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英雄の休日6

 6


 紛れもなく死を覚悟した俺の体に強い衝撃と痛みが走りそのまま後ろに倒れこむ。


 しかし痛みを感じたのは、瓦礫が落ち来たはずの頭にではなく、腹部だ。


 状況を確認しようと思い瞼を開けるとそこには紅依奈がいた。


 紅依奈が、覆いかぶさるように乗っかっている。


 紅依奈が落下してくる瓦礫から、俺をかばうために飛び込んできたのだ。




 体を起こすために、上に乗っかっている紅依奈の体を持ち上げようと肩を掴むと、ぬるりとした感覚を両手に感じた。


 紅依奈からあふれ出ているその生暖かい液体が何なのか確認しようと手のひらを見た…


いやわざわざ視認する前に脳内ではそれが何か無意識のうちに理解していた。


 血液だ。


 太い動脈を傷つけたのか、紅依奈の拍動に合わせてとめどなくあふれ出してくる。


 俺は無意識に彼女の体を抱きしめていた。


 抱きしめて感じた鼓動のリズムが完全に出血と同期していることに気づき、これが紛れもない現実だと認識した。


 とめどない感情の起伏に襲われ思考が定まらない。


 俺は今何をするべきなのか…


 いやまず冷静になるんだ。


 冷静になり俺は絶望した。


 紅依奈にどのような応急処置をすべきなのかという困惑の感情。


 世界を守る協力者として契約したのに助けに来ないクオンへの怒りの感情。


 何もできない無力な自分への怒りの感情。


 怒り、困惑、怒り、怒り、怒り、困惑、怒り、困惑、困惑、怒り、困惑、困惑、怒り、怒り、困惑、困惑、怒り、怒り、怒り、怒り、怒り、怒り、困惑、怒り、困惑、困惑、怒り、困惑、困惑、怒り、怒り、困惑、怒り、怒り、怒り、困惑、怒り、困惑、困惑、怒り、困惑、困惑、怒り、怒り、困惑、困惑、怒り、怒り、怒り、怒り、


 いや俺の中にあふれる感情の中で大部分の占めるのは、


 この場所から逃げ出したいという感情だった。



 ・・変われると思っていた。


 何か人生のターニングポイントとなるような出来事が起きた時、立ち上がり巨悪に立ち向かえるような自分を想像していた。


 しかし何も変われなかった。


 両親の愛に飢え嘆き求めていたはずなのに、間違いなく自分に愛を注いでくれた幼なじみを助けるために立ち上がることすらできない。


 物事を俯瞰的に眺めて適切な行動をとって来たつもりだった。


 しかし、それは自らの行動をただ正当化してきただけだ。


 今ですら、


「客観的に見てこんな状況なら逃げてもしょうがない」などと思っている。


 なんで俺はこんなに弱いんだ。


 俺は・・・・


 ピキッ


 奇怪な音とともに俺の意識は途絶えた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 気づくと自分が何もない真っ暗な空間にいることに気づいた。


 そして視線の先に、一人の少女が倒れていることに気づく。


 駆け寄ろうとするが、体も動かず、声が出ない。


 気づくと、少女の血が足元に満ち、足首まで浸かっていた。


 するとそこに二人の少年が現れ、少女に駆け寄る。


 よく見ると二人は幼き日の自分だと気づく。


 一人は、小学生低学年くらいの俺だ。知恵も知識もない、だからこそ恐怖というものを知らず何事にも臆さず立ち向かっていた。


 もう一人は中一くらいの俺だ。正しき行動とルールを守ることを何よりも重視していた頃の俺。正しきことを愛していたわけではない、決められたこと、正しき事に従事することで自分の存在価値を証明できると思っていた。


 懸命に少女を助けようとしている彼らは、こちらに気づいたらしい。


 二人はこちらに一度侮蔑の視線を向けた後、また少女の救助に向かった。


 どうやら俺の強さや勇気は、成長するたびに退化してしまったらしい。


 なら俺さえ消えれば、俺(弱さ)さえ消えれば、立ち上がれるのか?

 ふと気づくと手だけ自由に動くことに気づく。


 自分の首を掴み絞めようとする。


 しかし恐怖で手に力を籠めることができない。


 そりゃそうか死ぬ勇気があれば、もともと弱くなんてないもんな。


 すると俺の行動に気づいた少年たちが近づいてきた。


 そして二人に同時に首を絞められる。


 ・・・そうか何よりもお前ら(過去の自分)が認めないのは今の俺だよな。


 そのまま意識が途絶えた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 気が付くと俺は、現実世界に戻ってきたらしい。


 しかしさっきとは、打って変わり体の震えは止まり感覚は極限まで研ぎ澄まされていた。


 両手に滴る紅依奈が熱い。


 彼女をそっと地面に寝かせ立ち上がる。


 脳裏に、一瞬逃げ出したいという考えが思い浮かんだが、脳が焼けるような痛みに襲われ思考を妨げた。


 前を見るとクオンが西洋の騎士を思わせるような白い甲冑を着た敵と戦っていた。


 なるほど、だから助けに来れなかったのか。


 今俺が戦闘に参加して、役に立てるのか?


 弱さを克服しても、力がなければ・・・


 いやある。


 簡単に手に入る力が今ポケットに入っているじゃないか。


 クオンの契約書をポッケトから抜き出し両手についた赤いインクで名前を記す。


 そして叫んだ。


「クオン」


 敵と剣を交えていた彼は突然の大声に振り向いた。


「契約だ。俺は、英雄をしのぐほどの力・・・すべてを手に入れる力が欲しい・・・」


 クオンは少し微笑み


「契約成立だ」


 と高らかにに叫んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 興味深く拝読させていただきました。 クオンという異なる存在を介しながらも、淡々とした日常を描くものと読み進めさせていただきましたが、ここにきて大転機となりましたね。むしろいっそ、ここを初手に…
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