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その1


 土曜日。


 本日はバイト先の一つ。

 郷篥(ゴウリキ)探偵事務所の所長さんと、その助手のリスハちゃんと一緒に、お泊まり(の可能性の高い)お仕事の初日です。


 郷篥所長の運転する車で高速道路に乗り、東京から出てのお隣の県へ。

 高速を降りてからさらに県道を進み、気がつけば周囲がだいぶ寂れてきている。


「そういえば綺興(キキョウ)も今日は泊まりで遊びに行くって言ってたわねぇ」

「そうなのよね。私も誘われたんだけど、お仕事だからって断ったんだ」


 先日の予血ペンで顔を合わせてから、綺興ちゃんとリスハちゃんは仲良くなったらしい。

 綺興ちゃんに正体は空かさず、所長さんの助手とは言っているようだけど……。


「む。それは悪いコトをしたな」


 リスハちゃんとお喋りをしていると、所長さんが申し訳なく告げてくる。


「いえ。こっちも本格的なバイト初日なので。

 そういう話をしたら、綺興ちゃんも納得してたので大丈夫です」

「君はそれで良かったのか?」

「はい。お仕事なので最初が肝心ってコトで」

「そうか」


 フッと――所長さんが小さく笑う。

 普段はちょっと怒ったような無表情だし、あんまり表情は変わらない人だけど、時々見せるこの顔は結構好きだ。

 なんか、すごい安心する感じ。


「リスハ、悪いがそろそろ石に戻ってくれ」

「はいはい。旅費を浮かす為ね」

「それだけじゃあないんだが、まぁそれもある」


 リスハちゃんがコンクリ片の中にいれば、私と所長さんの二人旅だもんね。ホテルの宿泊費も二人分だ。


「仕方ないなぁ」


 言いながら、リスハちゃんはコンクリ片の中へと吸い込まれるように消えていく。


《ところで、これから行くところってどんなとこなの。

 ワタシも存歌(アリカ)も、ぜんぜん確認してなかったんだけど》


 石の中から聞こえてくるリスハちゃんの質問に、所長さんは車を右へ曲がらせながら答える。


緒櫓花(オロカ)町というところだな。

 ホラースポットが多いコトが有名で、調査するのもそんなスポットの一つだ」

「じゃあ、調査するところ以外にもそういうところがあるんですね」

「そうなんだが――まぁ町自体もホラースポットや心霊スポットの多さをウリにして、町おこしをしているそうでな。

 該当個所以外の調査は、できるだけやめて欲しいと言われている」

「たくましいというか何というか……」


 ホラースポットや心霊スポットが多いって、ちょっとネガティブなイメージに感じるけど、それをウリにするなんてちょっとポジティブな感じがする町だ。


「名物とか美味しいモノとかはあるんですか?

「名産や名物というのは特になかったハズだが――何年か前に、B級グルメで有名になったモノならあるな。

 たしか、オロロンドッグだったか? コッペパンにソーセージと醤油味の焼きそばを挟んだモノだったハズだ」

「お仕事の合間に余裕があるなら食べたいですね」

「構わんぞ。遠出してるんだ、仕事以外は楽しむのも悪くはない」

「やった!」


 話の分かる所長さんで良かった。

 探せばコンビニとか、パン屋さんとかでも似たようなのを取り扱ってたりするかもだけど、やっぱ現地の一品が食べれるに越したことないし。


「そろそろホテルにつくな。

 とりあえず、チェックインして荷物を置いたら、早速現場の様子を見に行きたいんだが、二人とも大丈夫か?」

「はい」

《OK》


 町並は結構、田舎って感じ。ちょっと地元を思い出すかも。似てはいないんだけど。


 ホテルの駐車場に入ると、車が何台か泊まっている。

 ホラースポットで町おこししているだけあってか、それなりに人がいるのかもしれない。


 私たちが泊まるのはちょっと年季が入った感じのビジネスホテル『テン・グリップ・イン』。

 元々は別の経営者が運営してたものの、その経営者はB級グルメの話題が落ち着き、観光客が減ってくると撤退したらしい。


 逆に同時期、ホラーブームの兆しを感じ取ったテン・グリップ社がここを購入。

 建物も居抜きのまま利用している為、まだ5年程度しか経ってないのに、年季が入って見えるらしい。


 今日のお宿はそんなホテルだ。

 ちなみに、だけど――私と所長さんの部屋はもちろん別。


 部屋はちょっと狭いけど、一人で寝泊まりするなら問題ないかな。生活しろって言われるとちょっと厳しいけど。

 でも、外観や内装各所の年季の割には、部屋はすごい綺麗。お手入れが行き届いている感じは、気分がいいよね。


 宿泊用の荷物は置いて、スマホや財布、コスメとかの入ったショルダーバッグだけを手にして部屋を出る。


 部屋を出ると所長さんがすでに待っていた。


「すみません。お待たせしました」

「いや。大して待っていないさ。準備ができてるなら向かうぞ?」

「はい!」


 そうして私たちはホテルを出て、商店街を進む。


「オロロンドッグのお店、いっぱいありますね」

「ホラーに次ぐ観光の目玉だろうからな」


 キョロキョロと周囲を見回していると、近くに温泉があるのか案内所のようなモノがある。

 その観光案内所の横には――


「ホラースポット案内とかあるんですね」

「観光地なんだろう。もっともこれから俺たちが行く場所は、案内所では教えてくれない場所だ。自治体が立ち入り禁止にしているらしいからな」


 そりゃあまぁ、それっぽい雰囲気だけじゃない場所だろうからなぁ……。

 これから私たちが行く場所は、嬬月荘と同様に、本当に怪異が発生していると思わしき場所。


「そういえば、その場所に名前とかあるんですか?」

「特にはない。だが、立ち入りを禁じていても立ち入る者はあとをたたないモノだがな」


 まぁホラースポット巡りが趣味なら、気にせず入って行きそうだし。

 綺興ちゃんも、嬬月荘のことは反省こそすれ、だからといって廃墟とかへと足を踏み入れるのは止めそうにないし。


 そもそも、ホラースポット巡りの動画を投稿している明城シガタキっていう配信者さんにハマってるからなぁ、彼女は……。

 そういば、今日の泊まりがけで遊びに行くっていうのも、彼絡みだったっけ?


 ……実はテン・グリップ・インに宿泊してたりしないよね、綺興ちゃん。


「そうした立ち入った者たちが、全員でないにしろ踏み入れたあとで行方を眩ましている」


 商店街を抜け、だいぶ外れた場所に、それはあった。


「入ったら最後、出て来れずに行方を眩ます……まるで建物に喰われてしまったかのように――なんて、噂が立っている」


 危険だという旨の書かれた大きな看板は立てられているけれど、敷地に入ることそのものは簡単にできる。


 ――というのも、看板以外に足止めになるようなモノがないんだよね。

 よく見れば、看板の下とか、この周囲には切られた有刺鉄線や、キープアウトテープなんかが転がってるので、そういうことなんだろうけど。


 どれだけ塞いでも壊して入る輩がいるなら、もう無駄なことはしない――とでもなったのかもしれない。


 そんなワケで、有刺鉄線に気をつけながら、私たちはそこを残り越えて敷地に入っていく。


 周辺は手入れされず放置されているだろう、荒れた畑ばかりの中に、ポツンと建っている五階建て。


 入り口には建物の名前が掲げられている。

 その名前は『氷徳(ヒトク)ビル』。


「故に、その手の趣味人たちからは、建物の名前をモジってこう呼ばれている。『人喰いマンション』……とな」


 人気のない荒野にポツンと建っているかのようなその建物は、昼下がりの陽光に照らされながら、どこか寂しそうに佇んでいる。


「まぁ元々の用途を思うと、マンションよりも元の名前のビルの方が正しいんだろうが……噂として広まった時に語呂の良さが優先されたんだろう」


 不思議と、この建物は人なんて食べてなさそうなだな――なんて、私はそんな感想を抱いていた。


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