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その2


《うーん……ご同輩の気配がするわね》

「つまり、能力舎である可能性が高いワケか」

「嬬月荘の時のように警戒しないとですねぇ」


 人喰いマンション――もとい氷徳(ヒトク)ビルは、人里離れた場所に立っていることをのぞけば、ふつうのオフィスビルのように思える。


 都心のモノに比べれば一フロアを広くとれるからか、背の方は五階建てとやや低めだ。


 正面口のガラスはひび割れているモノのふつうに閉じている。

 割られてないってことは開閉できるってことなんだろう。


「中に入る前に、まず周囲を一周する」

「わかりました」


 敷地の外側は金網のようなものでぐるりと囲われている感じだ。

 金網の上には鉄線のようなものがないから、乗り込もうと思えば乗り込めそうだけど――


 とはいえ、周囲は畑。

 畑から金網を乗り越えようとするような不届き者はすぐに見つかってしまうことだろう。


 田舎って、そういう怪しいのに敏感だしね。


「それにしても、手入れはされているけど、芽の出てない畑の感じ……実家周辺を思い出します」

「君の実家はこういう感じなのか?」

「こういう畑がいっぱいありましたねぇ」


 金網に沿ってあるいていると、裏口のほうへとやってきた。

 金網の一部が蝶番(ちょうつがい)のように開くようになってるので、ここから出入りする人もいたんだろう。


「こっちは畑っていうより荒れ地って感じですね」

「畑の管理者がいなくなっているのかもしれないな」

「高齢化の波って奴ですかねぇ」

「……む。ここの南京錠は壊れてないのか。出られないな」

「出てもなにもなさそうですけどね。荒れ地と雑木林くらいでしょうか?」


 その雑木林も手入れがされてなさげな感じなので、なにが出てくるかわからなくてちょっと危なそうだ。


 所長さんとそんなやりとりをしていた時に、ふと思う。

  

 裏門からを中心に据えた時、私の視界にあるのは左から雑木林、閉じた金網の扉とそれを締める南京錠、そこから伸びる裏道、荒れ地、畑。


 地元でも見ることのある光景のように思える。

 なのに、なんか妙な違和感というか引っかかり。


 それが何なのかわからずに私は首を傾げる。

 地元とこの辺の植生の違いってやつ? んー……それとも何か違うような……。


 などと首を右に曲げ左に曲げとやりながら振り返ると、所長さんは所長さんで、建物の裏口の脇にあるシミのような汚れのようなモノを凝視して、目を(すが)めている。


「所長さん、どうかしました?」

「いや……とりあえず、もう少し回ろう」

「? はい」


 うーん……。

 所長さんが見ていた場所を私も何となく見てみるけど、ただの汚れのようにしか見えない。


 でも、所長さんとしては何か思うことでもあったのかな?

 ともあれ、歩き出した所長さんの背中を私は追う。


 そのままぐるりと建物の周囲を一周した感じとしては、結構広いけどふつうの建物とという感じ。

 中に入るとまた感じが変わるかもしれないけど。


「リスハ、どう見る?」

《まだ何とも言えないけど、完全な閉鎖系能力だと思う。

 敷地内ではなく建物の中でのみ発生する怪異じゃないかな。

 ワタシたちのコトには気づいていても、手を出してこないというより出せないが近いかも》

「入った途端に攻撃は?」

《それは何とも……だけど、んー……能力……いや根幹がワタシに近いかも? 建物の守護しようとする気配があるから、壁を壊したり落書きしたりとかはしないように》

「異物と認定すれば攻撃される可能性が高まるワケだな」

《うん》


 所長さんとリスハちゃんのやりとりを横で聞きながら、私は建物を見上げる。

 

 守りたい――かぁ。

 そりゃあ、建物だってせっかく建ったのに取り壊されるっていうのは嫌だろうなぁ……。


「音野さん。中では壁などもできるだけ触らないようにしてくれ。

 脆くなっているところにふれて壊しただけでも、敵対者と認定される可能性がある」

「わかりました」


 嬬月荘の時の私は完全に獲物って扱いだったけど、今回はまったく違いそうだしなぁ。


「説得はできそうか?」


 所長さんはポケットからコンクリ片を取り出して訊ねる。


《自我がどれだけあるか、かなぁ……。

 嬬月荘と違って、まだ理性的な核だとは思うけど》

「え? 核って説得できるんですか?」

《そりゃあ、開拓能力舎っていうのは、何らかの形で意志を持った建物みたいなモノだしね。乏しくても感情があるなら、説得だってできるわよん》

「俺が現場にリスハを連れてくる理由の一つだ。それで済むならそれに越したコトはない。

 人間の常識が通用しない場合も多々あるが、同じ能力舎としてのリスハが人間についてレクチャーすれば納得してくれるコトもある」


 ほへー……。

 つまりそれって――


付喪神(ツクモガミ)に近かったりします?」


 長年大切に扱われてきた道具に意志が宿って動き出す、そんな怪異。昔話とかにも出てくるやつだ。


「考え方としては間違ってないな。リスハなんてまさにそれだろう?」

「確かに」


 そう言われると、リスハちゃんって付喪神って感じだよね。


《付喪神と違ってワタシたちは何がトリガーになって自我や能力に目覚めるかは不明瞭なんだけどね。目覚め方が能力にも繋がってくし》

「だからこそ、説得できるかどうかは、能力舎の本能的目的と、その自我の目覚め方によるところが大きい」


 嬬月荘のようなパターンだと、説得はまず無理なんだそうだ。

 そしてそういう、芽生えた本能と、与えられた目的を機械的にこなすだけのタイプも多いんだとか。


「ちなみに……なんですけど。説得が失敗したらどうするんです?」

「嬬月荘で見せたはずだが? 説得不可能も説得失敗も似たようなモノだぞ」

「ああ、最後はパワープレイで行くんですね。了解です」

《先生は頭は悪くないのに基本スタイルがパワープレイだからねぇ》

「うるさいぞリスハ」


 ケラケラと笑うリスハちゃんに、所長さんが憮然とツッコミを入れてから、改めて建物に向き直る。


「さて、暗くなる前にまずは一階だけでも見てしまいたいんだ。いくぞ」

「わかりました」

《はーい》


 所長さんが正面口のドアを開ける。

 予想通りというかなんというか、カギはかかってないようだ。


 あとに続いて私も足を踏み入れ――


「あ」


 思わず、声がでる。


 踏み込んだ。

 何らかの領域の内側へと、足を踏み入れたという感覚に襲われる。


「ここからは、能力舎の敷いているルールが最優先される。気をつけてくれ」

「はい」


 無機質な視線を感じる。

 好奇も、敵意も、情熱や情欲のようなモノもない無味乾燥な視線。


 監視カメラのようなモノに見張られている。

 カメラの向こう側にも熱を感じない気がする。


 ただただ淡々と、カメラ越しの視線が追いかけてくるような……。


 常に監視カメラを向けられているような感覚に、居心地の悪さを覚えながら、私は、絶対にはぐれないようにしようと誓い――所長さんの背中を追いかけるのだった。



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