格差ッッ!!
山に戻り、先程の集落のさらに奥へと進んでいく。
いつ敵が襲ってくるかわからぬ緊張感に、宿のときのようなテンションはすっかり冷え切り、恐怖に抗いながら足を動かしていた。
空を見上げると、夕焼けの赤い空を夜の群青色が侵食しつつあった。
もうじき日も沈む。私もリリィもこうみえて逞しく、夜になっても外で遊んでいたりしたので、夜目が効くほうだ(本来私はインドア派だが、リリィに付き添って仕方なくである)。
久しぶりに誰かが喋った。
シエリスであった。
「情報によると、そろそろ別の集落があるわ。先住民たちの中でも他人種との関わりを避けているコミュニティーらしいけど、事情を話してそこで一晩泊めてもらいましょう」
さすが年長者なだけあって私たちを引っ張ってくれる。
彼女は元より勇者や仲間たちと旅をしていたらしいし、冒険慣れしているのだろう。
先ほど、シエリスは私たちだけでは不安と言っていたが、確かに、彼女がいるとすこぶる心強い。
マイカが立ち止まった。
「どうしたの〜?」
「妙な気配がします。ドラゴノイドと戦ったときの、悪寒に似た」
「じゃあドラゴノイドがいるってことじゃ……?」
リリィが不安そうにマイカに問う。
「この先の集落にいるってことですか?」
シエリスが眉をひそめる。
「私も感じるわ。さっきの奴らよりも強い気。でも、移動しているような……」
瞬間、シエリスが叫んだ。
「来る!! これはまずい!!」
一秒して、二体のドラゴノイドが私たちの前に降り立った。
先ほど妊婦を殺害した赤い鱗のドラゴノイドと、初めて目にする黒い鱗の女性のドラゴノイドであった。
黒い方が背を向ける。
「行くぞヘイム。気配がするかと思ったが、ただの人間だ。寄り道するだけ無駄だった」
「ラズ、こいつらだ。仲間を二人殺ったのは」
「え?」
黒いドラゴノイド、ラズが私たちをまじまじと見つめた。
「こんなのにとは、困ったな。たしかお前に着いていったのは生まれたての新参だったか。……今後は現場に出す前に戦闘教育を実施しておこう」
急に胸に苦しみを感じ、いまになって自覚する。
私は、呼吸を忘れていた。
擬死、をしていたというのか。
ラズを目にした瞬間、ここにいたくないと本能的に、無意識に思ってしまったが故、体が死を偽ることでやり過ごそうとしていたのか。
目の前の二体は、前回戦ったドラゴノイドたちとはまるで違う。特にラズに至っては、まったく別の生物ではないかと疑ってしまうほど、その邪悪な存在感に凶兆を孕んでいた。
リリィを見やると、小動物のように酷く震えていた。それでも彼女は深く息を吸って、前に出た。
「ひ、人を襲うのはやめてください!!」
「は? 弱いんだから狩られるのは当たり前だろう? 人間が言えたことか」
「弱くても、必死に生きてるんです!」
「あぁ、どんな生き物も必死に生きている。お前達だって必死に生きる命を平然と狩るじゃないか。なのに人間は殺しちゃダメだと? ……そりゃそうか、人間的にはそうなる」
「あ、あなたも元は人間だったはずです!! 人間として生きていたことだって」
「この肉体はね。しかし魂は違う。私は私だよ。この体を完全に乗っ取った時点で、元の宿主は死んだようなものさ」
「でも!」
「うるさいな。……よし、肩慣らしに殺そう。ヘイム、こいつら、少しは戦えるんだろ?」
赤い方、ヘイムが頷く。
途端、マイカがドラゴノイド化した。
「下がってリリィちゃん。この人、強い」
ラズが目を見開く。
「ほう。お前か、人の意思が残っている同胞は。さっきヘイムから聞いたぞ」
「私は、あなた達の仲間じゃありません」
「興味深いな。ヘイム、こいつは任せる。私はまずあのうるさい子供を捻り殺す」
言い終わると同時、ラズが消えた。
「ひっ!」
リリィがステッキから魔法のシールドを展開する。
魔法少女なだけあって、攻撃だけでなく防御の手段も持っている。
精度は低く、薄い壁程度の強度であるが、ないよりマシだ。
ラズがシールドの前に姿を現した。
「魔法か。私も使えるぞ」
ラズの黒く淀んだ邪気が可視化され、腕へと形作られる。
新たに生まれたラズの腕はハチのように高速で飛び回り、シールドを迂回して、リリィを引っ叩いた。
「ぎゃ!」
「リリィ!」
木々へと叩きつけられるリリィに、ラズが歩み寄る。
その前に、シエリスが立ちふさがった。
「させない!」
シエリスの蹴りをラズが受け止めると、徐々に指先から凍りつきだした。
シエリスの氷魔法だ。
が、ラズはどうでもよいことのように、その視線はシエリスの腹を捉えていた。
「お前、魂が2つある。……孕んでいるな」
「!」
シエリスがバッと距離を取る。
シエリスのあの驚き様、まさか、本当なのか?
お腹が膨らんでいないから気が付かなかった。
宿で腹を撫でていたのは、子供がいたから?
でも、じゃあなんでここに来たんだ。こんな危ない場所に。
とにかくまずい。ドラゴノイドたちは妊婦を殺して仲間を作る。
シエリスに手を出させるわけにはいかない!
「シエリスに触れるな!」
何度も銃を打つが、ラズにはまるで効いていない。
ラズは懐から卵を取り出すと、
「こいつは他の兄弟に比べ著しく誕生が遅く、親すら卵の世話を諦めた。だが、まだ生きている」
一瞬にしてシエリスの背後に立った。
「せっかくなら無理やり誕生させてやろう」
シエリスの腕を掴んで卵を強引に割る。
そして、
「あ……」
鋭い爪でシエリスの首を撥ねた。
次回予告!!
私のベッドで野良猫が出産を終えたのも束の間、毛むくじゃらボクサーが魔王と融合しちゃった!!
このままじゃ世界がちぢれ毛に包まれちゃう!!
諦めちゃダメよ私!! 希望はまだある!! 私が諦めたら誰が世界を救うってのよ!!
あ、ウーバー○ーツ来ちゃった。
次回、芹子がんばり物語 第51話
「芹子、ついに全知全能に?」
次回も一緒に〜、せりっこせりっこ〜。




