変化ッッ!!
「本当にいいんだな」
ガラブラがリリィに問いた。
リリィは真っ直ぐで決して砕けることのない意志で、返答する。
「はい。私も、作戦に入れてください!」
数時間前、ガラブラはマイカ救出の策を提案した。
裏切り者のドラゴノイド、オニトからの情報と最近の被害状況から、ラズたちは現在とある古城を根城にしていると断定。
そこに陽動隊が肉迫し、その隙にレンカがマイカを助け出すのだ。
それに、リリィも参加したいと名乗り出た。
察知の魔法でガラブラたちが計画を立てているのがバレてから、彼女はガラブラたちが作戦を完成させるを今か今かと、ずっと待っていたのだ。
「死ぬかもしれないんだぞ」
「それでも戦います!」
「……やっぱりダメだな。足手まといになる」
「なりません! 私の力を試してください!!」
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適当な公園に場所を移し、リリィとガラブラが相対す。
ガラブラが直接リリィの力を試すようだ。
二人の周囲には私の他にレンカやクローノ、ケイスが集まっている。
「いつでも来い!」
「はい!」
早速リリィは魔法のビームを連発した。
ビームの威力は凄まじく、ガラブラは当たらないようにかわし続けていた。
が、それでも少しずつ距離を詰め、リリィにビンタを食らわせる。
「きゃっ」
「その程度か」
おかしい。察知の魔法で心が読めるなら、動きを先読みしてビームを当てられるはずだし、いつ攻撃してくるのかも察知できるはずなのに。
「リリィ! 察知の魔法は!?」
「う、うまくいかない」
やはり成功率は高くないのだろうか。
そのあとも戦いは続いたが、ガラブラの一方的な試合のままで、まったく進展がない。
「お前じゃ足手まといになるだけだな」
「くっ」
と、いつのまにか、宿で待機していたはずのオニトが公園にやってきていた。
「あの、なにやってんのこれ?」
「あんたこそ〜。目立つんだから外に出ちゃダメっしょ〜」
「だって誰もいないんだもん! 見捨てられたのかと思ったわ!」
その大声に、リリィが反応した。
リリィの瞳が大きく見開き、呼吸が荒くなる。
まずい。そういえばまだちゃんとオニトを紹介していなかった。
「リリィ、こいつは私らの協力者。敵じゃないよ!」
「ドラゴノイド……」
リリィが纏う圧が増した。
触れるだけで身が裂けそうな禍々しい気。
このとき、愚かな私はようやく、いまになって理解した。
いまのリリィを動かしているのは、ドラゴノイドへの憎悪。ただそれだけなのだ。
あんな邪気が、あのリリィから放たれるなんて、十年近く側にいた私すら想像もしていなかった。
途端、リリィがガラブラに吠えた。
「ちゃんと聞いてましたよ! コノエちゃんの話は!」
「お、俺はなにも言ってないぞ」
今度はオニトに喋りかける。
「大丈夫、八つ裂きになんてしないよ。君は」
「お、お前、俺の考えてることがわかるのか?」
察知の魔法が成功している?
魔法は精神で使うもの、故に感情の高ぶりが魔法を発動させたのだろうか。
察知の力の驚異に気づいたガラブラが、構えた。
「おい、いまの調子でもう一度勝負だ」
その後、リリィは一回も攻撃を受けること無く、ガラブラに圧勝した。
相手の思考を読む魔法。これならば、ラズにも勝てるかもしれない。
だけど、仮に勝ったとして、マイカを助けたとして、そのあとは?
リリィは、また純粋で無垢な私の親友に戻ってくれるのだろうか。
それとも、私の知ってるリリィなどもうすでにいなくなってしまったのか。
まるで自分だけ子供のまま故郷に残り続けるような寂しさが、私の胸に穴を開けた。
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牢はいつも肌寒く、マイカは身を震わせながら眠るのが常になっていた。
今夜はとくに冷える。吐く息が白い。
「テスカさん……」
テスカと争ってしまったのは、つい昼間のできことである。
あんな真似して、明日には処分されるのか。もしくは薬でおかしくされてしまうのか。
そんなことより、テスカはあのあと人を食べたのか。
どうせこの世からいなくなるなら、彼を変えたかった。
「ごめん、お姉ちゃん。私はもう……」
「おい」
一匹のドラゴノイドが現れた。
ラズの手下のヘイムであった。
「テスカが呼んでるぜ」
「テスカさんが?」
「あと、よかったな。お前はテスカの要望で客人扱いに格上げだ。ずいぶん出世したもんだぜ。つっても、城からは出さないけど」
「な、なんで」
「さあ? 俺にはどうだっていい」
ずいぶんと適当な男である。
ヘイムに案内され、マイカはテスカの寝室にやってきた。
テスカは大きな窓から外を眺めていた。
「テスカさん」
「こっちに来い」
テスカの隣に並ぶ。彼は一切目を合わせようとしなかった。
外を見やると、静かな森が広がっていた。
視線を上げれば、夜空に瞬く星々に目が奪われてしまう。
「私に用って……?」
数秒の躊躇いの後、テスカは答えた。
「俺は、この景色が好きだ。静かで落ち着く」
「私もです」
「あれから、いろいろ考えた。お前と俺の違い。お前がなぜ自分を犠牲にできるのか。答えはでなかった。けど……」
二人の視線が重なる。
「お前に死んでほしくない。それだけは唯一理解できた」
「……てっきり、もう嫌われたかと」
「お前が言ったこと、いまならわかる。俺は……お前と同じ時間を歩みたい」
冷え切ったマイカの体が熱くなった。
「もっとお前と話がしたいんだ。聞きたい、お前のことを」
粛然な森も、美しい夜空も、すでに眼中にない。
もはやマイカの眼には、テスカしか映らなかった。
「お前のためなら俺は、もしかしたら……」
マイカの手がテスカの手を握った。
「あなただけでもいい。他の人は敵のままでも。私と一緒に、城を出ませんか?」
「……」
「私も、あなたにもっと教えたい。人のこと。私のこと。そして、笑い合いたい」
このまま「うん」と頷けたらどれだけ楽だったか。
ラズたちを裏切って、そのうえマイカの望み通り人を食わずに、本当に生きていけるのだろうか。
強さに自信はある。餌なら人じゃなくてもいい。
が、まだ誕生して間もないテスカには、環境を変えることに不安を抱えざるを得なかった。
マイカはテスカの胸中を察し、微笑んだ。
「急にごめんなさい。また、お話しましょう」
「あぁ。……あ、おい。今日からはまともな部屋で寝ても良いぞ」
「ふふっ、気遣ってくれてありがとう。でも、私は地下でいいです。私が良い思いしてたら、嫌な気分になるドラゴノイドも、きっといるから」
もしかしたら、いまなら安全に城を抜け出せるかもしれない。
仮に見つかっても、殺されないだろう。
でも、マイカは逃げたくなかった。
たとえ姉やリリィたちを心配させたままでも、もう少し、テスカの近くにいたかったのだ。
テスカを変えたい。城を出るなら、彼と一緒に。
この夜、マイカとテスカは同じ熱い想いを共有したまま、眠りについた。
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同時刻。とある街にて男が公衆電話を利用していた。
電話の相手はクローノである。
「というわけじゃ。お前もそろそろこっちに来るか? リュウト。それともまだ腕を磨くか?」
「いや、もう充分仕上がった。けど、そっちに向かいはしても、作戦には間に合わないかもしれない。ガラブラは俺の手など借りたくないだろ」
「すまんの。来るまで待つにしても、そのぶんマイカが危険じゃし、なにより、ギルドからも被害がこれ以上広がらんうちにさっさと終わらせろと、せっつかれとるし」
「まあ、賢明だな」
「……早く来てくれよ。勇者殿」
かつて世界最強の称号を手にした男がいた。
パンチラシヨンという格闘大会で敗北した彼は、その屈辱を晴らすため、再度世界最強となるため、生涯ではじめて修行をしていた。
やがて彼の妻、シエリスが亡くなって、修行の動機が雪辱から復仇に変わる。
ギルドからのドラゴノイドたちの情報を聞き、その上で確実に圧勝できるレベルにまで自身を高めた彼が、ついに動き出す。
リュウトは低く重く、深く沈んだ声色で告げた。
「安心しろよ。ドラゴノイドは、俺が絶滅させる」




