『現実』でしか見えない、君の顔
「零……くん……?」
僕はまだ、夢を見ているのだろうか……?
―――数時間前。
蓮ちゃんが『夢』でいなくなった後、自宅で目を覚ました。
まだ朝は早いが、蓮ちゃんに近づいた時の興奮がおさまらず、
再び寝る気にもなれない。
今日は早く会社に行ってみようか。
身支度を整え、愛用の黒いコートを羽織る。
今思えば、『虫の知らせ』というやつだったのかもしれない。
ただの偶然だと、思いたいけれど。
会社に出社してわずか数分後。
会社で貸し出ししている、プリンターのエラーを検知する通知が鳴った。
このエラー自体はよく見るけれど、こんなに朝早く……
勤勉な会社もあるものだな、と思いながら電話をかけた。
電話の向こうの女性の喋り方、なんだか蓮ちゃんっぽいな……と
微笑ましくなったのはここだけの話。
客先までは、10分弱で着く場所だ。
僕は管理職だけれど、たまには営業も悪くない。
新人だった頃の自分を思い出し、初心に帰った気分で会社の外に飛び出した。
―――
「はす……ちゃん……?」
この人は、『現実』では初対面なはず。
だけど、相手も僕の名を認識している。
間違いない。
この人は、僕が知っている『蓮ちゃん』だ。
ピー! ピー!
夢見心地だった僕たちを、『現実』に引き戻す音がなった。
「あ、えっと……ぷ、プリンター!
お願い!! ……いえ、お願い、します……」
そうだ、ここは『現実』だ。
業務をこなさなければ。
……ここは、『夢』じゃない。
「山野さん、ですね。
藍内と申します。本日はよろしくお願い致します」
僕は『現実』の蓮ちゃんに名刺を差し出した。
『株式会社アーテルテクノロジー 技術部リーダー
藍内 零』
「ぁ……」
名刺を見た蓮ちゃんが漏らした声を、僕は聞き逃さなかった。
―――
プリンターのエラーの原因は、過剰な用紙のセットが原因の紙詰まりだった。
現在時刻は午前8時20分。
5分も経たないうちに、エラーはあっさり解消した。
「この度は、ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」
「いえっ! あの、私のミスだから! ……ですので」
お決まりの社交辞令に、蓮ちゃんがあたふたするのが見えた。
「……」
『山野 蓮』とネームプレートが貼られたデスクに視線が向く。
デスクトップには、大量の付箋が貼られていた。
『チェック忘れない!』『間に合わせる!』『PCの電源確認!』
そして、何個か剥がれ落ちていてそのままになっている付箋も。
そそっかしい蓮ちゃんらしいな、と笑いが漏れそうになる。
「あ、あぁぁぁ!!! 見ちゃ駄目だから! 駄目ですうぅっ!!!」
大慌てで蓮ちゃんが僕に突進。
ちょっと、この近距離では……!
判断が間に合わず、僕の体はフロアに打ち付けられた。
蓮ちゃんは、僕の上に馬乗り状態。
ガチャ。
フロアのドアがタイミング良く開く。
「よー、はよっすー……ん?」
「「あっ」」
この問題のシーンをどうにか円満に解決する方法を、僕は模索するのだった。