アキラ、腹を括る
本殿の前にある賽銭箱に女が小銭を投げ入れたあとパンパンと柏手を打つ。
俺はただ、それを見ていた。
気が付いた女が、俺のほうに振り向き「あなたの分も入れておくね」と、小銭を投げ入れてくれた。
……そう。
俺たちは政府の発行する通貨を使用する権利を持たない。
だから、小銭とはいえお金を持っていない。
もちろん、貯金通帳やキャッシュカードも作れない。
おっと、お願いごとを言うんだった。
「ユキに、また会えますように」
なんか七夕の短冊に書くような願い事になったのが恥ずかしい。
「じゃぁまたね!」
女は俺に手を振って去って行った。俺はそれを見送りながら思う『まただ……』
俺たちにどれだけ好意的でも、余り長い時間一緒にいてくれる人はいない。
それは俺たちが違法に暮らしているからで、結局は拘わり合いになりたくないのだろう。
政府は俺たちを認めていない。だから俺たちを政府機関に密告すれば政府から金が貰えるらしいという噂も聞いたことがある。
何日か情報収集のために動き回ったが、集まった僅かな情報によると、大体の人たちはユキがいなくなったことを知っている。
ただそれだけだった。
一週間情報収集を続けていたが、日を追うごとにユキに関する情報が乏しくなっていくのを感じて焦った。
所詮、自由な奴等にとってみれば、俺たち不自由な奴等は拘わるべき相手ではないのだ。
毎日外をうろつき回って夕方に隠れ家に帰る前、供養塔に立ち寄るがまだユキが埋葬された気配はない。
その都度安心と焦りが俺を襲う。
「もう、腹を括るしかない」
次の日、俺はユキが捕まった場所より先にある、決して近寄ってはいけない場所に近づいた。
そこは捕らえられた仲間たちが、監守に見張られながらフェンスの中で運動をさせられる施設だ。
監守の何人かが直ぐに俺を見つけて、何やら本部に連絡を取っているように見える。
その日は、それで帰った。
そして次の日もまた、同じ時間にそこを訪れた。
次の日、俺が予想していた通り既に護送車が控えていて、俺の姿を見つけるなり軍服の男が叫んだ。
「こいつ、このまえの奴だ。油断するな!」
馬鹿な奴。 もう俺は反撃するつもりはない。
それに、わざわざ二日続けて、お前たちに見つかるほど馬鹿な真似はしない。
つまり俺は、お前たちに捕まるためにここに来たのだ。
そう、ユキの所に行くために、馬鹿なお前たちを利用しているに過ぎない。
しかし奴らは、抵抗もしない俺を網に掛けると、乱暴に取り押さえ護送車の中に押し込めた。
護送車の鉄格子の窓から、俺とユキが過ごした森が遠ざかって行く。
二度とここに戻って来られないかも知れない。
そう思うと急に悲しみが込み上げて大声で泣いた。