ショートコメディ『無休くん』
「ねえ。無休くん」
と、声をかけた。彼の手は休まずに働いている。その手が止まってしまうのは心苦しいけれど、仕方ない。だって、私は、彼と話しがしたいのだから。
「どうしたの?」
「ちょっとだけ質問してもいい?」
「いいよ」
「なんで、無休くんはそんなに頑張るの?」
「頑張ってないよ」
「頑張ってるじゃん」
「違うよ。無理して頑張らないために、長い間、コツコツと作業を続けているだけだよ」
「それを頑張ってるって言うんだよ」
「それは知らなかった」
「知らなかったの!?」
彼は、頑張り屋さんだ。いつも頑張って仕事を続けている。みんなが、怠けているように見えるくらいに、彼は頑張っているのだ。毎日、毎日。休まないで、すごいと思う。でも、彼にとってすれば、それは『頑張っている』わけではないらしい。
むしろ『頑張らない』ために、作業を続けていると言うのだ。無休くんと私では、どうやらそこらへんの言葉のイメージが少し、異なるみたいだった。
もし、私が彼に『頑張ってるね』なんて褒めても、彼は『頑張れてないのにな』と思うだけだろう。だから、私は、彼になんと言葉をかけていいのか困る。
私は彼に、無休くんに休んでほしいのに。彼は、それを拒否する。『頑張りたくない』から拒否する。休むことで、のちのち『頑張る』ことになってしまうから、休みたくないのだそうだ。
ある日、私は彼の姿をみて非常に驚いた。目の下には黒い隈ができていて、手足はガタガタと小刻みに震えていた。目の焦点が合っていないかのように、虚空を見つめていて、私のことを、まるで視界に捉えていないかのようだった。
そんな彼を見て、私はいたたまれない気持ちになって、再び、彼の仕事の邪魔をすることにした。
「もうやめてよ!」
その手首を掴み、動きを止めた。
「そんなことしたって、なんになるの! あなたがその仕事をやらなくたって、他の誰かが代わりにやるだけなんだよ! そんなこと続けて、もし無休くんの身体が壊れて、死んじゃったらどうするの!?」
私らしくもない。クズが熱弁したところで、どうなる。こんな言葉に、どれだけの効果があるのだ。
「なにが言いたい。別にいいじゃないか。やりたくてやってるだけなんだから」
そうだ。こんな返答がくると思った。だから、私は根暗で陰気なクズらしく、黙っていればよかったのだ。誰かのことを気にかけてる余裕なんて、はなから持ちあわせていなかったのだ。自分大好き人間。それが私だ。だけど、私は、それでも言う。
「私は良くないよ! 無休くんがいなくなったら、私が困るんだ! いつも、そこにいるだけで私がどれだけ救われたのか、あなたは知らないんだ!」
あれ、私、どうしたんだ。発言がクズじゃない。毎日のように、死ねと連呼するだけの学校だったのに、いまはどうしてか『死ね』という単語が脳裏から出てこない。死んでほしくないからだろうか。
「無休くんは、毎日、学校に行ってる。それはとても大変なことだ。皆勤賞を狙っているのかどうかは知らないけれど、無休くんの『無休』は、ただ学校に来てくれるだけでよかったんだ。そうすれば、私は、学校に来るのが少し楽しくなる。この気持ちをどう表現すれば的確なのかわからないけれど、私は、無休くんに頑張ってほしい。頑張らないということを、頑張ってほしい。どうせ、言ってる意味がわからないだろうけど、私が言いたいことはそれだけだよ」
自分の言わんとすることがどうにもわからない。