怪物と化け物ッッ!!
テスカのバリアへの突撃が、百を超えた。
どちらも力を吸収しあっている性質上、攻めれば攻めるほど両者に掛かる負荷は大きくなる。
これは幸運か、リュウトの願望通り、テスカはちゃんとダメージを受けていた。
一撃目はテスカの脳を僅かに揺らすだけだったバリアの反射も、現在では彼の骨を砕くまでに威力が増している。
しかし、テスカは笑っていた。
生存本能が強いテスカが肉体を負傷してもなお余裕であることはつまり、とうてい敗北には程遠いことを意味していた。
絶対防御のバリアに、ヒビが入る。
リュウトは冷や汗をかき、上空に小さな魔法陣を出現させながら、唇を噛んだ。
こいつは正真正銘、怪物である。
最強の人間であるリュウトの血を引き、かつドラゴノイドの戦闘能力で才能を昇華させた化け物。
生き物としてのレベルが、根本的に違うのだ!
「さあ、もう一回!!」
リュウトの脳内が敗色に染まったと同時、テスカはバリアを突き破り、手刀で胸を貫いた。
「ぐっ……」
「ふふふ、やはり人間は取るに足らない。並び立つなど不可能なんだよ。ましてや、理解し合うなど……」
膝をつくリュウトに対し、テスカは冷たく言い放つ。
「俺たちドラゴノイドは、人間を殺すために生まれてきた。そして俺は、その頂点にいる。ひ弱な草食動物が獅子やハイエナの餌でしかないように、お前たち人間もまた、俺たちの前では有象無象の下等生物に過ぎない。残念だがな」
テスカが踵を返した。城にはまだ人間がいるはずだ。加勢をしてやる必要がある。
城へと一歩踏み出したとき、リュウトは血を吐きながらクククと喉を鳴らした。
「お前が勝ったのは、俺だけに、だろ?」
「……? 俺の見立てでは、お前は人間のなかでも上位の、いやもっとも強い男だろ? なら人という種族に勝ったも同然だ」
「どうして、俺の頭を潰さなかった?」
さっきから何を聞いているんだと、テスカは眉を潜めた。
確かに、彼が発生させたであろう小さな魔法陣はまだ上空にある。
しかし、いまのリュウトに何ができる。
大量出血でまもなく死ぬ。一方テスカは、数カ所骨が折れているだけで、戦闘継続は可能なのだ。
リュウトが頬を釣り上げる。
その笑みはこれから死にゆく者とは思えぬほど、無邪気であった。
「調子に乗ったな、トカゲ。殺しってのは、徹底的にやるもんなんだよ」
瞬間、リュウトがテスカに飛びつき、両腕で掴んだ。
「!?」
「俺が人間流の殺し方を教えてやるよ!!」
絶対防御魔法には最後の仕掛けがあった。
バリアを解除したとき、もしくは破壊されたとき、蓄積されたパワーをリュウトに還元する効果。
そう、いま、リュウトの体内には、テスカが与え続けたパワーがそっくりそのまま宿っているのである。
そのエネルギーを、魔力を、極限まで圧縮しはじめる。
赤い輝きがリュウトの体内を突き抜けテスカの目を眩ませた。
「な、なにをするつもりだ、それほどの力がまだあるなら、傷の手当ができるはず!!」
もちろん、リュウトは回復魔法も使える。
「しねえよそんなもん。お前を殺せなくなるだろうが」
「なに、言ってるんだ……し、死ぬんだぞ!!」
テスカには到底理解できなかった。
戦いとは、生存のためのもの。飢えを凌ぐため、外敵を排除するための行為。
なのに、そのはずなのに、目の前の男は、生きる選択肢を捨ててまで、殺そうとしている。
理解できない。納得できない。恐ろしい!!
人間は、殺すために死ねるのか。
「さあトカゲちゃん、パパと一緒にママのところへ行こうぜ」
テスカがリュウトを振り払おうとした瞬間、圧縮された魔力が一気に開放され、凄まじい破壊エネルギーとなりて、轟音と共に両名を包んだ。
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やがて爆風すら止んだとき、リュウトの肉体は既に無く、テスカも、大部分の鱗が剥がれ、重症と呼ぶにふさわしい痛手を負っていた。
「くそ、化け物め」
戦闘終了のはずなのに、テスカの背に悪寒が走った。
上空の魔法陣が、消えていない。
瞬間、魔法陣から注射器が放たれる。
青い液体が入った、通常のものより大きな注射器が、鱗のない皮膚に突き刺さり、自動で液体を注入した。
「これは、仲間を溶かしたとかいう……ぐっ!」
燃えるような痛みが全身を駆け巡る。
テスカはぐっと力を込めた。
溶ける。溶けてしまう。死んでしまう。耐えろ!! 俺なら耐えられる!!
これではラズたちに加勢するのは無理である。
どこか休んで毒を堪える場所はないか辺りを見渡したとき、テスカの眼に、マイカが映った。
「な、なぜ……」
「テスカ……さん……」
マイカはドラゴノイド状態となり、巨大な爪でテスカに切りかかった。




