ミッション1:使用済みサッカー部ソックスを持ってこい! その1
教室でオ○ニーしているのをクラスの美少女、アイワに見られてしまった渡辺くん。
会澤さんが黙っている代わりに要求したこととは…
「どうすれば、どうすればいいんだろう…」
ボクは自宅で頭を抱えていた。
登校初日。
教室に忘れ物をしてしまい、夕暮れの教室に取りに戻った。その時、ついクセで妄想が先走ってしまった。クラスのマドンナ、ボクの天使、会澤薫さん。彼女の椅子に顔を乗せて妄想(自家発電)していた時、いるはずのない会澤さんが教室に入ってきてしまった。
見つかった!ヤバいところを!しかも本人に!
そう思っていると、会澤さんは今日のことを誰にも言わないと約束してくれた。1つの条件と共に。
会澤さんがボクに出した条件。
それはボクの想像を超えるものだった。
◇◇
「そ、ソックス?」
「そう、ソックスを持ってきなさい。」
会澤さんはボクの方を見ずに、黒板の方を向いていた。
さも当然のことのように言ってきたので、最初は何を言っているのか理解が追いつかなかった。
ソックスって、靴下という意味の?
まぁそれ以外のソックスという言葉を知らないんだけど。
ボクは床に正座したまま、疑問符を大量に頭上に生み出していった。
会澤さんはボクの前に座って、脚を組んでいた。ひざ上のスカートから見える両脚。
両脚は、触ったらスルリと滑るかのように白かった。その両脚が絡むように、ボクの前に、存在していた。
疑問符のプレッシャーが、ボクを妄想に導こうとした。それを遮るように、会澤さんが話を続けた。今度はボクの方を見ながら。
「サッカー部、あの長いソックスあるじゃない?」
「あっ!は、はい。」
「あれの、そうね、仲川君のやつ、あれを持ってきて。」
ボクのアタマの中を、サッカー部、ソックス、仲川くん、という単語だけがぐるぐると巡っていた。それを『持ってくる』という動詞でつなげることを無意識に拒絶していたのかもしれない…
仲川くん。
確か同じクラスの、サッカー部?だったかな。確かそんな自己紹介していたと記憶を探った。ボクは教室の真ん中辺りに座っていたであろう男子が頭に浮かんだ。
背はそんなに高くなかったと思うけど、体つきがアスリートのそれでスゴイなぁと思ったのを思いだした。
「ねぇ、聞いてる?渡辺くん、だっけ?」
あっ、ボクの名前を、会澤さんが覚えてくれてた…少し嬉しかった。会澤さんを見上げると、右眉が怪訝そうに引き上がっていた。ボクは妄想に嵌りそうな自分を、無理やり引き戻した。
「あっ、はい、その…聞いてます。」
まだ正座してから時間は経ってないはずなのに、もう足がシビレはじめていた。ボクは会澤さんの質問に答えつつ、足を少しもぞもぞと動かした。
「仲川くんのソックス、使った後のソックスをそのまま持ってきて。」
「…仲川くんの、ソックスを…持ってくる。」
音声合成みたいに復唱したボクの様子に、会澤さんは満足した笑みを浮かべた。でも、よく見ると、口もとは笑っているのに、目元は笑っているというより、イタズラする人の目だ。ボクは小学校の時に、ボクをからかっていた同級生の顔と重なった。
それにしても、どういうこと?
会澤さんは仲川君のことが好きだってこと?好きな人のものをもらうってこと?でも、ソックスってなんで?
それに…それって会澤さんが、直接仲川くんに頼んだ方が早いような気がする。
「…えっ、でも、それは_」
「できないっていうの?」
会澤さんが頼めば、というボクの言葉は伝える前にピシャリと遮られた。
会澤さんは、先ほど見せていた口もとの笑顔も消えていた。キレイなのは変わらないのに、少し冷たさを感じる顔。
あぁでも、それもキレイだ…
「できない、というんだったら、先生に言うしかないわね。」
会澤さんは前髪をかきあげて、左手で額を抑えた。ドラマで『やれやれ』と示すポーズみたいだ。そんな様子すら、会澤さんがすると女優がやっているみたいに様になった。見とれそうになった自分に、会澤さんがチラリと目線を落とした。ダメだ、ダメだ!
「い、いや!!で、できます!できますから!」
ボクが慌てて答えたのを見て、会澤さんは口元をニヤリと緩めた。
左手を額に当てたまま。
目線はさっきのイタズラっ子の目に戻って。
ボクは背中に冷たいものを感じた。
生まれて初めて味わった感覚。
蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなんだろうかと頭に浮かんだ。
でも…でも、感覚が麻痺しているのか、嫌な印象は持てなかった。
ボクの気持ちを知ってか知らずか、会澤さんは続けて条件を詳しく説明した。
1.仲川君の使用したソックスを、そのまま持ってくること
2.このことは、他の誰にも、もちろん仲川くんにも、口外しないこと
3.期限は来週金曜日
4.もちろん犯罪行為は行わないこと
「もし条件を一つでも破ったら…分かるわね?」
「…はい…」
ボクにもはや選択肢はなかった。やるしか、やるしかないのか。
夕暮れの日差しがすでに隠れ切ってしまいそうになった時、ボクは会澤さんから解放された。どうやって家に帰ったのかは覚えていない。正座していた両脚が痛かったことだけ覚えている。
◇◇
「にしても…」
どうしたらいいんだろう…
週末、どこにも出かける予定のないボクは自宅で悩みに悩んだ。
仲川くんに言って『ほしい』と言うか…
いや、それだと絶対『なぜ?』と聞かれてしまう。なぜと聞かれたら、うまく答えられる自信はない。『会澤さんから頼まれて』とは口が裂けても言えないし。
それなら新しいのを買ってきて、履いてほしいってお願いするとか?
いや、いや、それも同じだ。結局理由を聞かれてしまう。
というか、使用済のソックスってなんでだよ!!
もういっそ、サッカー部に忍び込んで、コッソリ盗んで…
いやいや!待て待て!
盗んだら犯罪だ!
それは、それだけはマズイ!
警察に連れていかれて、取調室に座って…
『さぁ!どうしてこんなものを盗んだんだ!!』
金属製の武骨な机がドンと叩かれた。
『……』
会澤さんのことは口にするわけには、それだけはダメなんだ!
ボクは心の中で固く誓うのだ。
『まぁまぁ、そんなに脅かしてはいけないよ?』
そこに出てくるベテラン風の刑事さん。
『事情があるんだろ?』
すっと出されるかつ丼。
『さぁ、これでも食べて。おふくろさんも泣いてるぞ?』
『け、刑事さん…』
泣きながら、かつ丼をかき込むボク。
『…どうしてこんなこと、したんだい?』
『刑事さん!!』
泣き崩れたボクは、ぽつりぽつりと真実を語りはじめる…
違う!違う!違う!
ボクは妄想の取調室を振り払った。
しかし、しかし。
「本当にどうしたらいいんだろう…」
ボクは悩みつつ、仲川くんの様子を思い浮かべた。
ソックスを履いて、練習して、脱いで、それから、それから…
ボクは仲川くんの妄想を続けた。
妄想を続けていくうちに、少し方法が、糸口が見えたような、気が、しただけかもしれない…けど?
そうすると、必要なもの、土日に準備しておくことは…
よし。ボクは妄想を一旦停止した。
週明けに、月・火曜に、仲川くんの様子を観察して、それからもう一度作戦を考えよう。
◇◇
「な、仲川、くん!」
緊張して声が裏返ってしまった。
水曜日の昼休み、ボクは仲川くんに話しかけた。仲川くんは友だちとお昼を食べようとしていた。仲川くんは、背はボクと変わらないか少し低いくらい何だけど、アスリート!って感じで、ガッチリしていて、走るとめっちゃ早い。確か50m走で6秒台前半だったと思う。短髪で顔立ちもスッキリしていて、あぁきっとモテるんだろうなと思っていた。
ボクの方を見た仲川くんは、スポーツマンらしく、爽やかな笑顔だ。
「おう!どうした?渡辺!」
あぁ、爽やかだなぁ。
ボクには絶対に持ち得ないものを目の前に突きつけられた感じだ。いつもなら、ここで怯んでしまうところだけど、今日はそうはいかない。頑張れ!ボク!
「サッカー部、ってさー、その、体験入部って、まだやってる?」
言えたー!!よし!言えたぞ!
仲川くんの周りにいた生徒から不思議そうな視線が飛んできた。そりゃそうだよねぇ。こんなスポーツとは無縁そうなヤツが体験したいって言ってきたらさぁ。ボクだってそう思う。
「おっ?!渡辺!サッカーに興味あるのか?嬉しいなぁ!!」
仲川くんから爽やかな返事が返ってきた!!
仲川くんは中身までイケメンなのか?!!
「う、うん、ちょっと、ほんのちょっとだけ、興味あるかなぁ〜なんて…」
ほんのちょっとってなんだよ!!
ボクは自分でツッコミを入れた。心の中で。
「そうか!さっそくやってみようとか、渡辺って意外に行動力あるんだな!」
仲川くん、良いふうに解釈してくれてる!
いい人!!
「ちなみに、サッカーやったことは?」
「い、いや、ないで…す…」
「そうか。好きなサッカー選手とかは?いる?」
「特に、特には…」
ヤバイ!ボロが出てしまう!何か!他の話題にそらさなきゃ!!
「そっか!でもまぁ興味持ってくれたんならいいや!」
!!仲川くんが、締めてくれた!!
良い人!超絶良い人!ボクの中で仲川くんへの良い人ゲージが急上昇中だ!!
「じゃあ、放課後、体操服に着替えて、部室に来てくれ。部室の場所、分かるか?」
ボクはコクコクと必死に肯いた。
こうして、ボクは仲川くんの良い人っぷりに感謝しながら、体験入部の約束をした。ひとまず第一関門は突破した。
ホッとして、会澤さんの方を見ると、会澤さんは他の女子とお昼を食べていた。こちらはチラリとすら見ていなかったが、なんとなく分かった。
彼女は、会澤さんは、ボクと仲川くんとの会話を聞いていたと。