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その2


「……もしかしなくても、オカルトセンサー的なのに引っかかりました?」


 私の動きを不審に思っただろう六綿さんがそう訊ねてくる。

 それに私は、うなずきたくはなかったんだけど、事実なのでうなずく。


「この部屋だけ、能力舎(ステージ)……ええっと、鷸府田(シギフダ)さんなら分かると思うんですけど、人食いマンションの時みたいな、怪異による特殊なルールが存在する空間になってるっぽいです」

「この部屋だけ?」


 鷸府田さんの疑問に首肯する。


「うん。左右の部屋は何も無さそうだったし……」


 六綿さんと鷸府田さんの二人は、何とも言えない顔でお姉さんの家の玄関に視線を向けた。


 私はその間に、スマホでメッセージアプリのLinker(リンカー)を呼び出して、所長にメッセージを送った。


 まぁ、所長は気づかずに助手のリスハちゃんが気づくだろうけど……。

 とりあえず、マンションの一室が能力舎(ステージ)化しているっぽいことが伝わればいいや。


「足踏みしてても仕方が無いので入りましょう」

「やる気無かった顔が、急にシリアスになるんだから」


 鷸府田さんは苦笑するけど、私は別にスイッチが切り替わったとかじゃないんだよね。


 嬬月荘のことを思い出しただけなんだ。

 あれは条件を満たした上下二部屋を中心に、建物全体どころかアパートの敷地内が能力舎化していた。


 それを思えば、今はまだこの部屋だけの怪異でも、いずれはマンション全域に広がり兼ねない。


 何より、中心となる部屋の住民の安否が一番気がかりになってくる。


「……直感的に――なんですけど、急いだ方がいい気がして」

「え?」

「今の時点で最悪の可能性がありますし、もっと最悪なのはこの部屋がマンション全体を浸蝕して、建物そのもが能力舎(ステージ)化してしまう場合です」


 最悪の可能性――私は言葉を濁したけど、鷸府田さんも六綿さんも理解したような顔をした。


 さすがに鷸府田さんの顔色もあまり良くない。


「猶予がどこまであるか分からないけど、一応事務所にはLinkerを飛ばしてる。待てば所長が助っ人に来る可能性はあると思うけど……」


 踏み込むか否かは、正直私にも判断はできない。


「……行こう。全面的に音野さんに負担を掛けちゃうかもだけど、中を確認したい」


 オカルト好きの顔ではなく、家族を心配する顔でそれを口にされたらね。

 正直、あまり入りたくはないけれど、ダメとは言えないや。


「わかった。でもヤバいと判断したら退く。これはちゃんと守ってよ?」

「…………」


 私がそういうと鷸府田さんは微妙な顔をした。

 けれど、横で聞いていた六綿さんが口を開く。


「家族が心配なのは分かる。

 でもね。彼女の言いつけを守れないなら、ボクはここで助っ人を待つべきだと思うよ」


 真剣な顔で六綿さんは続ける。


「彼女に全面的な負担を掛ける。摩夏くんはそう口にしたね。

 それはつまり、彼女の寿命や人生、時間、価値観……そういうモノを怪異に歪まされてしまう可能性を含めて、ボクたちを守る為に背負ってくれと言っているのだという自覚はあるかな?」


 大袈裟ではないからね――と、ハッキリと言い聞かせるように告げた。


「ボクの娘は数年前にね、怪異に時間を奪われたコトがある。

 小学生だった娘は、盗まれた時間分成長し、大人になってしまった。

 子供の頃の記憶が欠落したまま、けれど自分が大人であるという奇妙な自覚を持った状態になってしまったよ」


 それって欠落じゃなくて文字通り奪われてるってことだよね。

 盗まれた時間分、身体も精神も成長するって、あまり想像したくない感覚かも。


「最終的にはボクに知り合いが、怪異から時間を取り戻してくれたから元に戻ったけれど……あれを経験しているとね。オカルト現象や、都市伝説をバカに出来ないんだよ。

 いくら音野さんが専門家だと言っても、矢面に立って貰う以上は、彼女の時間がそうやって奪われて、取り戻せない可能性だってあるんだ。

 摩夏くんは、それを理解して言っているのかい?」


 六綿さんがオカルト探偵なんてモノに疑問を抱かないワケだ。

 自分自身でなくても、家族がオカルト事件に巻き込まれた経験があるんだもんね。


 娘さん、元に戻って良かったな。


「……そうだよな……。

 前に巻き込まれた怪異による過去の再現現象……アレが本当に自分たちを攻撃する為に向けられたらって思ったら、さすがに怖いな……」


 そうは言っても、鷸府田さんたち、過去の再現現象の対象にされて、乱交してたじゃん?

 ……とは口にしない。


 まぁアレもアレで、再現された過去が乱交で良かったね案件はあるわけだし。

 殺人事件とか再現されてたらアウトだったからなぁ……。


「……わかった。ヤバいとなったら退く」


 ともあれ、鷸府田さんも理解してくれたようなので、行くとしよう。


「じゃあ鷸府田さん。カギお願いします」


 私がちょっと横にズレて、鷸府田さんに道を作る。

 そうして、鷸府田さんも柵を越えて中へと踏み込み――顔をしかめた。


「なんか急に空気が澄んだというか綺麗になった?」

「摩夏くん、何を言って……」


 続けて六綿さんも柵を越えて――やっぱり顔を顰めた。


「本当に山の頂上みたいな空気になったね。でも、綺麗すぎて息苦し感じもする……」


 概ね、二人も同じような反応だ。


「…………」


 ますます神妙な顔になる鷸府田さん。

 でも、覚悟を決めたようにインターフォンを押した。


 けれど、何の反応もない。

 中に人がいる気配がない――というレベルじゃなくて、そもそも音がしない。


「ベルそのものが鳴らなくなってるのかな?」


 六綿さんも不思議そうだ。


「……仕方ない。カギで開けるか」


 そうして、鷸府田さんは合鍵を玄関に差した。


「うん。ちゃんと回る」


 ガチャリと、解錠される音がする。


 鷸府田さんはカギを抜くと、ゆっくりと玄関のドアノブを回し、扉を引いた。


「光?」


 開いた扉の隙間から、輝きのようなモノが漏れ出してくる。

 三人揃って訝しみつつ、鷸府田さんはドアを完全に開いた。


 すると――玄関から伸びる廊下が白く(まばゆ)く光っていた。

 壁が、床が、天井が、これでもかと磨かれたかのように。


「……お掃除ってここまで出来るんだ?」


 私が思わずそう漏らすと、背後で六綿さんが首を振った気配がした。


「フローリングの床はともかく……壁紙が貼られてる壁が光るってどうやるの?」


 それは確かに。


「あと、ボクは部屋が光り輝いているコト以上に、何もないのが気になる」

「何も無い?」


 眩しくて分かりづらかったけれど、言われてみると、確かに玄関には何もない。靴すら置いてない。

 まぁシューズボックスがあるし、そこに入ってるとは思うんだけど……。


「六綿さんの言うとおりだ。なんていうか、人が住んでるはずなのに、空き屋みたいだ」


 なんだろう。ますます嬬月荘を思い出すんだけど。


 実はこの床とかを光らせてるワックスが、怪異によって加工されたお姉さんです――とかだったら泣く自信があるよ?


 あ。


 ふと思って、目にチカラを込める。


 私の目は、過去の出来事に関する音が、漫画の擬音のような形で視ることができるんだ。


 んん……最近、妙に音が少ないな。

 どうしてだろう――と、考えているうちに鷸府田さんが動き出す。


「とりあえず、あがるか。姉さん、邪魔するよー」


 靴を乱暴に脱いで玄関をあがる。


「ストップ」


 そんな彼に待ったをかけて、私は脱ぎ散らかされた靴を揃えた。


「どうした?」

「お姉さんって潔癖症だったんだよね? そして部屋が綺麗に輝いている。空気も澄んでる――たぶん、それを乱すようなコトはこの部屋のルール的にNGかもしれない」

「そういうのもあるんだ」


 うわ――と顔を顰める。

 だけど、そういう細かいルールを把握できないと、怪異とか相手にしてられないというのは、実感としてあるからね。


 私は丁寧に靴を脱ぎ、揃えたあとで玄関の端に置く。

 ……いや、端に置くだけでは足りないかな?


 そう思って、シューズボックスを開いた。


「……あれ? ここにも靴がない?」


 訝しみつつ、音を探る。

 ある時を境に、音が視えなくなった。


 最後の音の感じを視るに、ここにあった靴を取り出して捨ててる……?


「靴が一足もないのは気になるけど、とりあえずここを借りて」


 私は自分の靴を丁寧に揃えてシューズボックスへと仕舞う。

 鷸府田さんと六綿さんも顔を見合わせてから、私に習うように靴を仕舞った。


 ……ん? あれ? 私の靴ってこんなに白味強かったっけ?

 もっと灰色が濃かった気がするけど……まぁ、部屋が白く輝いてるからそう見えるだけかな?


 ともあれ、靴をシューズボックスに入れてから、私は二人に向き直る。


「もしかしなくても、お姉さんの潔癖症が大本になって生まれた怪異の可能性あるかも?」

「つまり、綺麗にするコトが部屋のルール……的な?」

「うん。正しいルールが把握できてないうちには、それを基準に考えるべきかな……って」


 鷸府田さんと六綿さんは、私の言葉を理解したようにうなずく。


 正直、これだけだと不十分だろうし、不安もあるけど……。

 とはいえ、これ以上のことは現状のところ分からないのだから、仕方がない。


 そうして廊下を進み、すぐ左手にあるドアに鷸府田さんが手を掛けた。


「姉さん、いる?」


 そのドアを開けると、光り輝く四畳半くらいの部屋があった。


「あれ? ベッドがない? 趣味で集めてたマニキュアを飾ってた、コレクションケースもないな……?」


 ベッドがあったというのなら、ここ寝室として使われてたんだと思う。

 コレクションなんかもあったらしいけど……。


「いやそんなコトよりも何もなさ過ぎじゃないかな?」


 六綿さんの言う通りだ。

 この部屋には何もない。


 ベッドやコレクションケースなどは元より――ここ数日は、この部屋で音が発生すらしていない。


 強いて言えば、掃除をしていると思われる床を拭く音や、擦る音くらいはかろうじて見えるけれど――それも、かなり薄くて小さい。


 薄い灰色をベースに白抜きされた掃除音は、色味もフォントも妙に見辛い。こんなの始めてだ。


 どれだけ気を遣って掃除してるんだろ?


 それにしても、この部屋って――


「まるで痕跡すら綺麗になってるみたい」


 ――そんな印象受けるかな。


 いくら潔癖症といっても、ここまで完全に掃除するってちょっと有り得ない、よね?



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