その1
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「そろそろ予血ペンの噂が流れる頃だねぇ」
綺興ちゃんと学校の食堂でお昼を食べていると、何やらそんな話題が出てきた。
「予血ペン?」
うどんをちゅるんと啜ってから私が首を傾げると、綺興ちゃんは驚いたように目を瞬く。
「え? あれ? 去年の今頃にそういう噂聞かなかった?」
「うーん……記憶に無いかな」
「マジで? この学校で春の終わりが近づくと、毎年噂になる怪談らしいのに」
言われて、私は去年の今頃に思いを馳せる。
入学してすぐの春。
大学デビューを失敗したのを実感して凹んでいた頃。
ちょうど綺興ちゃんと遭遇した頃……より少し手前かな。
「去年の今頃はまだまだぼっちだったから……」
「お、おう……」
うん。
怪談やら噂やらを耳にする機会が全くなかったね!
そんな話題を振って話しかけてくる人なんていなかったし!
「まぁとにかく、先輩たちも一年の頃には話題に上ってたっていう話なんだけどさ」
「予血ペンっていうの?」
「そうそう。正しくは未来予血のペン……だったか?」
「未来予知?」
「ちなみに、予知の『ち』は知るじゃなくて血液の血ね」
「なんか物騒」
「そりゃあ物騒な怪談だし?」
あ。綺興ちゃん、ちょっとイキイキしてるな。
推しのシガタキくん関係なく、この手の話は好きなんじゃ……。
「自分の血を吸わせると、その吸わせた血をインクにして、未来について記してくれるって奴。試験とかレポートの攻略の為に、みんな探すらしいよ?」
「絶対にロクなオチにならないんじゃないかな。血とか使ってるし」
「嘘か本当かは知らないけど、未来が分からない不安が大きくなりすぎて手首切って血を浴びせて死んじゃった生徒もいるとかいないとか?」
思わず胡乱な目になる。
そりゃあ、未来を知れれば色々と対策が取れるかも知れないけど、知りすぎた結果、知らないことを怖くなるってのはどうかと思う。
それに知らなくて不安なるのは仕方ないにしても、手首を切って死んじゃうんだとしたら、未来を知る意味もないのに。
「そんな事件があったらニュースにでもなりそうだけど」
「噂ってそういうモノでしょ?」
まぁそうか。
実際どうであるかはともかく、そういう話としてならありうるのかな?
でも――
「……噂ってある意味で名付けてと同じ気がする……」
思わず小さく独りごちる。
それこそ柳の下の幽霊だ。
枝だと証明されるまでは、本当にそこに怪異として成り立っていたって話でしょ?
つまり、この予血ペンの噂も、何らかの要因が実在しても不思議じゃないし……。
それが噂と混ざり合って、別の何かに変化していても不思議じゃない可能もある……?
「どうかした、存歌?」
「んー……なんか直感的になんだけど、見つけられるなら見つけて処分した方がいいような気がする」
「怖いコト言わないでよ……存歌が言うとちょっとシャレにならないというか……」
嬬月荘の一件以来、綺興ちゃんからのそっち方面の信頼が厚くなってる気がする……。
良いことなんだか悪いことなんだか……。
「実際、手にした人っているの? 去年とか」
「さぁ……わたしも探したけど見つからなかったしなぁ」
「探したんだ……」
やっぱりなんだかんだで綺興ちゃんは好きなんだろうな、こういう話。
そんな話をしながら、私はうどんのお出汁まで完飲。
私よりも先に綺興ちゃんは自分のご飯を食べ終わっている。
なので、ちょっと待たせてしまってたみたい。
「ごちそうさまでしたっと。綺興ちゃん、午後は?」
「空きコマ挟んで十五時半から必修」
「私と似たようなモノだねぇ」
「どっかで一緒に自習する?」
「そうしようかな」
そんな感じで席を立ち、食器を返却口に置きにいく。
その道すがら――
……ぴろぴろぴろぴろぴろ……
「?」
何やら聞き慣れない音が聞こえてくる。
「どうしたの存歌?」
「変な音、しない? なんかピロピロ的な」
「しないけど」
首を傾げる綺興ちゃん。
周囲を見ても、それを気にしていそうな人がいない。
こんなにハッキリ聞こえるのに?
……いや、もしかしなくても、私にしか聞こえない音?
もしかしなくても、怪異や開拓能力関連の音だったりする……ッ!?
「存歌? 急に立ち止まって」
数歩先にいる綺興ちゃんが立ち止まってこちらを見る。
その横へ軽く駆け寄りながら、私は小さく告げた。
「さっきの音……お化けとかかも……」
「まだ聞こえてる?」
「うん」
「食堂にお化けって……」
綺興ちゃんの言いたいことは分かる。
正直、私も実感が湧かない。
この食堂には良く来る。
入学してからお昼を食べに、時に休憩しにと、よく利用する。
何気にお団子と大福のクオリティが高いのだ。番茶と一緒に食べるとそれはもう――って、そうじゃなくて。
ともあれ、それだけ利用しているのに、この音を聞いたのは初めてというのが不思議でしょうがない。
「とりあえず食器を片づけようよ。変に足を止めてぼーっとしているのも不自然だよ?」
「そうだね。うん」
ぴろぴろ……という耳障りな音が聞こえ続ける中、私は平静を装って返却口に食器の乗ったトレイを置く。
続けて綺興ちゃんが返却口へと自分のトレイを置こうとした時だ。
……ぴろぴろぴろぴろ……
音が、急に下の方から聞こえだした。
足下にッ――何かッ、いるッ!?
赤い……スライム? 血みたいな……いや妖精のようにも見える?
あまりにもその色が嬬月荘の怪異に似ているから、嫌な予感が猛烈にこみ上げてくる。
大きさは手のひらサイズ。
シルエットだけなら妖精だったそれは、捻りハチマキのような身体をしていた。なんか二本の太いグミが絡み合って妖精のシルエットになっているような感じ。
最初にスライムに見間違えたのも間違いというワケではなく、ゲームやマンガに出てくる人の形をしたゼリー状生物のようでもあって……。
どうしよう。どうすればいいの、これ?
私たちの足下を蛇行するように、くるくると飛び回る。
そして、その妖精が何をしようとするのか分かった瞬間、私は綺興ちゃんに手を伸ばした。
トレイを置こうとした綺興ちゃんの足に、その妖精は身体を変化させて絡みつく。
「きゃッ!?」
綺興ちゃんが転ぶ。
左手で綺興ちゃんを支えて、右手はトレイの下に差し込んだ。
中腰のような、スクワットの途中の膝曲げ状態というか……。
……おおおお、これシンドい……。
結構な無茶な態勢だけど、油断するとお皿に残ったソースとかを、綺興ちゃんがかぶりかねないのでガンバる!
「ナ、ナイスキャッチ存歌」
「お、お礼より先に……態勢、直して……プルプルする……」
「ごめん!」
その様子を見かねたのか、食堂のおばちゃんが、返却口ごしに手を伸ばす。
「ほら、ソレをこっちに寄越しな」
「す、すみません……」
おばちゃんがトレイを掴んでくれたので、私も無茶な態勢をする必要はなくなり、なんとか綺興ちゃんも態勢を立て直す。
「怪我はなかったのかい? 汚れたりは?」
「大丈夫です。友達がとっさに支えてくれたんで」
「みたいだね。そっちの子、ナイスキャッチだったよ」
グッ! とサムズアップしてくるおばさんに、私も安堵しながらサムズアップを返した。
それから、足下を見ると妖精の姿はなくなっている。
だけど、痕跡くらいなら――私は能力を発動して見てみれば、そこには『音』がしっかりと残っていた。
ぴろぴろという気の抜ける可愛らしい音とは裏腹に、マンガ的な擬音となったそれは、おどろおどろしいフォントだ。
ギャップが怖い。
今は綺興ちゃんが転ぶだけだったけど、本当にそれで済んだのか怪しいレベルで、フォントが怖い。
少し悩んで『音』に触れる。
……ぴろぴろぴろいぴろ……
あの子が転ぶあの子が転ぶ予知をした
血血血血血血血血血血血が欲しい
血血血血血血血血血血血がもらえる
血血血血血血血血血血血で転ばそう
血血血血血血血血血血血あの子がいい
血血血血血血血血血血血予知をしよう
血血血血血血血血血血血予血だ予血
あの子よ転べあの子よ転べば現実だ
……ぴろぴろぴろいぴろ……
カン高い気に障るような声。
耳障りなだけでなく聞いていると気持ちが悪くなる。
そんな声が聞こえてきた。
こんなことは初めてだ。
ここまで具体的な情報が手に入るなんて……。
そして、内容は結構アレだ……。
「存歌?」
「人のいないところに行きたい。ちょっとヤバいかも」
その言葉に、綺興ちゃんが一瞬だけ訝しむけれど、すぐに何か合点がいったようだ。
「さっきの音?」
「うん」
すぐに理解してくれる友達がいるっていいな……なんて、場違いなことを思いながら、私は素直にうなずいた。
そうして私たちは足早に食堂を出ることにする。
食堂から外へ出る途中、一度食堂内を見回す。
結局、それで何か分かるワケでもなく、私は先に出た綺興ちゃんの背中を追いかけるのだった。
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