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お仕置きだっちゃ☆

作者: 真朱マロ

「トラだ! 今年のお前はトラになるのだ!」

「無理ですぅ~社長がトラになるだけで十分じゃないですか!」

「安心しろ、俺は俺で虎になる!」


 そう言ってネットで取り寄せたタイガーマスクのコスプレ衣装を意気揚々と掲げる社長に、直子は床に崩れ落ちガクリと膝をついた。


「直子ちゃん、今年はそのどっちかでよろしく。じゃぁな」


 直子の打ちひしがれた様子など、社長は全く気に留めていなかった。

 衣装の入った箱を二つ渡して、格好つけながら出ていく社長の背中を、直子は光の消えた瞳で見送った。


 入社三年目。

 地元ではそれなりに名の知れた企業に入社できたのは、社長に「伊達直子」という名前を気に入られたからだ。

 なんでも、社長の本名が「伊達直人」だという理由だけで、慈善事業にも力を入れていて、折々のイベントに児童養護施設へ社長がコスプレして慰問している。

 名前一つで善行を成す、といえば聞こえがいいが、ハッキリ言うと変り者で名が売れている社長であるから、社員の苦労は普通の苦労とは少しベクトルが違う。


 直子とて、社長の児童養護施設への慰問に、反対しているわけではない。

 むしろ、七夕やクリスマスといった季節の行事だけでなく、月ごとに子供誕生会を行ったり、入学祝にランドセルや学生カバンを贈ったり、マメマメしく心を砕いている姿も尊敬している。 

 名前一つで善行を成すのは、素晴らしい行動力でもある。

 しかし、しかしである。


「一人より、二人がいいよな!」

 という、よくわからない理由で、直子までコスプレをしなくてはならないのが理不尽である。

 しかも、伊達直子という名前一つで、入社が決定したというのも、どこか理不尽で純粋に喜べない。


 直子は、伊達直子という勇ましい名前に反して、内気で人見知りで引っ込み思案であった。

 他人の視線が怖いから、大きな黒縁伊達眼鏡でレンズ一枚分の防御もしている。

 とにかく目立ちたくないので、日ごろから流行り物を避け、グレーや黒といった色彩の地味な服装ばかり選んでいるというのに。

 どうしてこんなことになったのかしら……と心の中で自問自答を繰り広げる。


 鼠年には、ネズミーランドの黒ネズミに扮装した。

 歌いながら踊りまで披露させられ、頭の真っ赤なリボンがターンの際に吹き飛んで、キリキリと部屋の隅まで飛んで行き、子供たちからは大喝采をあびたけど心が死んだ。


 丑年にはアイドル〇スターの実家が牧場の美少女と、セクシー系のカウガール衣装の二択だった。

 ただ単に、直子がショートヘアであるという事実だけで、アイド〇マスターの少女のコスプレで、歌って踊るはめになった。

 心の命綱である黒縁眼鏡は当然のように社長に奪われ、二十歳をとっくに超えているのに16歳の少女のコスプレをする恥辱を、どう表現すればよいのかわからない。


 そして、寅年の今年は。

 開封した右の箱には、虎縞模様のビキニと角飾りと緑のロングヘア・ウィッグ。

 同じく開封した左の箱には、虎縞模様のビキニと角飾りと大きな棍棒。 

 どちらでも好きな方を選べと渡された二つの箱を前にして、直子はベソベソと泣き濡れる。


 虎だ! と社長は言っていたけれど、どっちも虎柄のビキニである。

 そして、どっちも鬼娘で、虎ではない。

 そう、虎要素は、まったくないのだ。


「虎になれというのなら、虎の着ぐるみパジャマで十分なのに!」


 眼鏡をはずせば童顔美少女顔で、内気なのに運動神経抜群という、コスプレをするために生まれてきたような伊達直子の心からの叫びであった。

 その直子を見込んでいる社長が、着ぐるみパジャマだなんて、そんな生ぬるい衣装を用意するわけがないのだ。


 しばらくの間、床に倒れこんでメソメソと直子は泣き濡れていたが、一時間もすれば泣くのに飽きて顔をあげた。

 そのうるんだ瞳の奥には、メラリと復讐の炎が揺れていた。


「いいわ、社長がその気なら、私だって……虎なんかより、鬼っ娘の強さを思い知らせてあげる」


 児童養護施設への慰問当日。

 名前一つで入社した乙女は、緑のロングヘアをたなびかせながら鬼娘の衣装を身にまとう。

 悲鳴を上げて逃げ惑うタイガーマスクへと華麗に襲いかかり、両手に構えたスタンガンで「お仕置きだっちゃ☆」と電撃を放つ多彩な技の数々は、そののち何年も語り継がれる伝説となるのであった。


 頑張れ、伊達直子。

 来年はセーラームーンのうさぎちゃんコスとバニーガールの衣装が待っているぞ!

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