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あの女は

 何回か、男の手が俺に延びてきて、そのとき不意にユキの匂いを感じた。

 なんで、この男からユキの匂いがするのだろう?

 改めて男の顔をよく見る。


 女!


 そうだユキを連れて行った、あの女と一緒に来ていた男だ。

 手を差し出す男の袖口から、何とも言えない懐かしい甘いユキの香り。

 俺は陶酔するように、男の手に縋りついていた。

 奴隷市が終わり、男が去った後、いつもの牢屋に戻る。

 それから数日が経った日、朝目覚めていつもと様子が違うことに気が付いた。

 守衛たちが、なんだかソワソワしている。


 ついに死刑執行か……。


 監守が俺の前で止まる。

 牢の扉が開けられて、上を見ると妙に眩しかった。

 人生最後の日の光。


 しかし連れて行かれたのはシャワー室。

 シャンプーとシャワーで牢屋臭さを拭い去る。

 仕上げにリンス付きとは、恐れ入ったものだ。

 いったい何が起きているのか分からない。

 最後に鏡を見ると、イケメンになった俺が映し出されていた。


 それから、所長室に連れて行かれると、この前来ていたあの男がもう先に来ていた。

 男が、なにか手続きの書類にサインをしているときチラッと俺のほうに目をやりウインクしてきた。


 “よせやい”こっちは、そう言う趣味は御免だね。


 ようやく分かった。

 俺は、この男に買われたのだ。

 奴隷の証でもある、外す事のできない首輪を巻かれ、逃げ出さないためのロープがそこに掛けられた。

 男の趣味なのだろうか、両方とも赤色だ。

 首にロープを掛けられるとき、男の袖からはまたユキの匂いがした。


 “ユキも近くに来ているのか?”


 男に連れられて収容所を出る。

 ダラダラと監守たちが俺たちの後をニヤニヤしながら付いて来る。

 あの新米の監守は泣いていた。

 男に連れられて正門の向こうに出たときに振り返ると、奴らが手を振っていた。

 まったく、なんのための収容所何だか……。


 正門の向こうにあるのは来客者用の広い駐車場だが、平日のこの日は、その車もまばら。

 車に乗せられて、男の家に向かうものだとばかり思っていたら、男は駐車場を通り過ぎて、その向こうにある運動場に向かった。


 “オイオイ、いきなり何のトレーニングをさせようって言うんだ?”


 そう思いながら男の顔を見上げていると、男は大きな声で誰かを呼んだ。

 満面の笑顔で、長い手を振り回して。

 男の顔が向いているほうに目を向けて驚いた。


 “あの女だ!ユキを連れて行ったあの女”


 更に良く見ると、投げられたボールを追いかけて行く白くて可愛い後姿。


 “ユキだ!”


「ユキー!」


 大声で叫び真新しい赤いロープを引っ張ると、男も俺の歩調に合わせて走り出す。

 俺の声に気が付いたユキもボールは放っておいて一直線に駆けてくる。


「アキラ!」


「ユキ!」


 猛烈に再開を喜び合う俺たち。

 男と女は、そんな俺たちをベンチで腰掛けて眺めていた。


「結婚してからだと一匹しか貰えない所だったけど、結婚する前にこんなに仲の好いカップルに出会えるなんて素敵だわ」


「俺たちの新婚生活同様に、彼等もまた同じ家で新婚生活を始めるのさ。ところで、名前なんにしたの?」


「ユキよ。色々考えたんだけど、ユキ以外は全部あの子に却下されちゃった」


「いいねぇ。白いスピッツ犬でユキ。可愛いじゃないか似合っているよ」


「男の子の方の名前はなんにする?」


「ミックス犬だけど、運動神経が凄く好いからイチローなんてどうかな?」


「フフフ。よくあの子と相談する事ね」

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