接触ッッ!!
ナカワリー共和国ケンカバッカ地区。そこの山岳地帯に私たちは訪れた。
まずは原住民に接触し、情報を聞き出す必要がある。
原住民はこの山地にいくつも拠点を作り、複数のコミュニティーを形成している。
私たちは森を進みながら、あらためてドラゴンについてマイカから学んでいた。
「中型のドラゴンって、どのくらい大きいの〜」
「だいたい大人の男性と同じくらいかな。ドラゴンは繁殖能力が低いけど、そのぶん一体一体はすごく長生きなの。魂を食べる、って言われてるから」
「魂?」
「生き物の肉だけじゃなく、その魂を食べることで、残っていた寿命を自分に加算するの。他にも、ドラゴンは死ぬと魂が近くの生物に宿るとされている」
「……他の生物に乗り移るってこと〜? マイカにかけられたドラゴンの呪いもそれで」
「悪意を持って殺したら、そうなるわ。正確には、ドラゴンを殺した人間の子供に乗り移る。でも、そうじゃないならただ単に、他の生物の寿命を少し伸ばしてくれるだけ」
「ほ〜ん」
マイカのように、ドラゴンの力を持つ人形の生物は『ドラゴノイド』と呼ぶ。
詳しくは知らないが、おそらくマイカが呪われているのは、彼女の親が何かしらの理由でドラゴンを殺してしまったからなのだろう。
なぜ殺害した本人ではなくその子供なのか。
マイカ曰く、大人には乗り移りにくいから、とのこと。
そのとき、不快な異臭が鼻についた。
糞だろうか、歩いていくうちに臭いはどんどん強まっていく。
草むらで大きめの人糞を発見するなり、私はどっとため息をもらした。
「最悪。髪に臭いつかなきゃいいけど〜」
そのまま通り過ぎようとしたとき、シエリスに呼び止められた。
「これ、一部が白いんだけど、まさか……」
その辺にあった棒を手に取り、シエリスが糞をつつき出す。
おえ〜。
糞を細かく砕いていくと、中から白く長い物体が現れた。
「なにこれ〜」
「人骨、でしょうね」
「え」
「クマの糞とは違うようだし……。急いだほうがいいかもしれないわ」
その一言で、私たちの包む空気が冷え込み、緊張感が胸を高鳴らせた。
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原住民の集落に着いた瞬間、私たちは目の前の凄惨な光景に目を疑った。
体を裂かれ横たわる人たちと、彼らを食べている二体の化け物。
ドラゴンの人間の融合体、ドラゴノイドだ。
向こうがこちらに気づく。
「お、人間が増えたぞ」
こいつらはヤバい。そう直感し、懐からハンドガンを取り出した。
「リリィごめん、殺せないおもちゃじゃなくて本物使う!」
「え、あ、うん!」
すぐさま発砲し見事直撃したのだが、弾は貫通していない。
「硬い!」
「いってえな!」
一体のドラゴノイドが飛びかかってくる。
「危ない!」
マイカがドラゴノイド状態になって私の前にたち、ドラゴノイドを殴り飛ばす。
それを見ていたもう一体が、驚愕に目を見開いた。
「お前、人間に手懐けられている?」
「私は最初から人間です!」
信じられない、といった顔で、二体のドラゴノイドがマイカを見つめる。
「人間の意思が残っているのか?」
「こんなやつがいるなんて……。殺そう!」
今度は二体同時に突っ込んでくる。
そのうち一体の懐にシエリスが飛び込むと、華麗な足技で蹴り上げた。
「リリィちゃん!」
「は、はい!」
リリィが高威力のビームを撃ち、蹴り上げたドラゴノイドをふっ飛ばした。
シエリスが追い打ちをかけ、地面に転がったドラゴノイドを踏みつける。
彼女の得意な氷魔法によって、ドラゴノイドの全身が凍っていく。
一方、もう一体のドラゴノイドはマイカと攻防を繰り広げていた。
同じドラゴノイドであるはずのに、マイカの方が押され気味である。
「かっ! 戦い方が甘っちょろいぜ!」
「くっ」
「マイカ!」
私は狙いを定め、頭部目掛けて弾丸を放った。
弾は幸運にも目玉に直撃し、そのまま脳を貫いてドラゴノイドを絶命させる。
「はぁ……はぁ……」
「あ、ありがとう。コノエちゃん」
生き物を殺すのは、初めてじゃない。
ハンターであった父の手伝いで、何匹か獣を殺めた経験があるから。
しかし、言葉を話すものを殺したのはーー。
これ以上考えてはいけないと本能から危険信号が出され、私は注意をリリィへ逸らした。
この子も初めての死闘を体験し、膝を震わせている。
「リリィ、ダイジョブ?」
「……うん」
まさか、あの二体が新種のドラゴン、なのだろうか?
たしかに、ドラゴノイドという存在は極めて珍しく、新種と騒ぐ人間がいるのも頷ける。
しばらく硬直していると、一軒の木造の家から、別のドラゴノイドが姿を見せた。
赤い鱗が特徴的で、顔からはどことなく知性を感じる。
「騒がしいと思ったら、どうなってんだ、こりゃあ」
と、同じ家から一人の妊婦が逃げ出してきた。
「た、助けて!」
彼女の腕をドラゴノイドが掴み、逃さない。
「行かせねえよ。……さっさと済ませるか」
ドラゴノイドは30センチほどの卵を取り出すと、妊婦の腕を使って割った。
直後、妊婦の頭部が赤いドラゴノイドによって潰される。
私たちが唖然としていると、妊婦の腹が動き出し、まるで殻を割って飛び出すかのように、小さなドラゴノイドが産まれてきた。
「な、なに、これ……」
産まれたドラゴノイドは急激に体が大きくなり、青年へと成長を遂げる。
「こ、ここは……?」
「お前は俺たちの仲間だ」
赤いドラゴノイドが、すでに敗北している二体の仲間をそれぞれ一瞥した。
「長居はやべえな。あいつらんとこ戻るか」
そう言い残すと、赤いドラゴノイドは産まれたばかりの仲間を抱え、高速で立ち去ってしまった。
「……」
騒乱が止み、静けさと共に吐き気を催すほどの嫌な血の臭いが私の脳を刺激する。
それから私たちは数名の生存者を救助し、近くの街まで撤退した。
その間、私たちは互いに必要最低限の情報しか言葉を交わしていない。
というより、たったいま起きた出来事を整理し、言語化できなかった。




