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その4


 最初の印象は、白。

 そのあとも印象も、白。


 鷸府田(シギフダ)さんのお姉さんと思わしき人の印象は、ただただ『白』だった。


 彼女が全裸である――という印象が薄れてしまうほどに白い。


 それでいてどうしようもなく美しい。

 見蕩れてしまうほどの白。


 お姉さんを見ているだけで、自分自身すらも白くなっていくほどに、魅力的で目を離すことのできない美麗な白の塊。


 髪が白い。白髪とかではなく、不思議な光沢を放つ白。

 枝毛とかゴワつきとかそういうのとは無縁そうな、つるりとした綺麗なストレート。


 肌も白い。

 白い肌というような比喩でもなんでもなく、白い肌をしている。

 しかもシミや汚れの一切無い、本当に白一色の肌。


 大きめのおっぱいの先に乳首がみえるけど、その乳輪や乳首すらも真っ白だ。

 境界線は分かるのに、境界線すら白いというのは奇妙な感じだけど……。


 ここから見る限り、身体の皺すらも最低限だ。

 恐らく、指紋とかそういうモノが全身に存在しないほどなのだろう。


 瞳も白い。

 おっぱい同様に、白目と瞳の境界線は分かるけれど、それすらも白くて、分かる方が違和感がある感覚。


 ちらりと見えた陰毛も白かった。

 恐らくはあそこも、あそこの奥すらも白そうだ。


 もしかしたら、見えてない内臓すら真っ白なのかもしれない。

 だけど――だとしたら、それって本当に人間なのだろうか。


 何より、ふと湧いたそんな疑問が、一瞬で漂白されるくらい美しいと感じてしまっている自分がいる。


「いらっしゃい。どちらさまかしら?」


 ただ口にしただけの言葉に、衝撃を受ける。


 その声を発する姿は、まるでミルク色で出来たモネの池。


 清廉で、静謐で、どこまでも澄んでいて、穢れなく、無垢。

 そんな印象を受ける音を耳朶(じだ)が拾う。


 そして、拾った音が耳から脳へ、脳から全身に広がっていく。

 それにより、まるで自分自身が清廉で、静謐(せいひつ)で、どこまでも澄んでいて、穢れがなくなり、無垢へと作り替えられていくような錯覚に襲われ――


《オラァッ、お前ら全員ソレに耳を傾けんなッ、目を合わせるな!!》


 ――どこからともなく、乱暴な女性の声が聞こえてきて、ハッとする。


 その声の主が誰か……なんてのはあとにして、私は今するべきだと感じた行動を取る。


「ウルズッ!」


 開拓能力のヴィジョンを呼び出し、お姉さんに見蕩れてしまっている二人を摑んで、一緒に娯楽室からリビングへと飛び出した。


「えーっと、今のは一体……姉さんが白くて……」

「思わず見蕩れてしまいましたね……」


 二人は呆けたような声を上げているけど、私はとりあえず小さく安堵した。

 何も解決してはいないけど、そのままあの美麗な白の濁流に呑まれずに済んだ。


《六綿さんがLinkerの通話モードで連絡してくるから何かと思ったら……なんかやべぇ怪異とやりあってるな?

 スマホ越しに声を聞いただけでもゾクっと来たんだ。六綿さんや一緒にいる連中、全員やばかっただろ?》


 どうやら六綿さんが事前にLinkerで誰かに繋いでいたらしい。おかげで助かった。

 私は六綿さんのポケットから聞こえてくる声に、お礼を告げる。


「誰だか知らないけど助かりました。本当に飲み込まれかけてたので」

《可愛い声が聞こえてくるじゃん。さっきも何か声を上げてたし――キミ、開拓能力者だね》

「……え? あ、はい!」

《六綿さんを助けてくれてありがと。逃げ出せそう?》

「どうでしょう。逃げ出しても、影響は消えなそうです」

《そういうタイプか。影響受けちゃってる?》

「はい。私たち全員、服とか肌とか、怪異と同じように白くなっちゃってる部分があるので」

《確認するんだけど、怪異って真っ白なの?》

「そうですね。この部屋も白く輝いているんで、対象を白くする能力があるのは間違いありません」

《真っ白になった果ての結果は推察できる?》

「……わかりません。わかりませんけど、なんとなく、消えるんじゃないかな、と」

《消える?》

「うまく説明できないんですけど……生きていた、生活していた、存在していた、そういう痕跡が漂白されるような感じ、でしょうか」

《あー……そりゃあ最悪だ。その推測が正しいのだとしたら、逃げたところで、影響を受けたキミたちはいずれ消えちゃうな》

「でしょうね」


 私がそううなずいたところで、呆けていた二人も慌て出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。消えるって……」

「ポケット越しに話されるの落ち着かないから、カメラ通話に切り替える」

《六綿さん、カメラは基本的に怪異の方に向けといてください》

「え? あ、うん」


 お姉さんは、モノの無くなって娯楽室から出てくる気配がない。

 今のうちに通話先の女性と交換できる情報を交換しておきた。


《こりゃあ白い部屋だな。なるほど、漂白っていうのも間違ってないか》


 カメラ越しだと輝いている感じはないのかな?


《あ、そうだ。お嬢ちゃん、名前は?》

「在歌です。音野 在歌」

《あたしは草薙つむりっていうんだ。よろしく》


 草薙つむりさん……あれ? どこかで聞いたことがあるような……?


《そして六綿さん。無断欠勤が続いている鷸府田ちゃんの様子見に行ったワリには、楽しそうなコトしてんじゃん? どーなってんの?》

「どーなってんの? はボクのセリフですよ! ここ、鷸府田さんの部屋なんですよ!」

《……それはまた……。一つ確認したいんだけど、そこマンションだよね? 能力舎(ステージ)化はどのくらいの規模で起きてるの?》

「え? ステージ化?」


 なるほど。

 草薙さんは、そういう方面を知ってる人か!


 質問の意味がよく分からずにいる六綿さんの代わりに私が答える。


「この部屋だけです。

 あと、ベランダには影響はないみたいですけど、玄関の前のスペースは影響を受けてました。恐らく玄関の手前にある柵より内側が能力舎(ステージ)の影響範囲かと」

《おっと、アリカちゃんはそこまで話せる子だったか。そりゃあ、助かるな》

「一応、オカルト探偵事務所のアルバイトなので」

《……面白そうな仕事してるね! こんど取材したいところだ。

 それはそれとして、さ。その怪異、アルバイトで関わるような怪異に見えないけど?》

「自覚はあるんでノーコメントで」


 いや、ほんと――さすがにちょっと、所長や友達もいない状態で戦う相手じゃないなー……くらいには思ってるんだけど!


 とにかく情報を集めて、怪異をどうにかする手段を考える材料を探すべく、周囲を見回す。


 その時に、ふと――気になったことがあった。


「あれ? 鷸府田さん。ジャケットどうしたんですか? 黒い皮のやつ」

「え? 何言ってんの? 僕ジャケットなんて着てなかったけど?」

「そうだよ。急にどうしたの音野さん?」

「どうもこうも、さっき白い汚れが付いてたって……」


 男性陣は顔を見合わせて首を傾げている。

 まるで、本当に初めからジャケットなんて無かったかのようなやりとりだ。


「……草薙さん。たぶん、これが真っ白になった末路かと……」

《みたいだね。ところで、鷸府田さんって男性はどちら様?》

「あ、この部屋に住んでる鷸府田さんの弟さんです。合鍵もってたので」


 いや、しかし――これはだいぶシャレにならないな。


「とりあえず、鷸府田さんはこの部屋に入ってくる時は黒ジャケ着てたんですよ。

 そして、この部屋のモノを白くする怪異の影響を受けて真っ白になって消滅してしまいました」


 私の言葉に二人は驚いた顔をしたあと――六綿さんは、恐る恐る自分の前髪に触れます。


「あの、ボクは前髪が白くなってるんだけど……」

「髪の毛が全部真っ白になったら消滅するんじゃないですかね。そうしたら生まれてこの方スキンヘッドだった……みたいに記憶改竄されるかもです」

「それはそれでなんかヤだな!」

《髪の毛で済めば万々歳だよ。最悪は、六綿さんの存在そのものが消えるワケだしな》

「あるいは、あの真っ白いお姉さんの仲間になっちゃうか、ですね」

《ああ。そのパターンもあるか》


 そんなやりとりをしていると、のそりのそりというような緩慢な動きで、娯楽室からお姉さんが外に出てくる。


《こいつは病的を通り越して魔的だな。魔性の女の参考になるレベルだ。画面越しでもクラクラする》


 六綿さんがスマホを向けると、草薙さんの呑気な感想が聞こえてくる。


「あの……部屋を汚すの、やめて。髪の毛とか落としてる……ダメだよ、そういうの、この部屋に、汚れはダメ」

「姉さん! どうしちゃったのさ!」

「……? ごめんなさい。汚れた記憶は全部綺麗にしちゃったから、覚えてないの。でも消しちゃう程度に穢れた記憶だったなら、弟だろうと、いらない記憶だったんだと、思うから……」


 とんでもないこと言い出した。


「汚い記憶。穢れた記憶。全部白くしたかったの。

 だって汚れてイヤなモノでしょう。嫌な記憶だけじゃなくて、感情が動くような記憶は、全部ダメ。だって明るくても昏くても、色があるのは穢れて見えるから……白。白だけがいい。穢れのない白」


 思わず、その声と空気に飲まれそうな自分に喝入れる。


《全員正気保てよ! 声が――存在そのものが、漂白剤みたいな女だぞ、それ!》


 同時に草薙さんの声も響く。本当に頼りになる人だ。

 声と共に二人がハッとした様子を見せたので私も続けて声を掛ける。


「二人とも私より後ろに下がって……!」


 言いながら私はもう一度ウルズを呼び出す。

 すると、お姉さんが私を見る目が変わる。


「あら? あなた……それはなに? 女神の彫刻が漫画家のような格好をしているような……」

《アリカちゃんのヴィジョンを認識してる……? 鷸府田ちゃんは元々素養があったのか? 怪異化してるから、認識できてるのか……?》


 六綿さんのスマホから聞こえてくる草薙さんの声が難しいモノになっている。

 確かに、ふつうの人はヴィジョンは見えないはず。


 ヴィジョンと一緒にお姉さんに向かって構えながら、私も考える。


 どうすれば、お姉さんを元に戻せる?

 元に戻せないにしろ、単にお姉さんを倒せば怪異は解決する?


 そもそも、この部屋が能力舎(ステージ)化しているのであれば、コアはどこかにあるんじゃないか?


 お姉さんはコアか否か。


 ウルズを通して、部屋の中にある一年以上前の音に目を通していく。

 何かに使える音があればいいんだけど……。


 お姉さん、一人暮らしだからって、あちこちで一人えっちしてるな?

 ……いやいや、そういうのはどうでもいいんだって……。


 どうにも能力使ってそういうの見つけると、興味引かれちゃうようになっちゃったな。

 これまで、そういうので逆転してきたからか、ついつい探すのがクセになってるというか。


「あら? ケッペキさま……」


 そんな風に、周囲を見ていると、お姉さんが娯楽室の方を見た。


「ケッペキさま?」


 突然の言動に、私たちは訝しむ。

 すると、娯楽室の奥から、奇妙なシルエットをした、目が五つもある白い塊のようなモノが姿を現した。


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