、間違いなく勇者様中心に回っているのだ。
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本当に長らく久し振りに、古い友人と飲みに行くことになった。
彼は中学時代からの友人で、出世してこっちに越して来たらしい。
「久し振りだなぁ〜、どうよ?調子は」
「ぼちぼちかな」
視線は今は感じていない。
「早速店に行こうぜ、美味しい店知ってんだろ?」
「それはもうばっちりだよ」
今日来た店も、勇者様とよく来る店の一つだ。
奥の個室に通され、料理を注文する。
「なんかすげぇ所だな、しかも小慣れてる」
「ちょっと故あってね」
「ふーん、まあ飯が美味けりゃ無問題よな」
久しい再会に話も盛り上がり、酒も進む。
今日は逆に俺の奢りなので飲み過ぎには注意なのだが。
酒を飲み過ぎれば、口も軽くなる。
「相談があるんだ」
「なんだ?」
「勇者様って知ってるかい?」
「アリシア様な、邪神をぶっ倒したっていう」
「最近仲が良くてさ」
「マジで?良かったじゃん」
そう、良いことではあるのだ。勇者様との交流は
「勇者様は目が眩むほどの美人って聞いたぜ、どうなん?」
「そういう目で見たことはないけど、美人だよ」
勇者様はなんというか、畏ろしいのだ。いいようの無い存在感がある。
「そんなもんか、世界を救ったってのは伊達じゃ無いってか?」
「それで、その勇者様なんだけどさ」
そして、それはもう赤裸々に語ってしまった。友人の出世を祝う会というのが名目なのに、ただの愚痴になってしまったのは後悔である。
「って感じでさ、最近はなんか調子も悪いし、これも勇者様がなんかしてるのかって思っちゃうよね」
「話を聞いたら、まあやりかねんとは思うが、ただの不調を転嫁するのは違うんじゃ無いか?」
言っててそれはそう、とも思った。勇者様は勇者様であり、一般人に危害を加えるわけもない。
「ストーカーは警察に通報すればいいけど、仲はいいんだろ?嫌なら普通にやめてくれって言えばいいんじゃね?」
「それができればいいんだけどね、なんだか尻込みするっていうか」
「実際困ってる訳でもないんだろ?嫌よ嫌よも好きの内って訳だ」
友人はしたり顔で指を刺してくる。そう言われると図星な気もしてくる。
夜も遅くなり、解散の流れになる。
二人とも顔を赤くし、足取りもおぼつかない。
「今日は楽しかったぜ。酒も飯も美味かったし、面白い話も聞けた」
「良かったよ、またそのうちに会おうね」
人に話してみると、随分とスッキリするものである。
たまにはこちらから勇者様に歩み寄ってみるのもいいかもしれない、と思った。
「そういや最近不調気味とも言ってたな、気休めだが無いよりマシだろ」
友人は俺に向かって手を伸ばすと、
「『回復』! 『浄化』! ……あと『解呪』!」
俺に向かって回復魔法をかけてくる。本当にいいヤツだ。
「なんでも相談は聞くし、進展があったら教えてくれよ!」
手を振りながら、友人は駅へ向かっていく。
彼を見送り、俺も帰路に着く。
『浄化』には酔い覚ましの効果もある、使い勝手のいい魔法だが習得難易度が高い。
資格も取得する必要がある。
あいつが出世したのも頷ける、なかなかに洗練されていた。
夜の街はまだまだ賑やかで、人々のざわめきと電光掲示板が騒がしくざわめいている。
魔法といえば、勇者様も魔法が使える、らしい。
かつての勇者パーティには魔法専門のメンバーがいて、そちらの方が講演とかの露出が多く目立っているが、勇者様本人に聞くところによると、勇者魔法ちょっとできると言っていた。
勇者パーティの魔法使いといえば、今をときめく最強の魔法使いである。
勇者様が対単体で最強と言えば、魔法使い様は全体攻撃で最強である。
それに加えて深い魔法の知識による強化魔法で戦闘をサポートしたらしい。
本人は現在大学で教鞭を振るっており、後進の育成に欠かさない。
なお彼女ももれなく美人である。
勇者様はそんな彼女に魔法を習っている、と言っていた。
最高峰の魔法使いに習っているのだから、当然勇者様の魔法も強いのだろう。
今夜はやけに賑やかで、人の声がよく聞こえてくる。
そんな中
行く道のど真ん中に
息切れしてる勇者様が現れた。
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人通りの多い道の中で、勇者様は真っ直ぐにこちらを見ている。
「探したよ、全く」
勇者様は一息つくと、まるで何もなかったかのように話しかけてくる。
さっきまでぜーぜーと息を吸っていたのが嘘のようだ。
「今日は……、何をしていたのかな?」
勇者様の存在感がいつにも増している。
何故だか、冷たい汗が背中を伝った。
悪いことをしていた訳ではないのに、何故だか勇者様の目は冷たく感じた。
「友達と飲んでただけだよ、そっちは?」
唾を飲み込む音が鳴っているのが、自分でもわかった。
「……今日はちょっと野暮用で、京都に行ってたんだ」
目を瞑り、少しだけ息を吐いた。
普通に考えて、ここまで二、三時間はかかる距離だ
夜は遅いが、それにしても何故ここで出会うのだろうか
勇者様はこちらをじっと見つめて、距離を詰めてくる。
目線が合い、全てが見透かされるかのような感覚に陥る。
道ゆく人は勇者様を視界に捉えてはいるものの、干渉しようとはしてこない。
夜風が冷たく、火照った身体を冷ましていく。
また、時間が止まったかのように思った。
おそらく時間にして1分も無い時間だったが、まるで一時間も二時間も見つめられていた気がした。
そして、勇者様は頷いて、優しい笑みを浮かべた。
「……うん、無事ならいいんだ。」
「いいならいいんだけど……」
プレッシャーも消えた。夜の街は何事もなかったかのように未だに騒がしく、風は止んでいた。
「夜も遅いし、送って行くよ」
勇者様は俺の手を取り、歩みを始めた。
連れられて俺も歩き出し、帰り道を歩いて行く。
「ねぇ、君の友人って、どんな人?」
「ちょっとだけ口は悪いけど、いいやつだよ」
「ふーん」
いつもと比べて、勇者様の口数が少ない。
少し歩くと人通りも少なくなり、街灯だけが道を照らしている。
空を見上げると、月は雲に隠れてしまったようだ。
静かな街に呑まれて、俺も口数が減ってしまう。
あたりは静かで、生き物の気配がしない。
二人で暗い路を歩いている。
見知った道に出て、もう少しで家に着く所になった
勇者様は手を解き、少し前に出てこちらを振り返る。
暗くて、その顔はよく見えない。
「ねぇ、今日は楽しかったの?」
声色はいつも通りだ。
「楽しかったよ、久し振りにあったしね、色々話もできた。」
「私といる時よりも?」
…………?
「今日の君の顔、いつもより良い顔だった」
…………
………………
良い顔だったらしい。
確かに楽しかったし、飲み会後の『浄化』もよく効いた。
「まぁ……、そうかもね」
しまった、と思った。
口を滑らせた。別に、悲しむ顔を見たい訳ではないのだ。
「ふーん、そっか。」
その表情は見えない
「ごめん、気を悪くさせたね、そんなつもりじゃなかったんだけど」
「私にも、まだまだ君について知らないことたくさんあるなぁって」
「だから、別に君は気にする必要はないよ?」
「私こそ、ごめんね?」
勇者様は一歩近づき、こちらを覗く。
いつも通りの勇者様だった。
家に帰っても、まだどこかに視線を感じた。