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リゲル・ガルガイアの日常は、唯一の最愛の為に回っている

作者: 桜田紗々子

ご覧頂きどうもありがとうございます。

連載版もスタートしましたので、そちらもお読み頂けたら嬉しいです。

どうぞ宜しくお願い致します。


リゲル・ガルガイアは誰よりも美しい男である。

濡れ羽根のような艶のある黒髪に、海を思わせる深い瑠璃色の瞳は、貴族学校を歴代最高点で卒業した知性を確かに感じさせた。

すっと通った鼻筋は彫刻の様だし、少し薄い唇は動く度、いや引き結ばれていようとも人目を惹きつけた。

厚みのある肩は彼をより力強く見せ、しなやかな筋肉を纏った長身はさながら高貴な黒豹のように厳かな美しさを見せた。


「リゲル」


その上公爵子息である。

令嬢達は皆リゲルに憧れた、そう、一度は。


「ミルフィ、遅くなってすまない」


皆憧れ、そして諦観のこもったため息をついた。

なにせリゲルの目には、たった1人の女性しか映らない。


「遅くなんてないわ、いつもと違う場所をお願いしてごめんなさい、どうしても今日中に借りたい本があったものだから。お迎えに来てくださってどうもありがとう。」

「当然だよ、私はミルフィと共にある為に生きているのだから」

「まぁリゲル、今日も絶好調ね」


王立総合研究所の北と南を繋ぐ大廊下、そこに沿うように作られた王立図書館の扉の前で、リゲルは守るように1人の令嬢を迎えた。

リゲルの婚約者、ミルドレッド・ティリード公爵令嬢。

流れるようなさらさらとした銀髪と、けぶるまつ毛の下には菫色の瞳、小さな艶のある唇はいつも穏やかにほんの少し弧を描いている。

リゲルのガルガイア公爵家と並ぶ3大公爵のうちのひとつ、ティリード公爵家の長女ミルドレッド。

彼女こそが彼の最愛であり唯一である。


(ああ、今日も私のミルフィは可愛いな。今朝迎えに行った時の「朝ミルフィ」も最高だったが、今目の前にいる「お迎えミルフィ」もまた至高。私の愛の言葉を絶好調って、絶好調ってどうなんだミルフィ。だが愛や恋に疎いミルフィもまた良し。そんなミルフィに近付かんとする虫ケラ共には死を。気安く私のミルフィに近づけると思うなよ青二才どもがぁ!!!)


若干瞳孔が開きかけているリゲルを、ミルドレッドを除いた全ての人達はそっと見て見ぬふりをした。

リゲルが心の中で勝手に作り上げた仮想敵に圧倒的殺意を持って対峙している今、彼の周りには漏れ出た魔力が広がっている。

だが、彼の溺愛・執着を知らない者は、この国にミルドレッド以外いなかった。

だから魔王のような圧で周りを威嚇しなくて大丈夫ですよ、誰も取りませんよ、と周りの人間達は内心思う、でも言わない。触らぬ魔王に祟りなしだ。



同い年のリゲルとミルドレッドは、7歳からの婚約者同士である。

その頃から雪の妖精の様に可憐なミルドレッドの隣には、こどもながらに見目麗しいリゲルが、まるで護衛騎士さながらに常に在った。

そう、ちょっと、そんなに?というほど常に。

勘の良い者はこの時点で既に2人の、特にリゲルの邪魔をする事はなかった。


それでも勘が悪めの者や、貴族学校に入学したばかりの頃は、幾人かの男女がリゲルに、そしてミルドレッドに、あわよくば恋仲になれないだろうかと命知らずに挑んだ事もあった。

結果、その全ては瞬殺であった。

リゲルに言い寄った令嬢達は絶対零度の公爵子息スマイルで一蹴され、それでも諦めず言い寄った令嬢は、一月もせず他国への嫁入りが決まった。

ミルドレッドに下心をもって近付く男達は例外なくリゲルの圧倒的殺意ダダ漏れ魔力を浴び、その後二度とミルドレッドに近寄る事は無かった。


ただ、一度だけ、リゲルの殺意魔力を浴びる前に行動に移そうとした者がいた。

甘やかされて育った地方子爵のひとり息子で、妖精の様なミルドレッドに貴族学校で一目惚れした結果、金に物を言わせ集めた傭兵達でミルドレッドをさらい、子爵領地に隠してしまおうとしたのだ。

その計画はまさに実行に移さんとしたその日、突如現れた非常に統率の取れた戦闘集団によって完膚なきまでに叩き潰さた。

今もミルドレッドは何も知らない。


そしてその翌日、子爵家がひとつ、この国から消えた。

文字通り、子爵の邸宅ごとごっそりと消えた。

子爵家跡地となった、まだうっすらと土煙の上がる地べたには、執事以下全ての使用人達が何が起きたのかも分からず、呆然と座り込んでいたらしい。

そう、リゲルはまた、過去まで遡っても類を見ない程のこの国最高量の魔力も有していた。


どこから漏れたのかまるでさっぱり分からないが、消えた子爵家は、どうやらティリード公爵令嬢の誘拐を計画していたらしい、と貴族達の間に静かに、けれど確実に早急に、何なら王家にも全ての平民にも伝わっていった。

その悪事を、ガルガイア公爵子息リゲル・ガルガイアは決して許さないだろうという事も。

皆思った。「あ、これあかんやつだ」と。

その事件を最後に、リゲルとミルドレッドに言い寄る者はピタリと居なくなった。


余談だが十数年後、この国のある貴族夫婦が旅行先の遠く離れた異国の地で、この子爵一家によく似た家族を見たらしいと、貴族の間では一時その話題で持ちきりになった。

何でもある日突然、その異国の街外れの空き地にまるで貴族のような立派な家が建ち、これまた貴族のような立派な服装の3人家族が現れたらしい。

文化の進みが緩やかで魔力を持たないその国の人達は、まるで魔法のようだと驚きながらも、大らかに彼らを迎えた。

その後彼らはその異国の地で穏やかに暮らし続けたそうだ。

ただ街の人に、魔力や魔術があるのなら是非見せて欲しい、と事あるごとにお願いされても一家は披露することは決して無く、特にその家の息子は、魔力と聞くだけで顔面蒼白になっていたらしい。


そしてこの異国の一家とはちっとも関係のない話だが、昔リゲルに断られても言い寄った後、あっという間に他国に嫁いでいった令嬢がいたが、彼女も急な嫁入りであったにも関わらず良い伴侶に恵まれ、同じく穏やかに過ごしたそうだ。



 ==========================



ミルドレッドは今日も自分の研究室にいた。

前の月に風の魔法で固めておいた星鳴き草がそろそろ溶け出す頃で、今度こそ星のカケラが取り出せるかもしれない。

お喋りが得意なチルチル草達は植え替えをして欲しい時期だろう。

ミルドレッドは公爵家令嬢であるが、貴族学校を卒業してからはこの王立総合研究所で多種多様な植物の研究をしている。

女性が働く事に偏見のないこの国では、貴族の子女でもミルドレッドの様に仕事を持つ者が多い。

幼い時から旺盛な知識欲を持つミルドレッドはとても優秀で、特に薬草・魔草の扱いに長け、既に実用化されている研究成果もひとつあった。


「ミルフィ」


トントンと聞こえたノックのあと、穏やかに笑みを浮かべたリゲルがミルドレッドの研究室に入ってきた。 


「リゲルどうしたの?まだお迎えの時間じゃないわよね?」

「いや、カタリナ島の蛇草の根が欲しいと言ってただろう?頼んでいた商人が今日届けてくれた。早い方が良いだろうと思って持ってきたよ」

「まぁ!なんて素晴らしいの、ありがとうリゲル。その商人の方にもお礼を伝えて」

「ああそうしよう。ところでミルフィ、キミに共同研究の申し出があったと聞いたが」


リゲルはミルフィに蛇草の根を渡しながらサラリと聞く。


「まぁもう知っているの?ええそうなの、オルブリー伯爵家次男のクリグル様。よく存じ上げないのだけれど、昔から薬草に興味をお持ちなのですって」

「興味があるのはミルフィにだろう、クソが」

「え?」

「いや何でもない、それで、ミルフィは共同研究者を必要としている?」

「いいえ、クリグル様には申し訳ないのだけれど、1人の方が集中できますのでってお断りしたの。でも、ずっと他国に留学されていた伝手で、珍しい植物も入手出来るので是非一緒に研究をってお願いされてしまって」

「よし消そう」

「え?」

「いや何でもない。ミルフィが必要ないのだからそれが答えだ。この件は私に任せてくれるかい?所長の私から断りを入れた方が先方も了承してくれるだろう」

「ありがとうリゲル、実はちょっと困っていたの。あなたが所長で良かったわ。」

「そう思ってくれて嬉しいよ、ミルフィの研究が健やかであるその為に所長になった甲斐があるという物だ」

「まあリゲル!そんな理由で所長になれるほど王立総合研究所が甘くない事は、素晴らしい研究成果を幾つも出したあなたが1番良く知っているはずだわ。ふふ、いつも全部冗談にしてしまうのだから」

「冗談ではない、本当の事さ。ではまた帰りに迎えに来るよ」

「ふふふ、ええリゲル、いつもありがとう」


可笑しそうに微笑むミルドレッドに、リゲルも微笑みを返しながら研究室を後にする。

ミルドレッドは冗談だと思っているが、何とこの男、本当にただそれだけで所長の座を得ていた。

ミルドレッドの周囲に虫ケラが寄ってこないよう、そして自分が側にいたいが為だけに、恐ろしく難しい研究をいくつも成功・実用化し周囲に認めさせ、研究大好き薬草命の前所長には研究者垂涎の最先端施設(ただうっかり隣国に作ってしまったので、所長は辞さないといけない)を公爵家から送った。

そうしてリゲルは、確実に所長の座を掴み取った。


所長の他にも宰相であるリゲルの父の元で宰相補佐として、日々国の為に働いている。

そして元気なうちに夫婦で隠居希望の父に代わり次期公爵として、領地の運営も半分以上任されている。

また国1番の魔力の持ち主として、騎士団の魔術指導士にも国から任命され、定期的に実戦指導していた。

どの隙に研究所所長をやる余裕があるというのか。

だが本人はどこ吹く風、常人には絶対不可能な仕事量を、リゲルはいとも容易く操っていた。

勿論その全てに抜かりはなく、所長業もミルドレッドに少しの不利も発生しないよう、定期的に皆が匙を投げた研究を成功させていっている。

一分の隙も見せない、全ては最愛のミルドレッドとの穏やかな毎日のため。

そう、ちょっと普通ではない。



「そこにいるかい?」

自分の研究室に向かいながら、周りに誰もいない事を確認してリゲルは声をかける。


「はい、リゲル様」

「至急、オルブリー伯爵家について調べてくれ。特に裏のない家だったと思うが、次男のクリグルとかいうクソは長期留学からつい最近帰ったばかりで情報が足りない。研究者として実力はあるのか、本当に薬草入手の伝手があるのか。それと、そうだな、万一の際に使える裏事情があれば助かる。」

「御意」


リゲルの声かけに音もなく現れた顔の見えない黒装束の男は、また音もなく消えた。


(この国の人間でまだミルフィに近づこうとする者がいるとは。おおかた留学戻りのタイミングでミルフィを初めて見かけ、そのままオルブリー伯爵の了承も得ず共同研究を持ちかけたんだろう。

正気か?正気なのか?よもや留学先で身の程という言葉を習わなかった訳ではあるまいな。ミルフィが可愛く聡く輝かしいのはお前のような塵芥の為ではない、全てはミルフィの為、そしてちょっと私の分もあると嬉しい)


リゲルは今後の道筋を頭の中で急速に組み立てていく。


(ああ、ある程度の研究者であるなら前所長のラミーダ卿のいる、隣国の研究施設に飛ばそうそうしよう丁度いい。薬草入手の伝手があるなら、ミルフィが欲しいものはそこからラミーダ卿経由で送ってもらえばいい。ラミーダ卿は研究馬鹿の薬草命だ。思う存分お前の薬草への興味とやらを満たしてくれるだろう。フッ良かったなクリグル、顔も知らないが)


先程まではうっすらと殺意魔力を辺りに漂わせていたリゲルであったが、良い解決策が見つかり誰にも気付かれぬほどに小さくふぅと息を吐いた。


(私のミルフィ、結婚が待ち遠しいな)


貴族学校は17歳で卒業となる。貴族ゆえ卒業後すぐに結婚する者もいるが、ミルフィは学生時代から携わっていた研究を続けるべく王立総合研究所に就職した為、リゲルは一定の結果が出るまで存分にミルフィに好きな研究をして欲しいとの思いから、お互い19歳になる今も婚約の形を継続していた。


(私のミルフィは優秀だから、ただの雑草と思われていた黄色草から鎮痛薬を作り出し、平民にも気軽に求めらる価格で販売・流通にも成功している。これはもはや一定の成果以上と言えるのでは?もう私達は今日にも結婚して良いのでは?)


(…だがミルフィはどうだろう、学生時代から続けている星鳴き草から星のカケラを取り出す研究にはまだ成功していない。あれが何に使えるのか私には分からないが、ミルフィは何よりも一生懸命取り組んでいる。……憎い、あんなに毎日ミルフィに観察される星鳴き草が憎い憎すぎる妬ましいぃいいい。私だってミルフィに毎日熱心に観察されたい)


草にまで嫉妬の範囲を広げる男リゲル。

リゲルは、リゲルからミルドレッドを奪おうとする者には容赦しないし、何があろうともミルドレッドをこの先手放してやる事だけは絶対に出来ない。

許されるなら誰の目にも触れさせず屋敷に閉じ込めたいし可能なら食事も歯磨きも日常の世話も全てリゲル1人にやらせてくれないだろうかと思ってはいるが、それ以上に、最愛のミルフィには今のまま思うようにやりたい事をやらせてやりたいと思う。


(そう、あのままのミルフィのおかげで、私は救われたのだから)




同い年のリゲルとミルドレッドが初めて会ったのは6歳の春、

ミルドレッドのティリード公爵家で日中に開かれたパーティでの事だった。

昼間のパーティだったので多くの貴族はこども達を連れてきていた。

この時既に見目の美しさ、神童と囁かれる程の明晰な頭脳と魔力、加えて公爵子息という地位もあるリゲルに、同世代は勿論、歳が上のこども達も皆恭しく、時に媚びを売る様に接した。


リゲルはうんざりしていた。誰も彼も皆同じに見える。王宮では王族さえもリゲルの機嫌を伺うように接してくる。

僕はこのまま大人になるのか。

こうやって、「公爵家のリゲル・ガルガイア」の人生を生きなくてはいけないのか。


6歳のリゲルは、それが何かは分からないが既に何かを諦めていた。

それなのにしつこく纏わりついてくる周りのこども達に嫌気がさし、目くらましの魔法を使いパーティ会場を抜け出した。

目くらましの魔法は見え難くなるだけではなく、術者本人に対する周りの意識も遠ざける事が出来るので、しばらく気づかれる事はないだろう。

そのままリゲルはティリード公爵家の広大な庭の奥へ奥へと進んでいった。


(このまま気付かれそうになるまで1人でゆっくりしよう。)

そう思っていたリゲルだが、


「あら、ごきげんよう」


誰もいないと思った庭の奥、大きな木で出来た木陰に1人の少女が座っていて、こちらを見てにっこりと笑った。


「あなた、ガルガイア公爵家のリゲル様かしら?貴族年鑑で見たお顔は今より少し前の物ね。

私はミルドレッド・ティリードよ、我が家のパーティへようこそ」


リゲルが何も言う前から少女は楽しそうに喋り出した。そういえばパーティでは見かけなかったが、ティリード家には自分と同じ歳の令嬢がいたはずだと思い出す。

(しかも何と言った?あんなに分厚い大人用の貴族年鑑をこの少女は既に読んでいる…?)


「私のお父様が主催のパーティなのに出席しなくてごめんなさい。でもどうしても今はこの本を読みたかったの。お母様とお兄様は呆れてらしたけど、お父様はそれで良いって。ほら、これよ、あなたも一緒に読む?」


「…ああ 。」


1人でいたいと思っていたのに、リゲルは彼女の隣に座り込んだ。


「これは図鑑よ。お花や薬草だけでなく、今分かっているだけ全部の魔草も載っているの。面白いのよ、草によっては誰かの怪我を治したり、攻撃魔法の様にボムとして使えたりするの。ねぇあなたもワクワクしない?」

「…僕は魔力が多くて、ある程度の魔法なら使えるんだ。

でも、そうだね、こんな小さな草で色々な事が出来るなら、それはとても興味深いと思う。」

「でしょう!?とても素敵よね!私、この図鑑を全て覚えるつもりよ、もう半分は覚えたわ。それが出来たら、次は風の魔法が使えるようになりたいの。私、魔法が余り得意ではないのよ。でも草から成分を取り出すには、風の魔法で一度ギュッと固めるのが良いのですって。水や氷の魔法はダメよ、混ざってしまうから。

私、何度やっても上手く風を操れないの。お父様は魔力量は問題ないよって仰るのだけど」

「それなら、王立研究所のラミーダ所長が書かれた“風の扱いについて”という本を読むのが良いかもしれない。初級から上級まであらゆる風の魔法について詳しく書いてある。この本は特典付きで、ラミーダ所長自ら教えてくれる風の魔法講座の映像魔術が繰り返し見られるんだ。あれは僕も為になった」

「まぁ素晴らしいわ!教えてくれてどうもありがとう!この図鑑を全部覚えたらすぐに王立図書館に行ってみるわね、楽しみだわ!

リゲル様はもう全部読んだのね?風の魔法も使える?」

「ああ、元々1人でも使えたけれど、上級魔法の種類や特典映像は知らない事も多かったからとても勉強になった。色々読んだけれど、風の魔法の本はこれが特に優れているし分かりやすいと思うよ」


いつの間にか沢山話していた。家族以外とこんなに話したのは初めてかも知れない。

いつもは質問攻めにされたり、一方的に褒め称えられたりするばかりだった。


「まぁ、リゲル様。あなた、とても努力されているのね。元々の魔力が多くたって、上手く使えるかどうかは本人次第だもの。色々な本を読んで、より多くを身につけようとしているのも素晴らしいわ。私も見習わなくては。良い事を沢山教えてくれてどうもありがとう」


隣で握りこぶしを作り、キラキラした瞳でこちらを見つめる少女に、リゲルは何だか胸がいっぱいになる様な気持ちがした。


(なんだろう、嬉しくて、楽しい気分だ)


「あら!そうだわ!私本当はお部屋にいる事になっていたんだわ!リゲル様に会ってすっかり忘れてた」

「部屋に?」

「ええ、パーティには出なくて良いけれど、普段着でお客様に会ってしまってはいけないからお部屋で読みなさいねって。でもとても良い天気でしょう?庭の草も見たいし、こっそり抜け出してきたの」

「なるほど、だから庭とはいえ、お付きの人も護衛もいないんだね」

「ええそうなの。だからリゲル様、内緒にしていてね」

「ふふ、わかったよ」


その時だった。近くの茂みからがさりと大きな音がしたかと思うと、よだれを垂らし低い唸り声をあげながら、肉食魔獣の一角ウサギが近づいてきた。

咄嗟にミルドレッドを背に隠し立ち上がったリゲルだったが、

魔獣を見たのも初めての事で、内心は大きく動揺していた。


(これは一角ウサギか?最近数が増えていると警報が出されていたが、よもや公爵邸に入り込む程とは。どうしたらいい!?落ち着け、考えるんだ。僕達がここにいる事は誰も知らない、走って逃げても追いつかれるだろう。落ち着け、落ち着け、…僕の攻撃魔法で倒せるだろうか…?)


ちらりと背後のミルドレッドに目をやると、彼女は目を見開いたまま真っ青になって固まっていた。


(僕は公爵子息だ。弱い者を守る義務がある。落ち着け、大丈夫だ、氷の刃で首と腹を狙うんだ、くそっっ震えるな僕の手!!落ち着け!落ち着け!)


リゲルは非常に聡明で力も強い。ただ、まだたったの6歳だった。初めて対峙した自分とほぼ同じ大きさの魔獣を前に、恐怖で身体が震えていた。

刹那、脅威的なジャンプ力でこちらに襲いかかってきた一角ウサギに、リゲルは自分を叱咤しながらも足を震わせ、それでも無我夢中で連続して氷の魔法を放った。


気が付くと、リゲルの魔法を何本も身に受けた一角ウサギは地に倒れ、そのままサラサラと消えていき、最後に小さな魔核が残された。

リゲルは大きく息を吐いた。どうやら呼吸をするのも忘れていたらしい。


(倒した…倒せたぞ…)


そしてハッと後ろを振り返ると、ミルドレッドに声をかけた。


「ミルドレッド嬢、恐ろしいものを見せてしまってすまない。

どこもケガはないだろうか?」


リゲルはミルドレッドに向かって右手を差し出したが、その手は小刻みに震えていた。

それに気付いたリゲルは恥ずかしさの余りお行儀悪くチッと舌を打ち、震えを止めようとぎゅうと手に力を入れてみたが、それは止まるどころか、足も、もしかしたら心臓までも震えているかも知れないとリゲルに改めて気付かせただけだった。


(ああ、僕は何て格好悪いんだ。大人の喋り方を真似て、知っている知識に感謝されたって、魔獣1匹倒すのに必死で、彼女の前で無様に震えるしか出来ないんだ)


どうしてか、今迄誰にも見せた事のない自分の弱い部分を、よりによって目の前の少女に見られてしまった事が、リゲルはとても辛かった。


「リゲル様」


ミルドレッドの顔は青く、彼女もまた震えていたが、リゲルの名を呼び、そして差し出されたままだったリゲルの右手を、両手で優しく包み込んだ。

びくりと肩を揺らしたリゲルだったが、落としていた視線をミルドレッドに向けた。


「私はリゲル様が守って下さったので大丈夫、本当にどうもありがとう。それよりリゲル様は大丈夫?魔獣の角があなたにとても近付いた様に見えたわ」

「…あぁ、ああ問題ない。少しかすったけれど傷にもなっていない」

「それならホッとしたわ。…私、怖くて頭が真っ白になってしまって、何も出来なくて…本当に本当にごめんなさい」

「いいや、魔獣なんて見るのも初めてだろう、恐ろしくて当たり前だよ。君にケガが無くてよかった。…頼りなくてすまない。はは、たかがウサギの魔獣1匹にブルブル震えるなんて、僕はとても格好悪い男だな」

「そんな事あるわけないわ!」


自嘲するリゲルの言葉を打ち消す様に、ミルドレッドは少し大きな声を出した。


「リゲル様はとても勇敢な方だわ。

私、突然の事で恐ろしくてどうしたら良いかも分からなくて、身体が固まってしまったみたいだった。あなたは一瞬で私の前に立って、私を守ってくれたわ。…あなたの足が震えているのが見えたの。だから私もあなたを守らなきゃって思ったのに、怖くて動く事も出来なかった。なのにあなたは一歩も引かず、あんなに恐ろしい魔獣を倒してくれた。

わたし…私、あなた程勇気があって格好良い人を見た事が無いわ。

あなたに心からの尊敬と感謝を。守って下さって本当にどうもありがとう。」


ミルドレッドは菫色の瞳から真珠のような涙をぽろぽろこぼしながら、一生懸命にリゲルに話しかけた。

リゲルは、ミルドレッドの言葉を聞いたリゲルは、身体中にこびり付いていた何かずっしりと重いものがボロボロと剥がれ落ちていく様な感覚にとらわれ、一粒だけ涙をこぼした。


ああ、僕はずっと不安だったんだ、とリゲルは思った。


誰よりも優れた資質を持って生を受けたリゲル。

誰もが彼に期待し、期待し、期待し続けた。


リゲルの容姿は褒め称えられ、リゲルが話せば誰もがうなづき、今度はどんな凄い魔術を習得したのかと興味を隠さない。


知も美も全てが至高。流石公爵子息、流石建国以来の魔力量の持ち主。


皆がリゲルの身体にベタベタと、勝手な期待や羨望や嫉妬を貼り付けていった。

リゲル自身もいつの間にか、そうあるべきで、そうでなくてはいけないと、自分を律しながら背負っていくのが当たり前になっていた。

そして、恐れや恐怖は誰にも見せてはいけないと、いつも気を張っていた。

内に抱える不安に、もはや己で気付く事も出来ないほどに。


だが今日ミルドレッドと出会えた事で、リゲルは救われた。

本当はずっと、ただのリゲルに気付いて欲しかった。

ミルドレッドは公爵子息でも国1番の魔力量を持つ人間でもなく、リゲル自身を見つけてくれた。


リゲルに、何も知らないこどもであっても気にしないかのように図鑑の内容を教えてくれたのも楽しかったし、知っている本について話せばキラキラしながら喜んでくれたのも、リゲルなら当たり前だろうと思われていた数多くこなしてきた読書に感心して褒めてくれたのも嬉しかった。


そして


勇敢であると。足が震えても立ち向かったリゲルの勇気を讃えてくれた。

本当はとても怖かったのだ。でも怖くてもいいんだと、彼女が教えてくれた。

ミルドレッドはリゲルを守れなくてごめんなさいと詫びたが、彼女こそがリゲルを救ってくれたのだった。





(…ふむ。ただただ、ミルフィは幼い時から宝であり絶対唯一の存在だったという話だな)


ミルドレッドとの出会いを思い出していたリゲルは、またいつもと変わらぬ結論に至った。

今にして思えば、彼女が彼に媚びへつらう事もなくまるで普通に話が出来たのも、リゲルと同じく3大公爵家の身分持ち故だったのかも知れない。

だがそんな事は、もはやリゲルにとってどうでも良かった。

ミルドレッドが、ミルドレッドの意思で言葉を持ち、何も関係なく彼自身と話してくれた。リゲルを勇敢だと言ってくれた。


ミルドレッドはあの日から、リゲルの唯一で最愛となった。




========================================




今日も尋常ではない仕事量を就業時刻前にきっちりこなしてみせたリゲルは、いそいそとミルドレッドの研究室に向かっていた。


(今日の私の「朝ミルフィ」もかわいかった。朝食に出たリーシーの実がどんなに美味しかったを話すミルフィは神がかっていたな。そうだ、クリグルの野郎をあの3日後にはラミーダ卿のいる隣国施設に送った件について、ミルフィは感心してくれただろうか。さすがリゲル!何て仕事が早いのかしら、素敵!格好良い!今日結婚して!と思ってくれないだろうか。)


勿論、ブルブルに格好悪い自分を見せてもミルドレッドは何も気にせず、そのまま受け止めてくれるとリゲルは知っている。

知ってはいるが、出来るなら格好良い、頼れる、今すぐ私を連れ去って!結婚して!と言いたくなるような己をミルドレッドには見せたかった。



ノックしてから、いつものように声をかけ研究室に入ると、そこにミルフィの姿はなかった。


(この時間に、連絡なくミルフィが研究室に居ないなんてあり得ない)


瞬間あらゆる可能性が頭に浮かび、即座に探魔法を国中に巡らす。

この感知内にミルフィが居なければ世界に巡らそうと考えていたが、いた。

ミルフィは研究室の隣り、小さな予備実験室にいるようだ。

ふぅと息を吐く。


常なら、道具も設備も揃ったこの広い研究室で実験も行っているのにどうしたのかと、研究室を進み予備実験室の前でミルフィ?と声をかけてみる。すると

「扉を開けないで!ごめんなさいリゲル、もう少しなの、そこで待っていてくださる?」

と、少し興奮したような声でミルドレッドの返事があった。

分かった、ミルフィが待てと言うのならいくらでも待とう。

しかし、出来るならここで寂しく待つよりも、実験をするミルフィを見ていたい。そして時々私ににっこりと笑いかけて欲しい。


そんな事を思いながら、扉の前でじんわりと気落ちしたリゲルだったが、背後から静かな視線を感じて振り返る。

すると窓際の机の上で、リゲルも見覚えのある1番古株のチルチル草が、まじまじとリゲルの事を眺めていた。


「チルチル草、ミルフィは今何をやっている?何の実験だ?」

「私は教えないよ、ミルドレッドに聞きな。まぁ待っていておやりよ、危なくはないさ」

「私の探魔法がミルフィに危険はないと今も伝えてくる、そこは心配していない。ただ入ってはいけない実験とは何だ?星鳴き草か?知っているなら教えてくれ」

「探魔法?そんな気配はないよ」

「当然だ、何にも干渉せず害は無いが、感知できるのは私だけだ」

「…知ってはいたが、気持ち悪いね」

「ミルフィ以外は瑣末な事だ。なんとでも言え」

「お前は随分と狭量な男だね、ミルドレッドに嫌われるよ」

「ズタズタに引きちぎってやろう」


リゲルが大人げなくチルチル草を掴もうとした時、予備実験室の扉がバタンと音を立てて開いた。


「リゲル!とうとうやったわ!成功したのよ!!」


飛び出してきた勢いのまま、跳ねるように飛び付いてきたミルドレッドを、リゲルは危うげなく抱き止めた。

だが待って欲しい、ま、ま、ま、待ってほしい。


ミルドレッドと共に予備実験室にいたらしい毒喰い獏が、もの言いたげな顔をしながらとことこ出てきて、チルチル草のいる机の脇に座った。


ミルドレッドを抱き止めたままのリゲルは、石膏のように固まっていた。


リゲルとミルドレッドは婚約者同士なので、当然エスコートのために手を取った事も、腕を組んだ事も何度もある。ダンスも数えきれない程踊ってきた。余談だがミルドレッドはリゲル以外とダンスを踊った事はない。リゲル以外と踊るなんてダメだ、有象無象の虫ケラ共がミルドレッドに触れるなんて。そんな事は許さない、絶対にだ。

話が逸れたが、リゲルはミルドレッドの事を大事に思うあまり、清く正しく、それ以上の接触をした事は無かった。


魔王のようだと揶揄される事もあるこの男、リゲル・ガルガイアは、まさかの圧倒的ぴゅあぴゅあボーイでもあった。


(これは、これは、落ち着け、落ちあががばばばg@?¥;&&&//:)


ガチンと固まったまま、リゲルは大混乱の中にいた。初めて魔獣と対峙した時の、あの一角ウサギなど目ではない。脳内に動揺という名の嵐が吹き荒れていた。


(これは、これは夢でなければ、今私の腕の中にミルフィがいるのでは?私の背中にぎゅうとまわされているのは、ミルフィの可愛らしい腕なのでは?この染みる様に伝わる心地よい温かさは、もしやミルフィの体温なのでは?こんな、こんなにすっぽりと、計算されたかのような完璧なバランスで、そうだ、今ここで、私とミルフィの配分量・バランスは完璧だという事が、神によって証明されているところなのでは?

あぁ、あぁ、幼い時から様々夢見た初めての抱擁を、まさか、まさかミルフィからして貰えるなんて!!)


「リゲル?」


ミルドレッドの声かけでハッと意識を取り戻したリゲルは、全身の力を総動員しギギギと己の腕の中を覗いた。するとそこには、ぎゅうと抱きついたままキラキラとリゲルを見上げ、嬉しくてたまらないと言うふうに微笑むミルドレッドがいた。

「ウッッ」とうめいたかと思うと、リゲルはまた固まった。


「ああリゲル!私ったら何故こんな簡単な事に気付かなかったのかしら!星鳴き草は夜が好きなのよ!夜だからこそ星を出せるんだわ!私、予備実験室を小さな夜にしてみたの!そうしたら、そうしたらやったわ!!さっきは扉を開けないでなんて、大きな声を出してごめんなさい、途中で光が入ると失敗してしまう可能性があったものだから。ああ!私ったら、どんな可能性も書き出して試してみるべきだったのに!ダメね、もっともっと精進するわ!」


(ミルドレッドが嬉しそうだ。これ以上に大事な事が、この世の中にあるだろうか)


まだ全身は締め付けられたように動かないし、頭の中ではぴゅあぴゅあリゲルがワーワーと騒がしかったが、大輪の花の様な笑顔を浮かべ喜ぶミルドレッドが今ここにいる事に、リゲルは大きな幸福を感じていた。


「おめでとう私のミルフィ。君のたゆみない努力がこの結果を齎したんだ。私もとても嬉しく思う」


精一杯平静を装い、それでも心からの賛辞をミルドレッドに伝える。

リゲルの言葉を聞いたミルドレッドは、抱きついていた身体を離し、

(ミルフィが離れてしまった、そんな、この喪失感に私は耐えられるのか。だが、このままでは私の心臓が耐えられなかったからこれで良かったんだ、良かったと思おう。だがしかし)

そしてリゲルの前でしゃんと背筋を伸ばした。


「ありがとうリゲル。色々な抽出方法を試しては失敗してきたのに、あなたはいつも私を励まして、アドバイスをくれて、応援し続けてくれたわ。それがどんなに心強かったか。この成功はリゲルのおかげでもあるのよ」

「ミルフィを少しでも支えられたならそれは幸せな事だが、成功は全て君の実力だよ。とても素晴らしい事だ」

「ふふ、リゲルは謙虚だわ。でも、ああ!これでやっと私にも、リゲルを守る事が出来るのね」

「え?」


一体突然何の事だろうと、リゲルは思わず聞き返す。


「星喰いスライムミミズがいるでしょう?あの畑の土を良くしてくれる小さなかわいい魔獣。あの子達の主食が星鳴き草なのはよく知られているけれど、どうして一切害されず捕食される事もないほど表皮が強靱で、でもそれなのにごく稀に、傷を負ったスライムミミズが発見されるのか、それが何故なのかはまだ解明されていないの。それで私、それには星のカケラが関係しているのではないかと思ったの」


星鳴きスライムミミズがかわいいかは一旦保留として、人間に害のない魔獣で、むしろ益虫の様な存在である星鳴きスライムミミズは、当たり前の様に人間と共存している為注目する者は少ない。だが確かに彼らは、とても面白い表皮を持つ事をミゲルは思い出した。

他のスライムと同じようにぷるんと瑞々しく柔らかい身体を持っているが、その表皮は剣でも、岩をも噛み砕く牙を持つザガリエル大虎でも傷つける事は出来ず、ある意味最強の生物でもあった。

数十年に一度しか分裂をしないので個体数は少なく、そしてミルドレッドの言う通り、数年に一回程の割合で、あの何をも通さない表皮に傷を持つ星鳴きスライムミミズが見つかる事があった。


ミルドレッドが研究した結果によると、星鳴きスライムミミズの体内は真っ暗闇の夜のような環境になっているらしい。取り込んだ主食の星鳴き草を、暗闇の体内でゆっくり消化する事で、星鳴き草から星のカケラが生み出されるのではないかと。そうやって体内に星のカケラを内包する事で、あの何からも傷付けられる事のない表皮が出来上がるのではないかと。

ただ、いずれ星のカケラも長い時間をかけて消化されてしまう為、その減少期に外敵に遭遇してしまうと、傷をつけられる事もあるのではないかとミルドレッドは予想したのだ。


過去から現在まで、偶然発見された星のカケラは数える程。星鳴き草から排出される事は分かっていたが、それが何なのか、どうやってできるのか、何かに利用できる物なのかは、何一つ解明されていなかった。


「私の仮説が正しければ、これは他の生き物、人間にも応用出来るのではないかと思って。それでやっとやっと取り出しに成功した星のカケラを、毒喰い獏のマーサに食べて貰ったの!そうしたら、マーサったら躍起になって自分の皮膚に咬みついたりしていたけど、まるでひとつも傷が出来なかったの!毒や副反応も無いだろうって。マーサによると、とっても甘くてシャリシャリして美味しいそうよ」


毒喰い獏は文字通りどんな毒も食べる事が出来る魔獣で、雑食だが強い毒性を持つ薬草を特に好む。穏やかな性質で知能が高く会話も可能な為、研究者の中にはミルドレッドのように毒草研究員として報酬契約している者も多い。


「リゲルがとても強い事は分かっているの。大丈夫だって頭では分かっているのよ、それでも、やっぱりどうしても心配なの。あの一角ウサギに襲われた後からリゲルが国中に結界を張ってくれているけれど、凶暴な魔獣の遠征討伐は定期的にあるでしょう?リゲルはとても強くて優しくて勇敢だから、いつも参加しなくてはいけないわ。でもその時にこの星のカケラがあれば、少なくとも傷つけられる事はない。まだ慎重にいくつか試験するけれど、次の遠征討伐には間に合うと思うの。ああ、本当に良かった!」


ずっとずっと、星鳴き草の研究を諦めなかったミルドレッド。

リゲルは強い衝撃を受けていた。


(…まさか私のために?)


ミルドレッドが星鳴き草から星のカケラを取り出す実験をはじめたのは12歳の時。けれどもっと幼い、確か7歳ほどの頃から多くの家庭教師や専門家を訪ね、星鳴き草と幾つかの魔草・薬草について、熱心に質問を重ねていた事を知っている。

まさか、まさかそんな幼い時から、リゲルを守る為、その為に今まで星鳴き草の研究と実験を続けてきたというのか。

そうだ、将来研究者になりたいの、と教えてくれたのは、確か9歳のリゲルの誕生会での事だった。


(何ということだ。いつも楽しそうに笑い、出会ってから今まで私に沢山の喜びを与え続けてくれるミルフィが、幼い時から私の事を守ろうとしてくれていたとは)


リゲルは、叫び出したいような、胸が苦しくなるような、言いようのない何かきらきらと温かいものが、身体の奥からとめどなく溢れ出てくるのを感じた。


「私はいつもリゲルに守られていたけれど、これからは私にも少しはリゲルを守る事が出来るんだわ。それがとても嬉しいの」

「愛している」


リゲルの唐突な告白に、ミルドレッドは大きく目を開いた。


「ありがとうミルフィ。私を見つけてくれて、私を守ろうとしてくれて。くそ、私にもっと全てを伝え捧げられる力があれば良かったのに。君に心からの感謝と愛を。私の最愛、唯一。ミルフィ、ミルドレッド、愛しているよ」


まるで先程のリゲルの様に微動だにせず、ただでさえ大きな瞳をより大きくさせていたミルドレッドだったが、じわりじわりと染まる様に頬に赤みが増していき、やがて余す事なく首まで真っ赤になった。


「わ、私も。ええと、私もきっと、リゲルを好きというより、あ、愛しているのだと思うわ。だって何よりもあなたが大切だし、いつまでも、お年寄りになってもずっと一緒にいたいの。絶対にケガをして欲しくないし、いつも幸せであって欲しいわ。そしてその幸せのそばに私が少しでもいれたら、こんなに嬉しい事はないの」


あぶない、危うく泣くところだった。

リゲルは腹にぐっと力を込めて耐えた。


(ククの実のように真っ赤なミルフィも可愛い最高心臓が痛いどうしてくれよう。今から教会に行けば今日中の結婚証明書の受理が可能なのでは。ああ、ミルフィの可愛さと優しさと強さと気高さのおかげで人類は生かされているという事を、皆もっと理解すべきだ。ひれ伏せ、人間どもよ!)


いつもの調子を取り戻したリゲルは、ミルフィを讃える事と結婚への最短日程を計算する為忙しくなった。



その後、無事安全と効果の証明された星のカケラを受け取ったリゲルは、一瞬で飲み込み己の身で安全と効果を確認すると、“私は結界を出ないから大丈夫よ”と、貴重な星のカケラをリゲルに持たせようとするミルフィに光の速さで飲み込ませたり、

ミルフィのチルチル草とまた大人げなく喧嘩して脅してみたり、

異世界から来た聖女がミルドレッドとお茶会を開こうとすると絶対零度の昏い目で阻止したりした。


公爵家子息リゲル・ガルガイアの日常は、今日も唯一の最愛の為に回っている。





お読み頂きどうもありがとうございます。

ヒーローとヒロインが想いあって、いつも幸せであるお話が読みたくて書きました。

もし、面白かったよ〜とこの下の星マークポチーして頂けましたら、チルチル草と夢喰い獏と手を取り合って喜びます。



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