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帰郷ッッ!!

 どこまでも、どこまでも底のない暗い空間をゆっくりと落ちていく。

 まるで海に沈むかのように、リリィの精神はただ成すがままに重力に従っていた。

 四肢は動かない。ラズの怨念が、消えていった者たちの苦しみが、地獄へ引きずり込むように手足に纏わりついていた。


 周囲に泡が浮かんできた。

 泡にはこれまでの思い出が映し出されていた。楽しかったこと、辛かったこと、大好きな親友。

 リリィの記憶を映す泡は海面へ登っていき、遠のいていく。


 意識がバラバラになっていく。

 人々の負の感情が、リリィの心を引き裂いていた。

 自分が壊れていく感覚するのに、不思議と心地いい。

 感情もろとも不幸や、苦痛が消滅し、もう感じなくなるから。

 いっそこのまま……。


「リリィ!」


 誰かの声が聞こえた。

 生まれてからずっと側で聞いてきた声。大好きで、安心する声。

 いつも隣にいてくれた大切なーー。


「リリィ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ハッと、リリィは目を見開いた。

 リリィは病室のベッドで横になっていて、隣には、ずっと自分の名を呼び続けてくれた、親友がいた。


「リリィ!!」


 コノエがリリィに抱きついた。


「よかった、目が覚めた……」


「私……」


「終わったんだよ、ぜんぶ」


 胸の傷は塞がっていた。

 カレンダーを見れば、あの戦いからまだ一日しか経っていなかった。

 

 ラズは死んだ。もうドラゴノイドを扇動する者はいない。

 シエリスとレンカの仇をうち、シエリスから産まれたドラゴノイドも、もういない。

 ドラゴノイドとの戦いが、本当に終わったのである。

 達成感などない。あるのはただ、ずっとリリィを支配していた憤怒が消滅した喪失感、そして、空っぽになってしまった虚しさだけだった。


 なんで生き残ってしまったのだろうとさえ考えてしまう。


「帰ろう、リリィ」


 声に導かれ、リリィはコノエを見やった。

 コノエが無事だったことにいまさら安堵する。

 彼女の顔を見ていると、リリィの胸に感謝と罪悪感が込み上げた。


「コノエちゃん……」


 空っぽになんてなっていない。自分にはずっと、コノエがいたのだ。

 こんな自分に最後までついてきてくれた。名前を呼んでくれなかった、あのまま心が壊れていたかもしれない。

 戦いでも何度も助けられた。数え切れないくらい、尽くしてくれた。 


 リリィは目頭が熱くなり、視界が滲んだ。


「私、コノエちゃんにたくさん酷いことしちゃった……」


「……」


 コノエの腕を掴み、胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。


「ごめん、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 親友が泣いて誤っているというのに、コノエは反対に胸をなでおろし、瞳に喜悦の色が宿った。

 苛酷な戦いから、憎悪から解放され、元のリリィに戻った気がしたのだ。


 コノエは呆れたようにため息をつくと、震えるリリィの頭を撫でた。


「いまさら謝るなっつ〜の〜。だいたい、リリィに振り回されるなんて慣れてるし」


「でも、下手したらコノエちゃん」


「死んでたかもしれない。でも、生きてる。生きてリリィと触れ合ってる。いつもみたいに」


 コノエの手がリリィの頬に触れる。

 リリィが顔をあげると、その柔らかで、涙に濡れた頬に、コノエの唇が触れた。


「え……」


 コノエは顔を赤くなった顔を見せないように、ギュッとリリィを抱きしめた。


「帰ろう。リリィ……」


 リリィは、伝わるぬくもりが、想いが恋しくて、愛おしくて、もっと深くまでコノエを感じられるよう、両腕で彼女を包んだ。


「ありがとう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 結果的に、ドラゴノイドは全滅した。

 逃げ延びた者たちもあっという間に発見され、殺された。

 後に、リリィたちの戦いは「害獣駆除」という形で処理され、事件が発表された当初こそ愛護団体などの一部の人間からバッシングを受けたが、やがてその声も時間とともに消えていった。


 生き残ったガラブラとケイスはこれまで通り格闘家として活動を続けている。

 彼らと、奴隷商人のおじさん、リリィの母がお見舞いに来た日、リリィは退院した。

 天使の涙も使用せず、敵の親玉を倒した英雄として奉られることになったが、本人は快く思っていない。

 得た勲章など、失った命に比べたら、塵にも等しい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ある朝、コノエはリリィと地元の駅来ていた。


「やっぱり帰るよコノエちゃん。私に、アイドルになる資格なんて」


「なにいってんの〜。諦めるなんてリリィらしくないし〜」


「だけど……」


「それに、リリィは煩いから、さっさとどっか行ってほしいし〜」


「ひどい!!」


 コノエの悪口に、二人して笑みが溢れた。


「本当にいいの? だってコノエちゃんは、私にアイドルになってほしくないんでしょ?」


「……別にいいよ。どうせオーディション受からないから」


「そ、そんなことないよ!! もう!!」


 汽車がホームに近づいてきた。

 ポンと、コノエがリリィの背中を押す。

 リリィは覚悟を決めて歩きだしたが、すぐに立ち止まり、


「コノエちゃん、友達でいてくれてありがとう」


 コノエをギュッと抱きしめた。


「大好き!!」


 汽車に乗り込み去っていくリリィを見送るコノエの胸に、寂しさなど一切ない。

 たとえこの先なにが起ころうと、二人がどうなろうと、リリィとの絆は不変だと、確信を持っているから。


「私も好きだよ、リリィ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 かつてドラゴノイドたちが根城にしていた古城。

 その裏口の地面に、二輪の花が咲いていた。

 風が吹いても雨が降っても決して枯れず、飛ばされず、寄り添い咲いている。

 いつまでも、平穏に、この地で生き続けるのだろう。

 やがて寿命を迎え、また共に朽ちるそのときまで。

番外編終わりです。

しばらく休みます。

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