ミッション2:バスケのビブスを奪取せよ! その3
放課後。
5月に入ると、放課後でも昼間の日差しとさほど変わらない。でもいつもと同じ空間なのに、いつもと違う感覚になるのはなんでだろう。他のクラスメイトがいないからかな。
「で?」
ボンヤリしていたボクに、会澤さんは声をかけた。会澤さんはボクの前で自分の席に座っていた。
ボクはというと、いつも通り、会澤さんの前で正座をしていた。もうなんだか、この方がボクにとって自然なことのようにすら感じていた。
ボクは何も言わずに、手に入れたビブスをかたひざをついて差し出した。
あの後、ボクは部室に走り、ビブスを新しいものと交換した。
番号3のビブス。
用意したビブスの番号と合わせた。
たしか着てたのは、西野先輩、だったかな?田中さんはあまり好きじゃなかったらしいけど。もう今更か。
ボクがしずしずと差し出したビブスを会澤さんは受け取った。
やっぱり匂いを嗅ぐのかな。
そう思って会澤さんの次の行動を待った。
「……」
「……」
会澤さんは動かない。
持ったまま動かない。
えっと…なにかあったのかな?
「…あの時…」
あの時…どの時だろう…
田中さんの襲撃時ってことでいいのかな?
「あの時…」
「はい…」
ボクは会澤さんの言葉を待った。
さすがね、とか、お褒めの言葉だろうか。
もう長く組んだ仲間みたいに、アイコンタクトだけで即座に行動したボクへの__
「なんで逃げたの?」
へっ?!
に、げ、た?
今、会澤さん、『逃げた』って言いました?!
「えぇっと…」
アイコンタクトで…、へ?!
ボクが返答に苦労していると、会澤さんはため息をつくように核心を答えた。
「こっちが田中さんを押さえて大変な時に、見たら走り出すから、驚いたわよ。」
ぬわぁぁぁぁあ!!
うそーーー!!!
アレは、行け!という合図じゃなかったの?
オレのことは置いていけ!!みたいな?!
衝撃の事実!!
思わず、コンソールで『逃げる』選択を押したくなるくらいの衝撃!!
頭をかかえるボクを見て、何かを感じ取ったのか、会澤さんはふぅとひと息ついて、話を続けた。
「どうも、田中さん。一人でチヤホヤされたかったみたいね。オタサーの姫?みたいな?」
会澤さんが後からバスケ部の人から聞いたところ、どうも田中さんはバスケ部の皆から『一人で大変だね』とか『すごくできる人だね』と言われるのが快感で、一人で回していたらしい。以前一緒にいたマネージャーには、アレができないコレができないとか、昼ドラの姑みたいなことをやって、結果追い出したらしい。本人は気がついてなかったようで、バスケ部のメンバーも少し困っていたらしい。
「えっと、ボクが手伝った時はそんなでもなかったですけど…」
ボクはどうにか気を取り直し、思い返した。マネージャーやらない?とまで言われてたし。
「あれじゃない?渡辺くん、田中さんの小間使いみたいで、目立たなかったから、便利だったんじゃない?」
衝撃の事実!第二弾!!
ボクは逃げ出した!
でも回り込まれてしまった!!
いや、現実には本当に逃げ出したことになってたんだった…
ボクが衝撃の事実にぼう然としているのを、会澤さんはチラリと見た。ニコリと口もとだけ笑顔を浮かべると、持っていたビブスを顔に近づけて、すぅとひと息吸い込んだ。
「まぁ無事手に入ったし、良かった。ありがとう。」
そういうと、会澤さんは満足げな顔を浮かべた。そして、そのまま深呼吸を繰り返した。ボクはもう目の前にいないかのように。
「…会澤さんにそういってもらえるなら、本望です。」
会澤さんの目に、ボクはもう映ってないかもしれないけど。やったことは自慢できるようなことではないかもしれないけど。それでもボクは『ありがとう』と言われたことが嬉しかった。同じクラスメイトに、しかも会澤さんに。
「ところで…」
会澤さんはひとしきり深呼吸を繰り返した後、ボクの存在を思い出したかのように、声をかけてきた。
「えっ?!まだなにかやらかしましたでしょうか?」
衝撃の事実、第三弾!!ですか?
会澤さん…
もうボクのライフは限りなくゼロです…
もう勘弁してくだ__
「どうして正座してるの?」
正座……
そういえばボクは、座っている会澤さんの前で、正座しているんだった。
自分の中であまりにも自然というか、そうあるべきというか、そんな感じがして、なぜ?と聞かれると困るというか…
「……なんというか…その…」
どう答えるのがいいんだろう…
ボクは会澤さんを見上げた。
会澤さんは、光悦とした表情を浮かべていた。ほほが少し赤らみ、唇の端にキラリと涎の滴も見える。
会澤さんの目を見て、何を考えているのか探ろうとした。会澤さんのアイコンタクト……
あーもぅ、信じない方がいいな。
ボクは正直に答えることにした。
「なんとなくこの方が、しっくりくるというか、自然というか、そんな気がして…」
ボクがそう答えると、会澤さんはキョトンとした顔をした。ボクの言葉が通じなかったように。
しばらく、ボクたちは互いに見つめ合っていた。
「ぶっ!…あっ、あははっ!」
突然、会澤さんが噴きだし、大声で笑いはじめた。教室内に会澤さんの笑い声が広がった。ボクは誰かが来るんじゃないかと少しヒヤヒヤして、入り口の方を見やった。
誰も来そうにないことを確認して、会澤さんを見た。会澤さんは笑い声の合間に無理やりのように、言葉を口にした。
「渡辺くんって、思ったとおり『ヘンタイ』ね。」
息を切らすように、それだけ言うと、会澤さんはまた笑いだした。
ヘンタイ、そうだな、ボクはヘンタイなのかもしれない。会澤さんの席であんなことしてたわけだし…
会澤さんはなにかがツボったのか、まだ笑い続けていた。顔を崩しながら、おなかを抱えながら、笑う会澤さんは、それでもなおキレイだった。右手に握りしめたビブスさえなければ。
そんな会澤さんを見ながら、ボクは答えた。
『でも会澤さんほどヘンタイじゃないかな。』
もちろん心の中だけで。
会澤さんのキレイな顔をもう一度見上げた。
ボクはふと思い出した。
あぁそういえば…と。
仲川くんのことと、仲川くんの言ったことを。そして。
そうだ…昨日の田中さんのこと…
仲川くんには言えないなと。
◇◇
会澤さん評価点:70点
講評:
香りの質は良い。しかし匂いが弱い。こういう生地だと乾いてしまうのかもしれない。
匂いのもとは細菌だとしても、汗の質によって変わるので、どういう汗なのかを見極める必要があるかもしれない。




