家族
この家に引き取られて、いつの間にか三年。
ついこの前まで、俺たちと同じように四つ足で歩いていたサユリも彼らと同じように立って歩くようになった。
サユリは何度言っても、物を散らかすのでいつも俺とユキが片付けている。
それから年に数回、あの収容所……いや、正式名称は動物愛護センターと言うらしいが、俺たちを連れて彼らはそこに行く。
俺たちが監守と呼んでいた奴らは、監守じゃなくて職員さんと言うらしい。
そして職員さんたちも俺たちの事を覚えてくれていて、行くたびに喜んでくれる。
俺がユキを助けるためにウ〇チしたときにリードを放したドジな新米の職員さんも今じゃ立派な獣医さん。
行くたびに俺とユキの事を可愛がってくれる。
「コダイ君もユキちゃんも相変わらず健康そのものね」
獣医さんに呼ばれた俺の名はアキラではなく、コダイだ。
どうも人間界では、ユキと言う名前と相性のいい名前はコダイってことになっているらしい。
不満な俺に向かって、ユキが楽しそうに言う。
幸せなら名前なんてなんだって良いじゃないと。
確かに俺たちは幸せだ。
新しい家族と一緒に暮らし、食事の心配もいらないばかりか、雨風にさらされる事も無い。
おまけに寒い冬場も体を丸くして凍えながら過ごす事も無く、暖房のついた暖かい部屋、フワフワの毛布の上で寝ることが出来る。
変な奴らに石を投げつけられる事も無ければ、軍服の男たち(作業服を着た保健所の人と言うらしい)に怯える事も無い。
ひょっとしたら、あの時俺が何回も奴隷市(正式には譲渡会というらしい)に出されなかったのは、所長がこの家の主が来るのを待っていたからなのではないだろうか。
いや……。
ひょっとしたら、このシナリオを描いてみせたのは所長ではなくて、ユキなのでは?
「なあ、ユキ。ひょっとして、こうなるように仕組んだのは――」
俺の言葉を遮るように、ユキが俺の口にキスしてきて言った。
「ねえ、コダイくん。幸せですか?」
「幸せに決まっているだろ」
俺が照れながら答えると、ユキが寄り添ってきた。
ソファーの上で寄り添う俺たち。
その俺たちを挟むように座っているのは、御主人のマサキさんと奥さんのナツミさん。
そしてナツミさんの膝に抱かれているのがサユリ。
いったい誰が“奴隷”などと俺に吹き込んだんだ?
これは奴隷なんかじゃなく、立派な家族じゃないか。
「なあ、ユキ」
ユキはフフフと笑う。
その笑顔を見て、俺は思い出した。
“そうだ、奴隷と俺に吹き込んだのは、ユキだ! ……でも、何故?”
俺の顔から、俺の考えている事を読み取ったのだろう。
「女は執念深いから、一度捨てられたら絶対に許せないのよ」
「だから二度と人間の家族にならないように俺に教えたんだな。ひょっとしてユキ、いつかここを脱走するつもりなのか?!」
「まさか。こんな良い人たちの家族になれたのだから、それはないわ。でも、貴方には人間は酷いものだと教えておきたかったの。直ぐに尻尾を振って付いて行っちゃうでしょ。特に若い女性が大好きだったから」
たしかに、俺は若い女性が好きだったので、恥ずかしかった。
「人間は、よく見極めなくては駄目。誰でも飼い始めは優しいの、特に若い女はね。でもね、家の外で飼われたり塩分の多い食事を与えられたり、散歩をサボったりするような家に行くなら自由に外で暮らしている方がマシよ」
「だったら、ナツミはユキの眼鏡に叶ったと言う事か」
「そうよ、そしてマサキもね」
やはり全てのシナリオを描いていたのはユキだった。
「人間に選ばれるだけでは駄目。私たちも人間を選ばなくっちゃ」
いつのまにかマサキとナツミ、それにサユリの手が伸びてきて、ユキと俺を撫でていた。
ユキが俺のために選んでくれた家族。
その手の温もりを感謝するように、ペロペロと舌で舐めていた。
ユキも同じようにしている。
白くて涼し気な、その横顔。
もしも、あの時ユキを助けるために、ワザと保健所の職員に捕まらなかったら……。
入れられた保健所から、動物愛護センター主催の譲渡会に出られるように、頑張っていなかったら……。
選ばれたのは、人間たちだけじゃない!
サユリの手を舐めていたユキの大きな黒い目が、不意に俺を捉えて笑った。
ユキは俺のことも、ためしていたに違いない。




