決勝戦ッッ!!
控室で休息を取り、決勝戦へと向かう。
ネネやリリィちゃんたちは私に気を使ってそっとしておいてくれている。
いまはただ、集中を高めることに専念したい。
だが、通路を進む私の前に、ラミーネの前でおすわりをしているメミーナが現れた。
「メミーナ」
メミーナは気まずそうにこちらを見つめた。
「どうも」
「こ、これは一体……」
代わりにラミーネが答える。
「家では普段からしていたことよ」
メミーナは落ち込みつつ、恥ずかしそうに頷いた。
「そうなのです。光り属性の私ですが、家では闇のプレイに付き合わされているのです」
「そんなの、従う必要ないじゃない」
ラミーネが喉を鳴らした。
「約束したのよ。私が優勝したらあなたと、ネネのプロモーター違約金を払うって。私の犬に戻る代わりにね」
一瞬にして脳を染めた不満と苛立ちを、視線と共にメミーナに向けた。
「私が勝ってやるわよ!」
メミーナは黙ったままである。
なんだかもうここにいると苛々してしまいそうで、私は二人の横を通り過ぎた。
「私が優勝して、ネネとあんたを開放して、そしたら、仲直りよ」
メミーナの表情を確認せず、リングへ向かった。
「何人もの選手が散っていきました。長い長い死闘の数々が、このリングに刻まれました!!」
実況の煽りに観客が沸く。
来賓席にリュウトはいない。ついさっきまで彼はみんなの英雄で、キングであったのに、いまでは奴隷に敗北した情けない弱者として笑い者になっている。
ラミーネは、まだ入場していない。
「そしてついに、パンチラシヨンの覇者、いいや、世界最強の格闘家が決まろうとしているッッ!! Bブロックからはまさかの奴隷が進出、マイクロビキニアサシン、芹子!!」
二つ名安定しないな。
「対するは」
実況に合わせ、ラミーネが入場した。
「なっ!」
彼女の手に握られたものを見て、その場にいる全員が目を見開いた。
顔面にアザを作り、鼻から血を流し、腕はあらぬ方向に曲がって折れた骨が皮膚を突き破っているリュウトの襟を、掴んでいたのだ。
「強そうだったから、関節を戻して呼吸も正常になったあと、戦ってみたのよ。……なんというか、まあ、こんなもんだったわ」
リュウトを投げ捨て、パンパンと手を叩いた。
「強力な技を使うなら発動前に止めればいい。硬いなら、同じく硬い彼の頭部や膝、肘をハンマー代わりにして好きな箇所を打てばいい。……簡単な話よ」
ラミーネは私と対峙し、ご馳走を前にした子供のように目を輝かせた。
「可愛い子猫ね。私に飼われたあかつきには『ニャン』しか言っちゃダメよ」
「あんたこそ、負けたらメミーナを返しなさい!!」
「ふふっ。たまには威勢のいい子を躾けるのも悪くないわね」
私が構えると、
「決勝戦、試合開始!!」
ゴングが鳴り、ササッと距離を取った。
ラミーネの予想は、圧倒的な分析力によるもの。おそらく、大会で披露した忍術はどう組み合わせようと通用しない。
ならまずは、まだ見せていない術を使ってみる。
「暗器分身・雨の術!」
空に投げた手裏剣やクナイが無数に増え、雨のように降り注いだ。
本来回避不可能の技だが、ラミーネは見事に各暗器の落下位置とタイミングを予想し、スムーズに回避、もしくは腕で弾いてみせる。
「こんなものなの?」
「まさか」
私はクナイを握り、一歩一歩ラミーネに近づいた。
ゆらりと、緩慢に、ゆったり歩き、至近距離まで迫る。
やがて充分な間合いに入ると、私は刃を彼女に向け、スローモーションのように遅い速度で腕を伸ばした。
不可解な行動にラミーネは一瞬眉を潜めたが、すぐに鼻で笑う。
やがてクナイの先端がラミーネに触れそうになった瞬間、私は小声でつぶやいた。
「背後に回って足蹴り」
ラミーネの眉がピクッと跳ねる。
「手で払ったら、そのまま腕を絡め取られ関節技を決められるかもしれない。だからここは瞬時に背後に回るのがベスト、でしょ?」
十八番をパクられ、ラミーネは殺気混じりの瞳を細めた。
そして私の予想通り背後に移動し、蹴りを繰り出す。
当たりはしたが、それは私の身代わりの枕。今度は私が背後を取り、クナイでラミーネを突き刺そうとする。
が、ラミーネはそうくると予想していたのだろう。軽々とかわすと、裏拳を仕掛けながら振り返った。
そのときだ、
「!」
「おおっと芹子選手、なんと目を閉じている!」
私は視界を塞いだまま迫るラミーネの手を掴み、彼女の顎をビンタした。
ラミーネの脳が揺れ、一瞬意識を奪う。
「っ!?」
正気を取り戻すと同時、ラミーネは驚倒の声を漏らした。
「なぜ……」
自分の得意芸を真似されたことに加え、その動揺につけこまれて脳震とうを起こされたショックが重なり、目を見開き地面を見つめだす。
「はん! ずっと考えていたのよ。あんたの絶対予想の対処法。なにやってもかわされるのだとしたら、それを前提に行動すればいいだけの話しってやつよ。用は、予想の予想」
さらに私のように手数の多い敵相手には、ラミーネが取るべき最適の行動も限られる。
となれば、こっちがラミーネを『予想』するなど、案外造作も無いのだ。
「どうする? 予想を予想してそれすら予想する、なんてしてたら、お互い動かないまま明日になっちゃうけど」
ラミーネが立ち上がると、その白い頬に涙が伝った。
「これほどやってまだ発展途上だったのね」
意味ありげにラミーネは遠くを見つめだす。
あ、どうやら回想に入るっぽいです。
ラミーネはメミーナと違い、母の実子であった。
幼き頃より母はラミーネを厳しく育て、自分と同じ最強の格闘家になるための修行を与え続けた。
そんな母を、ラミーネは快く思っていなかった。
厳しさのせいもあるが、一番の原因はやはり、自分のペットだと認識しているメミーナを、勝手にいじめているからである。
ラミーネは形こそ歪んで入るが、メミーナを溺愛しているのは確かである。
母のコピーを作るように育てられた彼女にとって、メミーナは初めて自分だけが所有する存在。ラミーネという個を実感できる希望なのである。
私の所有物に手を出すな。ラミーネ当時10歳。怒りのあまり母と立ち合い、完膚なきまでに敗北する。
「雑魚が強者様に逆らってんじゃないよ!」
偉大な母の言葉を耳にしたとき、ラミーネは悟った。
強者こそ支配者。あらゆる自由と権力を手にする力を持つ。
欲しいものはすべて手に入れ、誰にも私の所有物を奪わせはしない。
それは厳格な教育による反動か、ラミーネは個を感じるため、所有することにより拘るようになり、強さを求めた。
強く、もっと強く、最終的に母を倒し、誰も自分に逆らえないようにする。
ラミーネは日に1000を超える死闘をノルマと化し、あらゆる格闘家や獣を狩りはじめた。
数ヶ月、数年を狂気の日々に捧げ、その果に得た絶対予想は、母が教える天翔道にはないラミーネのオリジナル、彼女の個を表す個性であり、彼女だけの技術である。
それが覆され奪われた現在、ラミーネの脳は煉獄が如き凶兆の熱に支配された。
「もういい。躾けは諦めるわ」
ラミーネの鋭い視線が私を睨んだ。
「これは狩りよ。引導を渡すわ、粋がっている子猫に」




