召喚2
2
忙しく階段を登る足音が響く。誰かが二階に様子を見に来たのだ。
こういう状況下では大抵親がくるものだがうちは父子家庭だし父は海外で仕事をしている。つまり家には誰もいないはずなのだ。
考えられる可能性は二つ。
このタイミングで海外から偶然帰ってきた父か、もしくは合鍵を持つ幼なじみか・・・
まあまず間違いなく後者だろう。
幼馴染 “神袖 紅依奈 ”は、ほぼストーカーである。
昔から家ぐるみで異常に仲が良かったため、5年前父が海外赴任するときに何の家事もできない俺を心配し鍵を渡していたのだ。
通帳一冊と保険証などの各種身分証明以外は特に何もない家だったので盗まれるものもなかったが。
三か月ほど世話をしてもらい自立した生活を送れるようになると鍵は無事返還されたのだがここで問題が発生した。
紅依奈は秘密裏に合鍵を作製していたのだ。
当時中学生だった俺は最初のうちは、幼なじみが毎日世話を焼いてくれることに少なからず興奮したのだが、時間がたつにつれストレスを感じ始める。
けれども、いくら返却を求めても一向に返す気配がないため既にあきらめた。
しかしこの真っ二つに割れた机と突如現れた少年はなんて説明したらよいのか。
あれこれ考える間もなくガチャ、という音が聞こえ扉が開いた。
「何なのさっきの爆音」
あきらめて現実から逃避するように目をつぶった。しかし幼なじみが続いて発した言葉は意外なものだった。
「特になんともないようでよかった。安心した」
おいおい嘘だろ、この状況がなんともないなら、今後はアメリカのドラマみたいに家に友達を呼んでパーティしても笑顔で許すだろう。
いやむしろ一緒に踊りだすかもしれない。などとくだらないこと考えながら目を開けると驚いたことに机は元通りになり少年は消えていた。
ドアのほうに目を向けると黒髪の少年ではなく見覚えのある黒髪巨乳の幼なじみが立っていた。
「大丈夫何にもなかったって。だからもう家戻れよっ」
「せっかく来たのに」などとぶつぶつ言う紅依奈の背中を押して部屋の外に追いやろうとしたとき紅依奈の後ろで二つの赤い光点が光っているのに気付く。
それは、照明の光などではなく、少年の瞳だった。
「うわあぁっ」
無様な悲鳴を上げながら床に倒れこむ俺を彼女は不思議そうに見つめている。
「お、お前後ろ、後ろっ」
彼女は不可解な表情を浮かべながら後ろに振り向くと
「ひょわわぁ!」
などという奇怪な悲鳴を上げ俺と寸分たがわぬモーションで倒れこんできた。
そのまま俺の上に着地した彼女が小声で話しかけてくる。
「誰あの外人・・陵魔の知り合い?」
確かに彼女の言う通り少年の顔はどう見ても日本人じゃない。
「いや俺の知り合いじゃねって」
「じゃ誰なの」
「いやさっき配信してたのはお前も見てただろ? その時突如現れたんだって。」
彼女の表情が曇っていく。同じく自分も彼がなんであるか一つの可能性を思い浮かべていた。
恐る恐る彼女の口が開く。
「つまり・・・」
続く言葉は二人当時に発声していた。
「「悪魔ってこと?」」
深夜同じ部屋に、幼馴染と悪魔がいるという状況に完全に思考停止に陥っていた。
「どうするこの状況」
「・・・」
このカオスな状況を作り出した一端でもある幼なじみに話しかけたが反応はない。
数秒後彼女は、おもむろにポッケトからスマホを取り出した。
そのままスマホを悪魔に向けると・・
「ってうおおぃいい」
紅依奈の腕を掴むとそのままもう片方の手でスマホを取り上げた。
「お前何やってんだよっ」
彼女はスマホで悪魔を撮影しようとしたのだ。
「つい・・・」
「うわー現代っ子の正常性バイアスこえー」
あおられた紅依奈は、ほっぺを膨らませているが、ひとまず無視して冷静に現状を分析しようと試みた。
この状況、異常事態であるはずなのにどこか既視感がある。
俺は横目で部屋にある本棚を見た。
そこにはカラフルな背表紙の文庫本がいくつも並んでいる。
そうまさにこの状況は何度も英雄譚で読んできた。
つまり最初にすべき行動は・・・
すると紅依奈が口を開いた。
「まず意思疎通が可能なのか確かめないと」
どうやら彼女も同じ思考に至っていたらしい。
「わかった、後は任せた。」
驚きの表情を浮かべた後、紅依奈は悪魔のほうを見てしゃべりだした。
「What food do you like ?」
いや確かに日本人離れした顔立ちだけどなんで英語?
もし別世界から召喚されていたとしたら、日本語が通じなかったらほかの言語も通じないだろう。
さぞかし悪魔も不思議に思っているだろうと思っていたが
「召喚された直後に、好物を聞かれたのは初めてだ。」
悪魔と呼ぶにはあまりにもさわやかな、いわゆる天使のような笑顔で笑った。