ジェルリVSリュウトッッ!!
選手控室に戻ると、ネネがおもむろに抱きついてきた。
「おめでとうございます」
「ちょ! どうしたの急に!」
「私に成せなかったことを成したのです。喜びを分かち合いたく」
「いや、相手が弱かっただけだから……」
たぶん、ネネは祝福ではなく甘えたいのだろう。
傷心を癒やす手段がわからず、遠回しの行動になってしまったのだ。
そっと頭でも撫でようかと腕を回したとき、控室にラミーネが入ってきた。
瞬間、ネネの表情が恐怖に強張る。
それを見て、ラミーネは笑った。
「そうそう。私と戦った子はみんなそういう顔をする。躾け完了ね」
ネネは不快感を顕にし、控室から立ち去った。
ラミーネの視線が私に向けられる。
「ねえ、メミーナはどこ? 私を避けて全然会えないのよ」
「さあ? 予想すれいいんじゃないですか?」
「ふふっ、一本取られたわね。まあいいわ。準決勝で会えるもの」
ラミーネがベンチに座ると、部屋の隅にいた老女、ジェルリさんが立ち上がった。
「さて、行こうかね」
すれ違いざま、ジェルリさんと目線が重なる。
「弟子の件、考えてくれたかね」
「あー、考えときまーす」
「カカッ。悪いねえ、もう先が短いと思うと、いろいろ残したくなっちまうんだよ。……特に、今日はね」
ジェルリさんはドアノブに手をかけると、手を止めた。
「覚えておきな奴隷の子。私も奴隷として、格闘家として、やばい状況には何度も立ち会った。次第にこれは大丈夫、これはまずいってのが、感覚でわかるようになる」
「今日は?」
ジェルリさんは何も答えず、ドアノブを回した。
「さてと、さっさと勝って賞金で孫の誕生日プレゼント買わなきゃね」
リングにてジェルリさんとリュウトが相対す。
場は完全にリュウトの味方。誰も彼もリュウトだけを応援していた。
その中の一人に、一回戦でジェルリさんに敗北したクローノもいる。
「リュウト〜、ワシの仇をとってくれ〜」
照れくさそうに苦笑して、リュウトはジェルリさんを見やった。
「そういうわけだ。師匠の仇を取ってやる」
「ふん。イケ好かない小僧だね」
試合開始の宣言と共に、ジェルリさんがお得意の針を投げた。
直後、リュウトは手から巨大な火球を発射し、針もろともジェルリさんを吹き飛ばした!
なんという魔法の威力。まさしく、異世界転生者ならではのチートである(私にはないが)。
苦痛に耐えながらも立ち上がるジェルリさんに、リュウトは悪魔のような笑みを浮かべた。
「卑怯な手で師匠を倒した罰を受けてもらうぜ」
「……なるほど、そういう解釈かい」
ジェルリさんは走り回りながら何本もの針を投げた。
その度にリュウトは火球を放ち、ふっ飛ばしていく。
「面倒だな、一気に決めるぜ!」
力強く踏み込み、リュウトは高速でジェルリさんに近づき蹴り飛ばした。
加えて火球による追撃を与えると、会場の興奮が最高潮へと到達した。
「強い! これぞ我らがキング、リュウトだああああ!!」
実況まで完全にリュウトの味方である。
ジェルリさんがふらりと起き上がる。
すると、火球によって燃えた服の袖が、無残にも焦げ落ち、奴隷の証である入れ墨が露出してしまった。
観客席から怒号が飛び交う。
「卑怯な奴隷は引っ込んでろー!」
「負けろ奴隷!」
「エッチなダンスしろ!」
四方から向けられる差別ても、ジェルリさんは物怖じしなかった。
それどころか彼女は、ニタニタと意地悪く笑って見せている。
「負けんのはそこの小僧だよ」
リュウトが首をかしげる。
「それって」
そう言いつつ、手のひらを開き、一本の針を見せた。
「俺の足の裏を刺そうとした、これのこと?」
ジェルリさんの顔が硬直する。
おそらく、針を投げながら地面に設置したものだろうか。リュウトが一歩踏み出したときに刺さったはずだが、彼に異変は起きていない。
「あれ? 俺なんか驚かれるようなことした? こんくらいの針じゃ肌傷つけることすらできないよ、って……もしかして俺だけ?」
ジェルリさんは視線を落とすと、大仰にため息をついた。
「まいったね〜こりゃ。勝てないわ」
ゆらりと、その面を上げる。
湧き上がる闘志と殺気を放つ瞳は、まるで敗色濃い戦場で特攻する兵士のような虚無と闇を、奥深くに秘めていた。
「手加減してちゃあね」
途端、ジェルリさんは自身の胸に針を刺した!
「見せてやるよ、おばあちゃんの知恵袋ってやつを!」
ぐぐっと足に力を込め、とても老婆とは思えぬ速さで走り出した。
さらにギュッと強く拳を握る。間合いに入った瞬間に殴りかかるのか。
それはリュウトも感知していて、呆れながら攻撃を待った。
老いぼれのパンチなぞ効かないとでも言いたいのだろう。
しかし、その自信もすぐに崩れ落ちる。
ジェルリさんの拳は確かに、間違いなくリュウトの顔面に直撃し、唇を切ってやったのだ!
これにはリュウトも驚きを隠せない。
「解せないかい小僧。針師舐めんなよ」
これほどの力を引き出せたのは、十中八九ジェルリさんが自分の秘孔を針で刺したからに違いない。
身体能力を極限まで高めたのか、詳しくはわからないが、これで勝機が見えてきた。
「ババア!」
今度はリュウトがパンチを繰り出す。
ジェルリさんは待ってましたと言わんばかりに、強化された筋肉でリュウトの腕を掴み、手首の裏に針を突き立てた。
そう、これが針師の策。
人間の皮の薄い箇所、血管が浮き出ている弱点中の弱点に、ジェルリさんは渾身の力で針を突き刺した!!
「泡吹いて気絶しろ!」
「ちっ」
リュウトはジェルリさんの頭部を鷲掴みににすると、壁に向かって投げ飛ばした。
ジェルリさんは衝撃と痛みを受けながらも、笑みを絶やさない。
すると、リュウトは何事もなかったかのように、ケロっと告げた。
「悪い。神様から貰ったチートで毒とか効かないんだわ」
リュウトは先ほどよりも巨大な、彼の圧倒的な力を具現化したような特大の火球を、ジェルリさんに放った。
ジェルリさんはきっと、今日はまずい日だと予感していたのだろう。
賞金で孫に誕生日プレゼントを買う願望は、たったいま散ってしまった。
「俺の仲間を騙した罪、償うんだな」
これは真剣勝負で、相手の戦法がわからないのはお互い様じゃないか。
たしかにトクメザのように、第三者を利用するのは反則だ。
でも、ジェルリさんは試合中に嘘をついただけである。
ブラフなんて、格闘技でもスポーツでも珍しいことじゃない。
それなのにまるで、犯罪者のように扱って。
私は、このリュウトという男が、気に食わなかった。




