英雄の回答
俺たちは数分間夜道を歩き自宅にたどり着いた。
家のドアを開け中に入る。さりげなく紅依奈も続いて入ろうとして来るので
「もう遅いから自分の家に戻れ」
と注意すると、紅依奈は不満そうな顔をして
「遅いってまだ9時だよ?家だってすぐ隣なんだし・・・」
とつぶやく。
そんな紅依奈に俺は、
「いいから今日はもう帰れ。」
更に念を押さんとばかりに紅依奈の目を見つめ、「な?」と語りかける。
「わかった今日は帰る。」
彼女は何かを感じ取ったのかおとなしく帰った。
紅依奈を帰らせたのには理由がある。それはクオンに聞くべきことがあるからだ。
リビングのドアを開けると数時間前と同じ位置でゲームをしているクオンが目に入る。クオンはこちらを向こうとしないが俺は問いかけ始める。
「なあ聞きたいことがあるんだけど。」
俺の言葉に対し彼は振り返ることなく返事もしない。
彼はこちらを見ようとしない。
「単刀直入に聞く。紅依奈には何を与えたんだ。」
クオンが、無言のまま何も答えようとしないことに、いら立ち更に言葉を重ねる。
「契約の話だよ。紅依奈の望みは何だったんだ?」
しかしクオンの口は堅く閉ざされたままだ。俺はソファーに座り背を向けているクオンをこちらに向かせようと肩を掴む。そこで彼は初めて言葉を口にした。
「その問いに何の意味がある。この答えに何の意味がある。もう気づいてるんだろ?」
クオンの的確な指摘に俺は動揺させられた。それでも俺は震える唇で言葉を発する。
「ああ、薄々気づいているよ。ショッピングモールの事件から俺は【弱い】という思考につながる行動をとろうとすると脳に激痛が走り思考がまともにできなくなる。これはお前がやったことなんだろ?」
クオンは、口元だけ笑顔だが目は笑っていない。
「すごいよく気付いたね。でもそれなら何を俺に求めているんだ?」
と、クオンはどこか他人事のように口にした。
「気づくのは簡単だったよ。自分で言うのもなんだが紅依奈があんなに俺に食い下がることなんて今まで無かったからな。まあ別に元に戻してくれればいいから。」
しかしクオンは驚くべきことを口にする。
「無理かな。」
「いやそこはチート魔法で何とかしてくれるんじゃないのかよ!」
俺が怒号に近い声を上げてもクオンは一切動揺しない。
「前にも言っただろ、あまりに世界の理から逸脱した行為は出来ないって。」
確かに言っていた。けれどもなら何故俺の思考を制限することが可能なんだ?俺の無言の問いにクオンは、淡々と答える。
「これだよ。むしろこの世界の学問についてはお前のほうが詳しいんじゃなかったのか?」
するとクオンはこちらに一冊の本を投げてきた。その本の背表紙はフィルムに覆われさらに背表紙には番号が書かれたシールが書いてある。間違いないこれは、図書館の本だ。今日の放課後図書館に行くことを進めたのは、俺だ。その時に借りてきた本だろうか・・表紙には【サルでもわかる心理学について】と書いてある。
「つまり人間の心の部分に干渉したと。だけどそれこそ無理なんじゃないか?」
確かクオンは、似たような理由で協力者を求めていたはずだ。するとクオンはあざ笑うように答えた。
「なんだったかなー確か紅依奈が病名言ってたんだけどその本には載って無くてさ・・。
まあ簡単に説明するとお前の精神に極度の負荷を与えて精神にひびを入れたんだよ。
お前を窮地に追い込んで俺の持ってるアイテムで幸運度を極限まで下げたんだよ。
だから普通の精神治療じゃないと治らない。だからこの本で探してたんだと。」
なるほど確かに道理が通ってる。つまり俺はこの病気と付き合ってかないといけないと・・・俺が失意のあまり無言でいるとクオンが口を開く。
「でもさ、お前も望んでいたんじゃないのか?いや逆かお前が認めなかったんだろ。
あの時の【弱い】お前を。」
言葉に反応し激痛にゆがむ視界の中、確かな憎悪だけが俺の心の中にあった。
俺は、リビングから逃げるようにして二階の自室に駆け込んでいた。
俺は痛みに突き動かされるように、帰宅中に考えたものを作っていく。
クローゼットにしまっていたエアブラシとコンプレッサーを出し脳内の設計図通りに作っていく。
俺は黙々と作っていく。
作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく、作っていく。
ただ手を動かし続けること数時間目的のものは完成し、脳内の痛みも引いていた。
痛みが引いた理由は、簡単に理解できる。戦いのための装備を作ることは戦いから逃げることは対局にある。つまり【逃げる→弱い】という思考の反対の行為だから痛みから解放されたのだろう。
今すぐ紅依奈の家に行き彼女を問い詰めれば病名もはっきりするだろう。しかし今彼女を問い詰めたところで既に彼女がどうこうできる範囲を超えている。
わざわざ彼女を問い詰めて苦しませるほど子供でもあるまい。それに彼女も俺が気付いていることに薄々感づいているようだった。
いや、どうやら俺も紅依奈との歪な関係にかなり浸ってしまっているらしい。
普通なら、怒りに任せて彼女を罵倒するか、それとも優しく諭すか・・・しかし俺は今の状況ですら俺一人で解決すべきだと思っている。
俺はそのまま横になると眠りについていた。