思い出パスワード
旧世代の人類は、死蔵することを好んだようだ。分けあうことをためらい、必要以上に集めようとする。祖父もそうだった。
「敵だらけの時代を生きていた。世界が大きく変わっても、この習性は死ぬまで治らんよ」
口にしていたとおり、祖父は、金庫に何かを保管したまま亡くなった。
なかには何が入っているのか。教えてもらったことはないが、祖父にとっては大切なものであり、この金庫と同様、旧世代の遺物であることは想像できる。
我々はモノに執着する。
そうやって、感情や懐かしさに浸るのだろう。
たとえ悲しい記憶でも、忘れがたい、大切な思い出なのだから。
遺された文章を読めば、苦笑する、祖父の姿が思い出される。
『鶏が卵を産んだなら
僕らはお湯をわかすだろう』
文章のなかには、金庫の扉を開く「合言葉」も記されていた。
『ゆでるのではなくのせるだけ
熱いお湯をそそぐだけ』
意味のわからない「合言葉」を入力して、金庫の重たい扉をあけた。