召喚4
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「お待たせしましたー」
紅依奈が、お盆にティーポットとマグカップをお盆に載せてやってきた。
外人顔だから緑茶よりも紅茶を選択したのだろうか・・
しかしなかなかに準備に時間がかかったらしい。
うちの電子ケトルは2分もあれば冷水でも沸騰する。
家に何百回と侵入していることから、どこにカップがあるかわからなかったわけはない。
なのに準備に五分以上もかかったところを見ると、おそらく俺とクオンが話し始めるまで待機していたと考えられる。
用意周到言うかなんというか・・・
彼女は三人分の紅茶を入れ終わると俺の隣に座ってきた。
どうやらコの字ソファーの特徴を生かすつもりはないらしい。
彼女にも今しがた自分が受けた説明をしないと、話が前に進まないので仕方なく口を開く。
「彼の名前はクオン、世界の危機を救うために現れた英雄で今までも何度も世界を救ってきたらしい」
続いて紅依奈のほうを紹介する。
「彼女の名前は神袖紅依奈、俺の幼なじみ」
簡単な説明の後、人間だということを聞いて安心したのか紅依奈が口を開いた。
「それで・・私たちは何か協力すればいいの?」
こいつ・・・相手がただの身元不定の人間だと思ってなんて態度だ。
腕を組んで背もたれに寄りかかるその姿は、不遜そのものを体現していると言っていい。
「いやお前、敬語使えって」
俺が紅依奈をたしなめているとクオンが「ふふ」と軽やかな笑い声をあげた。
俺たちのやり取りが夫婦漫才にでも見えたのだろうか。
「別に普段通りに話してくれていい。年齢も同じくらいだろうし」
クオンは爽やかな笑顔で、紅茶を飲んでいる。どうやら紅茶は気に入ったらしい。
なるほど確かに日本語の敬語というシステムは面倒で無駄なシステムだと思う
「わかったよ。それで俺たちが何か協力したほうがいいのか?」
話を戻すとクオンが
「……ずいぶんと積極的だな。のみこみよすぎないか?」
確かに普通に考えたら突然現れた不審者に協力を申し出る奴なんていないからな。
しかしそれには理由がある。
「この世界では、異世界に転生や転移して活躍する物語が人気なんだよ。」
もし俺がパリピで陽キャでウェイ系だったらもちろんこの状況を呑み込めてはいなかっただろう。
しかし俺はむしろ陰に近い人間だ。
しかも異世界転生なんて最も好きなジャンルだし、数年前は思春期特有の病にかかっていたほどだ。
クオンは納得したらしく次の言葉を口にした。
「この世界での陵魔たちの役割は何なの?」
「役割?」
「まあ仕事というかなんというか。騎士とか聖女とかそういうことだよ」
まあ確かに役割によっても協力できることは変わってくるだろうし。
「二人とも学生だよ。それに学んでるのは剣とか魔法じゃないよ。
まあそもそもこの世界に魔法は存在しないけどね。
経済学とか物理学、数学、歴史学、いろんなことを学んでる。
でもこの国では武力じゃなくて知力が高い人が評価されるんだ。
専門的に一つのことを学んでないのは俺たちがまだ評価段階にあるからなんだよ。同世代で同じことを学んで習熟度を競い合ってるわけ。」
この返答には、さぞがっかりしただろうと思いつつ紅茶を飲んでいると対面の真紅の瞳と目が合ったので思わず紅茶を一気飲みしてしまった。
淹れたての紅茶は、予想通り熱く喉奥をやけどした。
何故動揺したのか。
それはきっと幾多の主人公たちが経験してきたものと同じだろう。
この温室育ちの人間にできることはあるのか・・・
もう一度冷静に彼の顔を見ると決して嘲笑などはしていなかった。
「なるほど。まずこの世界のシステムについて学ぶ必要があるな」
どうやらこの世界は数々の異世界の中でもなかなか異質らしい。
「じゃあもっと詳しく説明しようか?まあ俺にもわからないことだらけだけど」
教えられるのは、日本のことに関してだけだが知らないよりは、ましだと思い提案したのだが返答は意外なものだった。
「いやこの世界にも書物があるんだろ?」
本か・・常識から学ぼうと思ったら結構な量になるぞ。いやそれ以前に、
「あるけど・・この国の文字読めるの?」
この地球ですら何千という言語が使われているのにそこから学ぶとなると数年はかかるとおもわれる。
「そこは、ほら魔法の道具でどうにかするから。」
クオンのトンデモ発言に対して、そんなのありかよ・・と思っていたのが、そもそも異世界人と会話ができている時点でありだよな。
「俺の仲間になるってことでいい?」
「いいけど・・・俺たち戦闘能力皆無だよ」
まあ、たぶんこの世界の戦闘力最高値を持つ人間でも、せいぜいゴブリンと素手でやりあえるかどうかだけどな。
「まあもちろん戦闘のサポートもしてもらえたらうれしいけど、それよりこの世界を知ってる人との付き合いが重要になってくるからさ」
「魔法で何とかなるんじゃないの?」
「魔法で人を操ってもさ、言うことを絶対に順守する人形にしかならないんだよ。だから臨機応変に対応できる仲間が必要なわけ」
なるほど魔法を使っても、出来ることとできないことがあるということか。
するとクオンからもっと具体的な言葉が飛んできた。
「この家って空き部屋ある?」
この家は、家族で住むことを考慮して作られた一軒家なので一人暮らしという今の現状では空き部屋は結構たくさんある。
この質問をわざわざしてきたということは
「あるけど・・」
クオンからは予想通りの言葉が返ってきた。
「じゃここに住まわしてもらってもいい?」
まあ、断る必要もないので
「いいよ」
と返事すると
「じゃあここが俺たち三人の拠点な」
などと言って笑顔を浮かべている。何度目でも未知なる世界の攻略は、楽しいのだろうか
「それで明日って学校はあるの?」
明日は、日曜なので
「明日は休みだけど・・・」
と返すと
「じゃあ明日は町を案内してくれよ。この国の服装に着替えたいし」
確かに早く街を探検したくてたまらないよな。
「じゃあ今日はもう寝よ。部屋案内するよ。」
ひとまず使わずに放置されている二階の部屋を使ってもらおうと思い二階に案内しようと思ったのだが、紅依奈も一緒について来ようとしたので
「お前はちゃんと自分の家で寝ろよ」
と言うと彼女は
「明日の朝8時ここ集合で」
といい隣にある自宅に帰っていった。