真名ッッ!!
コスモスの手がササの頬に触れる。
「ササ、どうして私を裏切ったの?」
「裏切ったつもりじゃなかったの! 結婚しても私たちの絆は変わらない。そう信じてた」
コスモスがササに微笑んだ。
「まあいいよ。一緒にあの人を捜しに行こう。ササも鬼にしてもらうために」
「もうやめて、コスモス」
「その前にまず、コホン人を絶滅させなきゃ」
ネネの白刃がコスモスに向けられる。
だが敵を見る相好には、戸惑いの色があった。
「ネネ、大丈夫?」
「私が、強さを求めた故に、この人は……? し、しかし、こんなの、逆恨み、か?」
修行の旅など出なければ、自分が結婚していれば、コスモスは今もササと幸福に生きられたのか。
そんな悩みがネネの顔に現れていた。
強くなった代償で他人が悲しみ、鬼となり、倒すためにより強くならなくてはいけなくなる。
この連鎖に終わりはあるのか、誰も答えは持ち合わせていない。
「なら、私は、なんのために……強さとは……いったい……」
コスモスは冷めた眼差しでネネを一瞥したのち、ササを立ち上がらせた。
「行こう、もっと落ち着ける場所に」
「ま、待て!」
ネネは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、自信なさげに言った。
「あなた達には、同情する。で、でも姉上は渡さない」
「じゃあ殺す!」
「コスモスやめて!」
制止を振り切り、コスモスが飛んだ。
白い柔肌が黒い鋼鉄へと変化する。
降り注ぐ鉄の拳をかわし、ネネが切り上げる。
コスモスは腕で受け止めると、指を針状にし、心臓を目指した。
「くっ」
ネネはコスモスの指を払い、鞘を抜いて仕込み刃を展開させる。
「それがどうした!」
膝に角を生やし、ネネの腹部を刺す。
肉体を変幻自在に操る力があるようだ。
「な、なんと……」
「ネネ! 私も加勢するよ!」
「ダメです! この人は、コスモスさんだけは、私がケジメをつけます!」
「でも……」
ネネは痛みに耐え、よろめきつつも、コスモスから目を離さなかった。
コスモスが爆笑する。
「ハハハ!! いい気味ねコホン人!! あんたが得た力なんてそんなもんなのよ。さあ、私たちと同じ苦しみを味わいなさい!」
刃状に変わったコスモスの腕が、ネネの胸を切り裂こうと振り上げられる。
そのとき、
「コスモス!」
ササが間に立った。
「ネネだけは殺させない。命に代えても!」
「ササ、どうしてそいつばっかり! 私が一番のはずなのに!!」
「戦い以外の道はないの!?」
「ない! この胸に巣食う怒りは、暴力でしか発散できない!!」
ネネはじっと姉の背中を見つめていた。
「姉上……」
「大丈夫よ。私が守るから」
刀を握る力さえ残っていない弱りきった女が守ってくれている。それを逞しさと受け取ったのか、不甲斐ないと自責したのかわかないが、ネネは顔を伏せた。
「そうだったんだ……。強さの意味とは」
グッと拳に力を込めて、ネネが面を上げる。
その瞳は憑き物が落ちたように澄み切っていて、私がよく知る普段のネネに戻ったようであった。
ネネが刀を収める。
「駄々や自己満足のためじゃない。不当な暴力から弱者を守るための力」
「それがなによ!」
「私はコスモスさんとは戦いたくない。あなたは守られるべき、人間です」
「なにをいまさら! もう遅いのよ!! でもササは渡さないから殺す。それが本音でしょ!」
「姉上を守るためにそうせざるを得ないなら……。だからどうか矛を収めてください!」
「黙れ! 殺す、みんな殺す!! ササの家族だろうがなんだろうが、コホン人は根絶やしだ!!」
コスモスはササを腕で払い飛ばし、ネネを天高く蹴り上げた。
落下に合わせてトドメを刺すつもりか。
ネネは落下しながら、柄を握る。
「まだ抵抗するのなら……。コスモスさんを止めるぞ我が刀、お前の名は!」
空中で居合の構えを取る。
そしてコスモスの腕の刃がネネを裂こうとした瞬間、超高速の抜刀が鬼の身を切り裂いた!
二人の体が地面に転がる。ネネの肩からは大量の血が吹き出していた。
なのに一方のコスモスには、傷一つない。
するとコスモスは、突然自分の目の周りを触りだした。
「み、見えない、なにも見えない」
ネネは微笑む。
「切りました。あなたの視覚を」
「はあ?」
「一時的にです。いまのあなたを止めるには、これしか方法がなかった」
いったいどうやって視覚を切ったのだろうか。目玉でも切り裂いたのか。
「どいうこと?」と私が問うと、ネネが刀身を見せた。
「コスモスさんを止めたい。その一心のみが私を動かしたとき、この刀の名の声を聞いたのです。理屈は不明ですが、五感のいずれかだけを切る刀、その名も、五感切り」
そのまんまじゃん。
いや、そこはボケなくてもいいじゃない。
思い出したようにやるギャグほど場違いなものはないのよ。
「ふふっ、冗談です。本当の名は、『風切り』。この刀は、本来切れない力を切る、誰かを守るための刀だったのです」
「はえ〜。すんごいね」
「そうとも知らずにあの片目の鬼を……私はなんと愚かな」
ネネは申し訳無さそうにコスモスの方を向き直すと、彼女の華奢な体を抱きしめた。
「ごめんなさい。なにもかも」
「バカめ! 接触しているのなら見えずともお前を――」
コスモスの腕が振り上げられる。
「私はあなたを信じます。私のわがままを、許してほしいから」
「っ!」
数秒、コスモスは停止する。
その背中を、ササも優しく包んだ。
「あなたを一人にしない。何度だって会いに来る。私は道場の娘だけど、あなたの一番でもあるもの」
姉妹に抱きしめられ、コスモスは涙を流した。
傷つき荒んでいた心にそっと撫でる温かい手から、離れたくないのだろうか。コスモスから闘気は消え、ネネを抱きしめ返していた。
これにて一件落着。と思われたそのとき。
「なにをしている、鬼を殺せ!」
背後からネネの義兄と複数の男たちが現れた。




