その11
……痛い。
痛みと苦痛によって意識が断絶されたのに、痛みのせいで覚醒する不快感。
瞼が、重い……。
暗い闇だけが目の前にある。
声も争いも遠い喧噪のようで……。
幻覚や、強引に身体を利用された時の痛みや苦痛とは違う。本物の激痛。
ぼんやりと開いた瞳は何も映さず、ただ虚ろに闇を見つめている感覚。
(……なんで、こんなコトに……)
ハッキリとしない意識中で、私はそんなことを思う。
(こんなハズじゃなかったのにな……。
開拓能力で、カッコ良く活躍して……怪異とか謎を解決して……探偵さんみたいに、カッコよく……なりたかったのに……)
レストランで所長さんから言われた冷静になれって言葉。きっと正かったんだろう。
こんなハズじゃなかった。
こんな目に遭うなって思ってもみなかった。
(このまま、私……殺されちゃうのかな……)
呪いだの怪異だのからは助かったのに、最後に自分が殺される相手は超能力者でも無さそうな人間って、どういうことなんだろう。
(リスハちゃん……たぶん、石に戻った……だけだよね?
そのうち、回復して……助けには……いや、期待しすぎか……)
これで終わり。
ゲームオーバー。
閉幕。
エンド。
劇終。
そんな言葉ばかりが脳裏に過ぎる。
(これで、終わり……終わりなの、かな……?)
終わっていいのかだろうか。
終わりたいのだろうか。
(終わり……終わり……)
本当に?
(終わり、かぁ……)
諦めにもにた思考。
だけど、そこに私の声で、私の知らない私が話しかけてきた。
《私は――本当に終わりだと思っているの?》
誰?
《その質問に意味はないわ。
大事なのは一歩踏み出すコトなの。いつも私がしているコトよ?》
一歩踏み出して……。
《虫の化け物に襲われた時も、未来予知を信じた勘違い野郎に襲われた時も……踏み出してきたじゃない》
……それは、まぁ……そうかもだけど……。
《もう、一歩踏み出すのは止めちゃうの?》
だって身体が動かないもの。
頭が痛いし、お腹は痛いし、気持ち悪いし……また殴られたり蹴られたりしたら……。
《綺興ちゃんを助けないの?》
………………。
《私が代わりに掴むわ。この部屋に満ちている色んな音を。
私が動けないと言うのなら、動ける私が手を伸ばす》
あなたは――もしかしなくても……。
《名前が欲しいわ。探偵さんのレオニダスのような名前が》
この声は、私の――音の在処はかつての叙情。
まだ……諦めるには早いよね。
所長さんは絶対に来てくれる。
時間を稼ぐくらいは、やらないと……!
《その意気、その意気》
虚ろな瞳に炎が灯る。
力なく開かれた手が、床の埃を握りしめる。
ハッキリと、私の目が覚める。
まだ――終わってない。
まだ――終わらせない。
殴られたり蹴られたりするのを覚悟して私は身体を、無理矢理起こす!
そして――
「あれ?」
目を覚ますと、おじさんたちが増えていた。
そして何故か二手に別れて争っている。
双方併せて六はいないかな、あれ。
「君が意識を失ったあと、あの怖いおっさん達が増えたんだ」
「鷸府田さん……でしたっけ?」
「うん。あってる。
それでね。おっさん達が増えた直後に、急に半数が暴れ出した」
「何かの過去の再現かな? こっちに影響は?」
「それが無いんだよ。おっさん達だけ」
「そっか」
恐らくは人恋マンションが、私たちを守ってくれているんだろう。
名前をあげる時に、そういう頼みごとをしたしね。
ちゃんと守ってくれてるって考えていいかな。
「痛たたた……」
「え? 立ち上がって大丈夫なの」
「なんとか……ね。痛いけど」
めちゃくちゃ痛いよ。
頭はまだフラフラするし。
蹴られたお腹はズキズキするし。
「でも綺興ちゃんを、鷸府田さんたちを、助けないとね。
その為に――ここへ来たみたいなモノだから……」
「……ごめん」
「そこは謝罪よりお礼がいいかな」
精一杯の笑顔を鷸府田さんに向ける。
痛いし、身体中が汚れてドロドロだして最悪な気分。
「あ、綺興ちゃんは?」
「美橋さんは……たぶん大丈夫。最初の一発以外は何もされてない」
「それを聞いて安心した」
いや、実際は殴った奴許せねー! って気分だけどさ。
「あの……ありがとう」
「どういたしまして。でも、その言葉は最後までとっておいて」
「わかった」
「それと、スマホのバッテリは平気?」
「問題はないけど……」
「今から配信……ライブでいけるかな?」
「え?」
「カメラは向けなくてもいいから音声だけ。いつもの挨拶も何にもない奇妙なライブ配信。だけど音だけ聞こえている……リスナーはどう思うかな?」
「あ」
「これからミステリで言うところの謎解きシーンが来るだろうから、みんなに聞いてもらおう。そうすれば――仮に、私たちが全員殺されちゃっても……」
「ライブだから聞いている人がいる。切り抜きやアーカイヴ化する人たちもいるだろうから、スマホを破壊されても問題ない……か」
「うん」
付け焼き刃の思考。
だけど、そういうのに疎そうなおじさんたち相手になら十分通用するハズだ。
死にたくないし、死ぬつもりはないけれど保険にはなるはず。
「準備はできた。すぐに開始する?」
「ちょっと待って――」
あとは――音の在処はかつての叙情の像に名前をつけよう。
彼女がそれを望んだのだから。
「変な質問で申し訳ないんだけど、過去とか昔とか、そういうのを司る神様とか歴史上の英雄とか知ってる?」
「え? うーんと、運命の三姉妹とか? ギリシャ神話のモイライより北欧神話のノルニルの方が近いかな……長女のウルズが過去に関する女神だったと思うけど」
「なるほど、ウルズ」
音の在処はかつての叙情、其は過去を呼ぶ歌い手。
「……おいでウルズ」
私の背後に、その像が現れる。
絵画に描かれるような美しい女性。薄い衣も含めて絵画的――なんだけれど……。
左右で形の違う……星とハートの、玩具のようなサングラスをかけているし。首には大きなヘッドホンが掛けられている。
北欧の女神の上にパリピというかファンキーパンクな装飾をしているように見えるんだけど……。
もっとよく見ると、ピアスは漫画を描くのに使われているペン先っぽい感じだし、身につけている薄い衣の表面は、原稿用紙のような線が入っている。
北欧の女神に、ファンキーな音楽と、漫画関係の道具をモチーフにした装飾が混ざり合った不思議な姿だ。
だけど、これが私のウルズだという強い確信がある。
「これから、おっさんたちを一人残して全員倒すから」
「え?」
鷸府田さんが驚いた顔をする。それは分かるけど、信じて欲しい。
ウルズなら、絶対にそれが出来る。
「そしたら配信スタート。カメラは……まぁどこに向けるかは任せます。
でも、私の顔は映さないで欲しいかな」
そう告げて、私はウルズとともにおじさんたちへ向けて一歩踏み出した。




