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その3


 ぴろぴろぴろぴろ……


 どうやらこの音は、血色の妖精たちの羽音らしい。

 耳障りではあるけど、この男性の近くにいる限り音はなくならないだろう。


 とりあえず、関わったところでロクなことにならないのことが予想できるので、とっととこの場から去る。


 付き合いきれないという空気を出して私がその場から去ろうとすると――


「待ってくれ!」


 男性は私の手首を掴んでくる。


「放してください」


 睨んだり怒鳴ったりはあまり得意ではないけれど、こういう人相手になぁなぁは良くないって聞くし。ここはハッキリと。


「今日、夜が空いてるなら是非付き合って欲しいんだけど」

「空いてないので放してください」


 少し大きめな声を出す。

 助けてもらえなくても、注目さえされればそれでいい。


「そう言わずにさ」

「痛いんですけど」


 男がグっと掴む手にチカラがこもる。

 ああ、もう手首が痛いっていうのに……!


 私は食堂の扉周辺の音を視て、それを探すと空いている方の手で取った。


「しつこい上に乱暴な時点で付き合うとはありえないんですよ!」


 扉を乱暴に閉める音。

 それを私の手首を掴む男の手に押しつける。


「……ッ!?」


 その衝撃でチカラが緩む。

 私はすぐにその手を払って、逃げ出した。


 全力ダッシュだ!


 妖精たちがどんな予知をしたのか知らないけど、素直に付き合うのは絶対にマズい!


 体力には自信があるから、全力で走って学校から逃げだそう。

 目指すは正門ッ!

 そこから駅前へ向かって、夢アジサシ……いや郷篥探偵事務所に逃げ込もう。


 こういう時、バイト先が学校から近いのは助かる。

 そんなことを考えながら廊下を走っていると、耳障りな音が近づいてくる。


 ……ぴろぴろぴろぴろぴろ……


「妖精が追ってくるのッ!?」


 後ろを見ると男性は手首を押さえてうずくまっていた。

 結構な威力があったっぽい。


 いや、それより――


 ……ぴろぴろぴろぴろぴろぴろ……


「ああ、鬱陶しいなぁッ!」


 思わず毒づく。

 五匹の妖精たちが、視界の端をチラチラ、チラチラ飛び回って!


「それはもう視たからッ!」


 ほかにも足下に二匹!

 紐状に姿を変えて、足を引っかけようとしてくるけれど、ジャンプで回避!


 よし、校舎を飛び出した!

 あとはそのまま正門に向かえば……!


 ……ぴろぴろぴろぴろぴろ……


「ああ、もう! 邪魔なんだから……!」


 ……ぴろぴろぴろぴろぴろ……


 羽虫を払うように手をパタパタ振りながら走る。

 顔の周りを意識しすぎると、足を狙ってくる奴への対処が甘くなりそう。


 全力で走りたいけど、走るのは危険って……もう面倒くさいんだけど!


 だけど、私が飛び出した校舎の出入り口から正門までは直線だ。

 よそ見しながらでも、たどり着ける――そのはずだったんだけど……。


「あれ? 裏庭? なんで? 真っ直ぐ走ってたのに……」


 血血血血血血血血血血(クスクスクスクスクス)

 クスクスクスクスクス(血血血血血血血血血血)


 気味の悪い羽音に混じって、気色悪い笑い声が聞こえてくる。


 血血血血血血血血血血予知は現実にならなきゃ

 血血血血血血血血血血オマエは裏庭で犯される

 血血血血血血血血血血大丈夫オマエも幸せになる

 血血血血血血血血血血在学中は幸せだよ?

 血血血血血血血血血血卒業したらしたらしーらない


「こいつら……」


 まずい。

 よくわからないけど、こいつらの能力の影響だ。


 方向感覚とかそういうの狂わされて、真っ直ぐ進んでるつもりで、裏庭に来てた……!


 血血血血血血血血血血頭の中は常に幸せ

 血血血血血血血血血血幸せだから問題ないよね


 しかも、結構マズい。

 この間の嬬月荘の虫もそうだけど、強制的に従わせるチカラというか、洗脳みたいなのは本当にマズい。


 何より、こいつらの言う幸せは、絶対にマトモじゃないって感じがする。


 裏庭から逃げなきゃ……でも、どうやって?

 方向感覚とか狂わされたり、無意識に行動パターン刷り込まれたりしてたら、どうにもならいよね……?


 っていうか、この羽虫たち、認識変えたり洗脳したり、もう予知とか関係ないじゃん。


「すごいな、予知の通りだ。ここに隠れてた」


 そして、さっきの男が裏庭に姿を見せたので思わず舌打ちする。

 羽虫たちのお膳立てだって気づいてないことが、本当に腹立たしい。


 またここに戻ってきてもいいから、タックルでもしてまずは逃げよう。


「さっきはいきなり手を掴んで悪かった」


 男がゆっくり近づいてくる。

 微塵も悪いとは思ってなさそうな薄っぺらい言葉。


「予血ペンの噂は知ってるだろ?」


 これからの期待だけに胸を躍らせているゲスい顔で近づいてくる。


「オレはそれを拾ってさ、予知を視たんだ」


 都合の良い予知を信じて疑わない顔で近づいてくる。


「君を押し倒して犯し抜けば、オレは幸せになれるんだとさ」

「……そこに私の幸せは含まれてませんよね?」


 したり顔でとても良いことをしようとしている顔で近づいてくる。


「大丈夫だよ。君も幸せになってオレと付き合うそうだから」

「大学生にもなって順序だった根拠のない情報を簡単に信じるってどうかと思いますけど」


 完全に油断して近づいてくるんだから、素人のタックルでも吹き飛ばせそう。


 身構え、グッと全身にチカラを入れ、地面を蹴った瞬間――


 ……ぴろぴろぴろぴろぴろ……

 ……ふぅぅぅぅぅ……



 耳の周りに妖精があつまり、一斉に息を吹きかけてきた。

 くすぐったい程度なら良かった。なのに、その息を浴びた途端――


「あ、え?」


 ――カクリと、膝からチカラが抜けた。


 足がもつれる。

 タックルしようと地面を蹴っていたから、そのまま男の方へと倒れかかってしまう。


「本当に、君の方から足を滑らせてくるんだな」


 どんな予知を見たのよッ!


「予血ペン――本当にすごいな!」


 ゲスな笑みを浮かべて男は私を地面に押し倒す。


「痛っ……ッ?! ほんっと、乱暴ッ!」


 抵抗しようとジタバタする……いやするつもりだった。

 だけど――


 ……ぴろぴろぴろぴろぴろ……

 血血血血血血血血血血(クスクスクスクスクス)

 クスクスクスクスクス(血血血血血血血血血血)

 ……ぴろぴろぴろぴろぴろ……


 ――身体にチカラが入らない。言うことを聞いてくれない。


「なんだ? 抵抗しないのか?」


 ああ、もうッ!

 状況も知りもしてないのにしたり顔とかしないでよッ!!


「きゃあああああ!?」


 ……とか思ってたらいきなり上着を引きちぎってくるしッ!

 高かったんだけど、これ!!


 こいつと比べたら嬬月荘の虫たちの方がまだ紳士だった気がするんだけど!


「結構あるじゃねーか」

「やめて、気持ち悪い……!」

「抵抗しない奴が言う言葉じゃねーな」


 服の破けたところから手を入れて、胸を揉んでくる。

 乱暴で気遣いもクソもなくて痛いだけだし気持ち悪いし最悪ッ!


「すぐ良くしてやるからよ」

「……悪役の台詞だから、それ……!」


 ぴろぴろぴろぴろぴろ

 血血血血血血血血血血(クスクスクスクスクス)

 クスクスクスクスクス(血血血血血血血血血血)


 妖精の一匹が、私の顔に触れる。

 ニタァと笑うと、その妖精の足がお風呂にでも浸かるように、ゆっくりゆっくり私の中に沈んでくる。


 ……あ。


 これ、まずい。

 あたまからチカラがぬけてく。


 きおくとか、じんかくとか、せいしんとか……そういうのを、しんしょくされてる、きがする……。


 ふわふわ、して……しあわせなかんじ……。


 ぴろぴろぴろぴろぴろ

 血血血血血血血血血血忘れていいの

 血血血血血血血血血血全部忘れて幸せに

 血血血血血血血血血血夢も希望も現実も

 血血血血血血血血血血家族も仲間も友達も

 血血血血血血血血血血全部忘れてしまいましょう


 ……ふわふわ、しあせに、わすれて……ぜんぶ……


「なんだ? 胸だけで感じてるのか? 結構淫乱系?」


 ばか、いわないで。

 おまえがどうこうじゃないって……。

 ようせいの、せいだ……。


 ああ、いや。でも、ふわふわで、しあわせなら、それでも……。


 ぜんぶわすれて……ともだちもわすれても……それで……よい……?


 ……わすれる? ともだちを……キキョウちゃんを?


 いや、よくないな。よくない。

 全然何一つ良くないッ!


 気を――しっかり持て、私ッ!

 虫の時を思い出せッ!


 偽りの光に縋るなッ!

 正しい光を探し出せッ!!


「調子乗ってる、ところ……悪いけど……」


 うん。とりあえずこれだけは言っておこう。


「ヘタクソ。ただ乱暴にこね回して痛いだけとかないわ」

「いい度胸じゃねーかッ!」


 どうやらプライドが傷ついたらしい。

 その程度で傷つくプライドだから、予知も疑うことなく、人を襲う……ワケで……いやそれも、わるくないかも……いや違くて……! 悪いわッ! まるっと悪いッ!

 余地とか関係なく完全にコイツは悪い奴ッ! 今の状況も最悪だって!!


 しかし、まずいな。

 本気で思考できなくなってきてるというか、ちょいちょい思考が鈍るというか。

 ここまでくるとさすがにもう予知とか関係なくない?


 ……って予知……か。

 そうだ。予知だ。


 予知なんだよ。いくら強力な未来予知といっても予知でしかないはずでしょう?

 いくらマッチポンプができるといっても、あまりにも都合が良すぎない?


 それはなぜか。

 あやふやだからだ。


 予血ペンという怪異そのものが、曖昧なんだ。

 そして予血ペンとは、未来を確実に当てるモノだってみんなが信じているから、それを達成するように妖精たちの能力も変化しているのだとしたら……!


「さすがに、ちょっとやりすぎよ」


 私は、そう口にする。あるいは宣言か。


 つい先日に、所長さんやリスハちゃんからレクチャーされた話。

 それこそが、この場を脱出する為の最終手段ッ!


 絶対、予血ペンをぶっ壊してやるんだから……ッ!



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