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愛ッッ!!

「マイカちゃんが、来てる?」


 察知の魔法を持つリリィが、マイカの参戦を知った。

 それはラズにとっても意外だった。

 こちらを動揺させるための嘘、のようには見えない。

 動きが読まれるのは勘がずば抜けているか、もしくはそういった魔法を使っていると考えていたが、どうやら後者。

 神の目の如き把握能力。生半可な努力では手に入れられないほどの力であろう。

 

 実際、ラズのこの推理は当たっていた。

 リリィが使用する察知の魔法は、もはや本来の能力を遥かに超越していた。

 それはリリィの精神状態と、常に使用し続けるという狂気の果ての昇華であった。


 ラズはマイカの名から、テスカを連想した。

 そういえば、テスカは何をやっているのだろう。あいつなら侵入者など瞬殺できるはず。

 逃げたのか、外で別の人間と戦っているのか。気になる。


「さっさと終わらせてやる!」


「くっ!!」


 リリィがビームを発射し、ラズは直撃してしまう。

 さっきからずっとこの調子である。完全に動きが見切られ、反撃の機会がない。

 ときどきリリィの反応が遅れることもあるが、そこをコノエの銃弾がカバーする。

 コノエを先に殺めようとも、それも読まれ……。


「小娘どもが……!!」


 途端、リリィの動きが止まった。


「クローノさん……」


 一匹のドラゴノイドがホールに戻ってきた。

 ヘイムであった。彼の手には、クローノの生首が一つ。


「悪いラズ、苦戦しちまった……」


 言い終わると同時、ヘイムは液状となり、死んだ。


 ラズが震えだす。


「ヘイム、バカな……」


 静寂の中で、リリィが頭を抑え嘆いた。


「死んだ……死んだ……痛い、怖い……ガラブラさん! 逃げて!!」


 外の惨状が、渦巻く負の感情がすべてリリィに注がれる。

 ラズの瞳が滲む。


「くっそおおおおお!!」


 ラズの殺意に感化され、リリィが面を上げた。


「お前が、お前がシエリスさんを殺したから!!」


「ドラゴンを狩った人間が悪い」


「そっちが無差別に殺すなら、私だってお前を!!」


 2つの憎悪がホールに轟く。

 同じころ、不測の事態を察知した特殊部隊がようやく合流を果たし、逃げているドラゴノイドたちを可能な限り殺害しはじめていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 鳩は遠方にいても巣に帰れる。

 犬は主人を見つけ出し、猫は家にたどり着く。

 帰巣本能と呼ばれているが、マイカがテスカのもとに駆けつけたのは、それに近いかもしれない。

 脳ではなく、心が求めた場所へ、血肉が高ぶり足を動かしたのだ。


 マイカが振り下ろした腕は、衰弱しているからか弱々しく、テスカは容易く手で払った。


「マイカ、生きていたのか」


 嬉しさと不快が交わった感情がテスカの胸中を巣くう。


 マイカは諦めず、何度も爪を振るった。


「人を、殺した……お姉ちゃんを……ダメ……なのに……」


 罪を責められ、テスカは顔をそらす。


「やめろ。傷口が開くぞ」


「どうして……!!」


 マイカを遠ざけるよう、テスカは彼女の腕を掴み、投げ飛ばした。


「もう会うことはない。帰れ」


 テスカの心臓が強く高鳴る。

 指先が、溶け始めた。


「どうして、お姉ちゃんを……」


 彼女の頬に涙が伝った。

 その雫を目にした瞬間、テスカは、諦めたかのようにずっと目を背けていた事実に真正面から向き合った。

 それはある種、諦めにも近しい覚悟なのかもしれない。

 マイカが振った爪が、テスカの胸を裂く。

 防御をしなかったテスカに、マイカは不思議にもたじろぐ。


「俺は、お前に悪いことをした。お前を独占したくて、俺は……」


「……」


「離れたくなかった。お前の話をもっと聞きたかったから……。お前がいなくなって、すごく、すごく、寂しかった。どれだけ忘れようとしても、お前を嫌いになろうとしても、無理だったんだ」


 テスカの右手が溶けた。


「俺はもうすぐ死ぬ。抗いはしない。それでお前への罪滅ぼしになるのなら……少しでも、お前が許してくれるなら……」


 すべてを受け入れたテスカが膝をつく。

 首を刈れ、という所作である。

 マイカは腕を振り上げるも、降ろせない。

 ただ、涙だけが落ちてく。

 やがて殺意が込められた腕は、テスカの頭を包み込んだ。


「私だって、あなたと生きたかった。もっと、ずっと!!」


 たとえ人間として生きられなくても良い。平和に穏やかに生きてくれたらそれでよかった。

 時間があれば会いにいって、たくさんお喋りをして、同じ気持ちを共有したかった。

 そして彼が望むのであればいずれは、同じ場所で、同じ生活をしたっていい。

 それほどまでにマイカはテスカを、愛していたのだ。


「バカだよ、本当に」


「……すまない」


 そのとき、テスカはマイカの腹から血が吹き出していることに気づいた。

 無理に動いて傷口が開いたのだ。


「仲間のもとに戻れマイカ。お前に死んでほしくない」


 慌てるテスカに対し、マイカは苦笑した。


「行くなって言ったり行けって言ったり、テスカさんはわがままだよ」


「だって……」


 テスカを包む力が、増した。


「いいの。向こうにはお姉ちゃんがいる。そしたら、やっとちゃんとお姉ちゃんにテスカさんを紹介できる。私の、大切な人だって……」


 テスカの目頭が熱く滾った。

 毒のせいではない。溶けているのではない。

 止めどなくあふれる感情が、テスカの眼から溢れだした。


「きっとお姉ちゃん、驚くだろうな」


「マイカ、俺は……」


 このとき、テスカは初めてマイカと会話した日を思い出す。

 そして、ようやく理解できた。

 愛するものと同じ時間を歩むこと、同じ道向かって共に歩き、同じ結末を迎えること。

 それがこんなにも、こんなにも嬉しい。


「ありがとう、マイカ。お前に会えてよかった。心から」


 テスカの命が液体となって消える。

 程なくして、マイカも後を追うように息を引き取った。

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