20年の壁って、結構厚い?
―――
「蓮ちゃん……あの」
「……ごめんね、嫌いになったよね。こんな私の事、さ」
零くんには、『現実の私』を見せたくなかった。
―――遡ること、15時間前。
『現実』での、職場で起きた出来事。
私は、勢いで零くんを押し倒してしまった。
運悪くジャストタイミングでやってきた小太りの男性は、
私の直属の上司・作間さん。
「山野……お前……!」
「ひっ、あ、あの! すみません! これはかくかくしかじか!!」
「言ってる暇があったらそこをどけ!」
「ひえええっ!? は、はいぃ! すみません!!」
作間さんは、私を押し退け零くんが起き上がる背中を支えた。
「大変申し訳ございません! うちの馬鹿が……!
お怪我はありませんか!?」
「いえ……私が山野さんを巻き込んでしまったんです。
お気になさらないでくださ……」
「しかし! 藍内さんにとんだご無礼を……!
こいつの事ですから何か失礼があったかと……!」
「……」
「おい山野! お前も藍内さんにすぐ謝れ!
いつも口だけの『すみません』は言うくせに、なんでここで言わない!!」
聞き慣れた、いつもの怒号。
この姿を零くんに見せてしまったのが、情けなくて、辛い。
涙を堪え、私は零くんに深く頭を下げた。
「大変、申し訳ございませんでしたっ……」
最後で、声が詰まってしまった。
今日もトイレの個室を占拠して、声を殺して泣いた。
―――そして、現在。
『夢』の中に戻る。
『現実』の零くんと出会って、初めての『夢』の中。
昨日の甘々な雰囲気はどこへやら。
零くんの告白の返事は、Noと言うつもりだ。
だって、あんな私を好きになる人なんて、いるわけない。
ここにいるのは、偽りの私だから。
「だってさぁ! 零くんってあの有名な超大手企業の社員さんで、しかもリーダー!
それに比べて私は、ただのアルバイト! 就職活動は123連敗! もう笑っちゃうねぇ!」
「蓮ちゃん……」
「零くんはさ、もっと素敵な人がいると思うんだ!」
「……!」
「私はさ、私らしく一生誰かに踏まれて生きてい……ひゃあっ!?」
視界がぐらっと揺れた。
『夢』の世界の空が見えるかと思いきや、零くんの顔がどアップで映る。
……これ、朝と体勢逆バージョンだ。
次は私が、零くんに押し倒されてる。
「僕が大好きな人のことを、否定しないで」
「それは、『夢』の私のこと……でしょ?」
うわ、零くんの息が顔にかかる。近い……!
体がみるみると熱くなっていく。
「ここの蓮ちゃんも、『現実』の蓮ちゃんも、
同じでしょ? 他人じゃない」
「……他人だよ」
「へぇ……?」
零くんの両手が、私の頬を包んだ。
あったかい手……
その手の心地良さによる安心と、緊張が入り混じる。
「僕が見間違うはずがない。蓮ちゃんは、蓮ちゃんだよ。
『現実』で見た君も、僕が知ってる蓮ちゃんだった」
「なんかそれ、『ここ』の私まで否定してない……?」
「ふふ、そう取っちゃったか。
いつもと変わらない、そそっかしいけれど癒される蓮ちゃんだったよ」
「ほらもー! そそっかしいって言った!」
「ふっ……ははは! ごめんごめん、貶したわけじゃないよ」
笑い声が響く、私たちの『夢』の中。
これが、いつもの私たち。
20年ずっと続けた『この関係』が、やっぱり私たちにはちょうどいいのかも、と思ってしまった。