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森には近づくなとメイスは子供の頃から言われている。
森には精霊が住んでいる。
精霊と関わることは罪に近づくことである。
精霊と関わる事なかれ。
精霊の伴侶となる事なかれ。
誰もが口にするその言葉を思い出して、メイスは鼻で笑った。
子供騙しの脅しだと。
そして馬を森の中へと進める。
森には道が通っている。
普段から人が通っている証だ。
しばらく行くと音が聴こえた。
耳を澄ますと楽の音であるとわかる。
ハープの弦をかき鳴らす、美しい響き。
その調べに誘われて、メイスは馬をゆっくりと歩かせた。
そこにいるはずの誰かを驚かさないように。
男性だろうか、女性だろうか。
どちらにしてもきっと美しい人に違いない。
しばらく行くと湖に出た。
周囲を見て回ったが誰もいない。
音が近くで響いているのに、楽士の姿が見当たらず、メイスは首を捻った。
弾き手を探して辺りを見回し、不思議なことに気づく。
風が湖の面を撫で、湖面に波紋が広がる。
さざ波すら立たないほどの微かな接触。広がっていく波紋。
それに合わせて歌うハープの音。
偶然ではないその様に、メイスは魅せられた。
風がそっと撫でる。
水が奏でる。
大きく撫でる。
響きが連なる。
たくさんの風が撫でる。
複雑にかき鳴らす。
精霊たちが遊んでいるのだと気がついた。
精霊の方も、メイスに気がついたようで、周囲にクスクス笑う声が響く。
美しい、美しい声であった。
メイスは精霊たちに語りかける。
姿を見せてはくれないかと。
しばらくして、乙女が1人、メイスの前に降り立った。
メイスは乙女を妻にと望んだ。
精霊たちは笑うように言った。
人と精霊は結ばれない。
なぜなら精霊は森を出られないから。
なぜなら精霊は誓いを破れないから。
それでもいいと言うのなら、お前は生涯、真実の愛を誓わなければならない、と。
メイスは誓った。
森の中の小さな小屋で、風から生まれた乙女の夫となった。