さよなら、可愛いユキ
ユキは結局、この日の奴隷市に来ていたカップルの女のほうに引き取られることになった。
これでユキの命が繋がった。
喜びは束の間。
ユキの命が繋がったと言うことは、ユキはもうここから出て行ってしまうと言うこと。
今生の別れ。
別れの日、お風呂に入れられてカットもしてもらったユキの姿は、まるで花嫁さん。
ユキの最後の我儘で、その花嫁さんが牢の仲間たちに挨拶して回った。
「綺麗だよユキ。幸せになれよ」
俺の台詞にユキが噴き出して笑う。
「馬鹿ね、それじゃお父さん。アキラは私の恋人でしょ」
笑顔の目には涙が溜まっていた。
「アキラ。今度会えたら……」
そこまで言うのが精一杯だったのだろう。
ユキは声を詰まらせて黙った。
「分かっている。心配すんな」
ユキが何を言いたいのか分からなかったけれど、元気よく答えた。
俺の言葉がまだ終わらないうちに、ユキの唇が俺の唇をふさいだ。
“抱きたい!思う存分ユキを抱きしめたい!”
衝動にかられ激しく鉄格子にぶつかったけれど、ガシャガシャと頑なな音が鳴るだけで外の世界に通じる門はびくともしない。
そんな俺の耳元でユキが囁く。
「もう、絶対に脱走しちゃ駄目。約束してくれるわね」
「ああ約束する。ユキの言うことなら、何でも聞く」
「奴隷市に出されても素直にするのよ」
「わかった。素直にする」
「屹度よ。お互いに生きていればいつかは合える。あとは私に任せておいて」
涙で霞んだ目が、離れていくユキを一層綺麗で神秘的に映し出していた。
ユキが居なくなってからというもの、なにもやる気が起きないでいた。
気が付けばあれからもう五回も奴隷市が行われたと言うのに、元気のない俺が、そこに出されることはなかった。
死の一歩手前なのだろうと思った。
この収容所に来たばかりのとき、あれほど元気だった俺の変化に、監守たちも心配そうに気遣ってくれている。
特にあの日、俺が脱獄を企てた日に俺を担当した新米の女の監守からは、優しく気遣ってもらった。
だけど、さっぱり元気というやつが出ない。
ユキが居た頃の俺は何度も脱獄を計画していた。
成功の確率を低くさせていたのは、俺よりもはるかに身体能力の劣るユキ。
そのユキが居なくなった今では、脱獄の成功率は格段に上がっているはず。
だが、いざユキが居なくなってしまうと、それもどうでもよくなった。
勿論ユキと約束したから、俺にはその約束を守る義務がある。
飯もうまくない。
食欲も湧かない。
あとは死を待つだけだ。
「おい、大丈夫か?出ろ」
今日は久し振りに奴隷市に出された。
おそらく、これが俺にとって最後の奴隷市になるだろう。
ふらつく体を何とか支えて歩き出した。
今日の奴隷市には、なんだか見覚えのあるやつが来ていた。
この男、どこかで見たような気がする。
相手のほうも、俺の事を覚えているらしく、いちいち構ってくるので正直面倒くさい。
しかし、ユキとの約束通り、俺は俺なりに出来るだけ素直に振る舞った。




