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その6


「所長さん、ちょっとあのマンション行ってきます!」

「待つんだ。何があった?」


 慌てて席を立つ私の手を所長さんが掴む。

 急がないといけないけど、さすがに説明なしに行くのは問題はある……よね。


 急いで助けに行きたいけど。


綺興(キキョウ)ちゃんもあのマンションにいるみたいで」

「今の電話はSOSか」

「はい。だから助けに……!」

「待つんだ。あそこには怪異以上に……」

「所長さん、ごめんなさい! でも行かないと!」


 所長さんには悪いと思いつつ、その手を振り払って私はお店を飛び出した。




 そんな私の背後――私の預かり知らぬところで、所長さんは近くを通りかかったお店の人に声を掛ける。


「君、すまない…………という言葉を理解できるスタッフをお願いできないかな? 料理長やホテルの支配人などなら確実に分かると思うのだが」

「ああ、それなら自分が。ただのホール担当ですが、本職はそちらです」

「俺のコトを伺っていたのか? まぁいい。いるなら話が早い。手を借りたい」

「郷篥氏はうちのコトをあまり好ましく思ってないのでは?」

「否定はしないがな。それでもお前たちの能力は信用している。

 それに借りを作りたくないというのは俺個人の感情にすぎない。人死にの危険性とは比べられん」

「先ほどの女の子ですか?」

「それと、彼女の友人……そしてその友人と一緒に来ている者たち全員だな」

「放置したら?」

「全員死ぬ」

「……! わかりました。何を手配すれば?」

「あのマンションの行方不明事件を主に担当している刑事がいるはずだ。その人と話がしたい」

「かしこまりました。すぐに手配しますのでもう少しお食事をされていてください」

「頼む」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 私は商店街を駆け抜ける。


 商店街の出口付近の交番の前を通りかかった時、お巡りのおじさんが声を掛けてくる。


「お嬢ちゃんそんなに慌ててどうしたんだい?」

「えっと……」


 親切に声を掛けてきてくれた人を無碍にし辛く、内心で急いでるのに――と思いつつも、答える。


「ホ、ホラースポットに遊びにいった友達から、助けてって連絡あって。本物の幽霊とか見たとかなんとか?」


 人喰いマンションは、基本的に立ち入り禁止だから名前出すとややこしくなって足止めくらいそうだから、伏せておこう。


「大丈夫なのかい?」

「大丈夫だと思うけど、泣いて電話してきたから心配で」

「そうか。お嬢さんも気をつけるんだよ?」

「はい!」


 そうして私はまた走り出す。

 交番からある程度まで離れた時、どこからか声が聞こえてきた。


《あのおじさん……存歌のコトいやらしー目で見てたわねぇ》

「ええ? そうなの? ……っていうかリスハちゃんッ!?」


 もう何に驚いていいのか分からない。

 私の少し口が開いたハンドバックの中から、リスハちゃんの声が聞こえてきた。


 足を止めて慌ててハンドバックの中を確認すると、いつのまにか、リスハちゃんの宿るコンクリ片が入っている。


「いつの間に?」

《存歌が先生に止められてお話ししてる時? 先生がコッソリ入れてたわわ》

「気づかなかった……」

《それだけ心配されてるってコトでしょ》

「……うん」

《慌てるあまりに細かいコト確認しないのは減点よ、存歌》

「でも……」

《先生は行くなとは言ってなかったでしょ。待てとは言ったけど。一緒に助けに行くから準備をさせろって話だったと思うわよん》

「あ……」


 そこで初めて失敗したと気づいた。

 綺興ちゃんのことを助けたいと思ったばっかりに、無計画に走ってきちゃってる。


 うわー……と頭を抱えるけどあとの祭りというやつだ。

 とはいえ――


「でも、綺興ちゃんのコトを考えるとじっとしてられなくて」


 それは事実だ。

 じっと準備が終わるのを待ってられないくらいに、気が逸ってしまっている。


 今だってそうだ。

 少し冷静になったけれど、それでもここでリスハちゃんと問答している時間をどこか勿体ないと思ってる自分がいて……。


 どうしよう――と葛藤していると、リスハちゃんのあっけらかんとした声が聞こえてきた。


《ま、ワタシがいるから大丈夫っしょ》

「それって……」

《行くわよ、存歌。綺興を助けに》

「……うん!」


 リスハちゃんという心強い仲間とともに、私は人喰いマンションこと氷徳ビルの敷地へと踏み入っていく。




 そうして前庭のような荒れ地を歩きながら、ふと思う。

 

「……来てみたものの……どうすればいいかな?」


 綺興ちゃんがどこにいるかも分からないしなぁ……。


《とりあえず、綺興にエントランス来るようにメッセージ送ったりすれば?》

「そうする」


 Linkerで一階の正面口入ってすぐのエントランスにいるとメッセージを送る。


 そしれ、それが嘘にならないように、周囲を見回しながら正面入り口に近づいていき――


「…………」

《存歌?》

「リスハちゃん。ここの怪異って、建物の中限定なのかな?」

《急にどうしたの?》


 昼の帰り際に見た奇妙な音を思い出した。

 改めて能力を使うと、やっぱり夜闇に浮かびあがったその文字だけが、妙に浮いている気がする。


「入り口に脇に、奇妙な文字がね、視えるんだ……何かを叩く音と、引きずる音」

《……怪異関係なく怖い音じゃない、それ?

 だってここの怪異って、条件はわからないけど、その能力そのものは過去の再現をするワケでしょ?》

「つまり怪異とは無関係にそういう事件があったてコトだよね?」

《そうなるわね》

「…………」


 なんだろう。

 それはそうなんだけど、だけどなんか違うって感覚がある。


 触って調べた方が早いかな?


 文字の方へと近づこうとすると、リスハちゃんが急に小さい声で、すごい真剣な声色で話しかけてきた。


《存歌。反応しないように聞いて》


 ハンドバッグを上から軽く叩いて了承の意を伝える。


《そのままマンションに入って。人の気配がする。誰かわからない以上、様子を見ましょう》


 もう一度ハンドバッグを叩いてから、私は氷徳ビルの中へと足を踏み入れる。


 昼間と違って真っ暗だ。

 どういうワケか非常灯や非常口の看板とかはそのまま灯りがともっているので、完全に暗いっていうのとも少し違うんだけど。


 周囲の様子を伺いつつ、綺興ちゃんを待つ。

 スマホの画面を確認すると、返信こそないけど既読は付いている。気づいてくれているはずだ。


《綺興が来たら私は黙るわ。いざという時は喋るけど。彼女には正体を明かしてないから》

「うん。わかった」


 そういうことなら仕方ない。


 それからまたしばらく待ち――


「存歌!」

「綺興ちゃん!」


 私に飛びつくように抱きついてきた綺興ちゃんを受け止める。


「ごめん。充分気をつけたつもりだったけどダメだった!」

「綺興ちゃんは、オフ会で来てるんだよね? 他の人は?」

「最初は一緒だったんだけど、そろそろ帰ろうと思ったらそこの入り口のドアがビクともしなくなってて」

「ふつうに開いたんだけどな……」


 訝しみながら、私が入り口のドアを開けようとすると、固まってしまったかのように動かない。


「私も閉じこめられた? 夜になると入るだけの一方通行になる?」


 口に出してみるも、しっくり来ない。

 まぁいいや――よくは無いけど、まぁいい――とにかく、綺興ちゃんの話の続きを聞こう。


「それでここが開かないのはみんなで確認したんだよね?」

「うん。だけど、みんな面白がっちゃって……。

 絶対やばいのにどんな必死に止めても通じなくて……嬬月荘の自分を思い出して……なんかゴメン、存歌」


 急にしょんぼりしだしたけれど、もう気にしてないし、今はそういう時じゃないので、私は綺興ちゃんの肩を叩く。


「それはもういいので、話の続き続き」

「あ、うん」


 そうだった――と苦笑して、綺興ちゃんが続ける。


「このままだと最悪な状態もあり得ると思って、ずっと警戒しながら歩いてたら、暗闇のせいではぐれちゃって……そのあと一人見つけたんだけど、様子がおかしくて……近づくのやめちゃったんだよね」


 見捨てるような自分の行動に罪悪感を覚えてしまっているようだ。

 だけど――


「それで正解。ここの怪異は人を操るから。巻き込まれたらどうなってたか分からないよ」

「じゃあ、みんな……」

「操られる条件は分からないけどね。どこかで操られて、この場所でかつてあった出来事をお芝居のように再現させられてると思う」

「再現?」

「乱交とか銃撃戦とか?」

「え? 銃撃……?」

「乱交の方は……まぁ最悪は最悪だけど死にはしないと思う。

 でも、銃撃戦の方は、死ぬところまで再現させられちゃうだろうから……」

「……!」


 綺興ちゃんを脅すつもりはないんだけど、しっかりと話をしておく。


「でも条件が満たされている間だけ。何らかの形で操る条件が満たされなくなると、身体を操られるお芝居は前触れなく終わる」


 綺興ちゃんの顔が真面目なモノになる。

 恐らく頭の中で色々と考えを巡らせているのかもしれない。


「その辺はまぁ、私がみんなを助けるから。綺興ちゃんはむしろ脱出方法を見つけて外で待機を――」


 私が言葉を全て言い終わるより先に、ガン! という大きな音が響いた。


「なに?」


 それはエントランスの入り口の方から聞こえる。

 スマホで灯りを――と思ったら、綺興ちゃんがそれを制してきた。


「待って。いきなり入り口を叩いたっぽい人よ。変に私たちの存在を教えるのは危険かも」


 私は綺興ちゃんの言葉にうなずき、一緒にゆっくりと入り口に向かうことにした。


「人?」

「シャベルで入り口を叩いてる?」


 二人で訝しんでいると、なにやら男の声が聞こえてくる。


「クソ! どうなってんだ? 開かねぇし割れねぇッ!」


 苛立った感じで、何度もシャベルを入り口に叩きつけているらしく、ガンガンと音が響く。


「強制お芝居は怖いけど、あの人に見つかるよりはマシだったりするかな?」

「マシかもね。存歌、すこし奥の方へ行こう。私たちがいるってバレないように」

「うん」


 酔っぱらってるのか何なのか分からないけど、ちょっと怖すぎるよあの人!!


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