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それから数年。
メイスはときおり森へとやってくる。
美しい妻と過ごすため。
精霊たちの声は聞こえない。
けれど夜中、遠くでハープを奏でる音がする。
楽しく不思議な時を過ごして、領主の屋敷へと戻った。
変わり者だと笑われたが言い返しはしなかった。
精霊は森を出ない。
メイスは屋敷と森とを行き来する。
そうやって静かに暮らしていた。
ある年の春、メイスに縁談が舞い込んだ。
遠い領地の跡継ぎ娘との縁談だ。
森に魅せられた末息子を、森から引き離すための縁談だった。
メイスは引き合わされた娘の美しさに言葉を失った。
洗練された物腰、豊かな教養、磨き上げられた美貌、そして彼女と結婚することで手に入る確かな権力。
小さな領地だが十分であった。
メイスには財産と呼べるほどのものは何もない。
だが。
入婿になる以上、ほかに妻や愛人などがいることは許されない。
森にいる妻もそんなことは許さないだろう。
そもそも、彼女は森を出られない。
置いて行くわけにはいかなかった。
あの日以来、メイスは誓いに縛られている。
メイスは選んだ。
人の世で生きる事を。
森へ行き、妻の胸に銀のナイフを突き立てた。
赤い血が流れ、動かなくなった妻の死体を、メイスは小屋の裏に埋めた。
風は穏やかで、日差しは暖かで、遠くの湖からは変わらず波紋が音楽を奏でていた。
精霊たちは何も言わなかった。