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紅赤の華 〜日本が赤く染まるとき〜  作者: Tro
#2 途切れた歴史
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#2.1 俺たちの歴史 (2/2)

さて、彼女の後ろを従者のごとく付き従う俺であるが、不覚にもというべきか当然のように浮き足立っていたわけであり、つい手を滑らせてしまうという失態を披露してしまうことになった。何が起こったかといえば持っていたノートを落としかけ、そこでオットとしたところで全部を廊下にぶちまけたというわけだ。


これまたよくある話ではあるが、その際、鋭利なノートの端で手を切ってしまうという泣きっ面に蜂の状態に見舞われた。これには流石の俺も、と言いたいが、特に『流石』の部分は無いので普通に痛がるわけである。


廊下に散らばるノートよりも自分の手の方が心配だ。自分でも見たくはないが、そっと右手の手の平を見ると、ああ、スパッと皮膚が切れ、血がサッと流れだしている。これが他人でもそうなのだが、血を見るとゾッとするタチである。余計にドクンドクンと敏感に感じてしまう今日この頃の俺であった。


景気良くノートの束を落としたものだから当然彼女も振り向き、『何やってるの、このボケ』という感じの冷たい視線を俺に向けていた。思わずしゃがんでいた俺から見上げる彼女の顔、その凍てつくような眼差し。ルンルンだかワクワクなどの雰囲気が吹き飛んだ瞬間だろう。


別に何かを期待していたわけでは……いや、正直に言えば期待していたのだが、それが全てご破算になったと思ったその先に、彼女もしゃがみ込み俺の手を握り、「大変! 大丈夫」と言いながら彼女は自分のハンカチをサッと取り出した。


その、彼女の意外な行動に嬉しく思った瞬間、それは万人に向けられた優しさなのではないかと勘ぐったものである。ましてその表情を間近で見ているというのに心眼を持たぬ俺には真偽のほどは分からない。


しかーし、だからと言ってその行為を好意と受け止めぬ男子は存在しないだろう。何であれ好意に甘えるというのは、受けられる時に受けておくべきだと主張しておこう。


だが、くどいようだが、それでも男子である。情けは不要とばかり自分のハンカチを取り出し手を引っ込めてしまった大馬鹿者である。更に不運は続き、今日に限って純白のハンカチではないか。それで手を押さえれば洗濯しても血の跡は消えないだろうと予想したが、何時までも不運を嘆いてもいられない。サッと拭い吹き、なんでもないさを演技する俺である。


次に、演技をした以上、観客の反応を確かめなくてはならないだろう。それは期待通り、ハッとした表情を浮かべる彼女であった。ここで全て、俺の要領の悪さを痛感したものだが、時既に遅しである。フンっといった感じで彼女は自分のハンカチを握りしめるかのようにして引っ込めた。私の好意を踏みにじる愚かな男と思った、かもしれない。


不運はまだ続く。いや、不運と言うよりも大凶だろう。彼女の不機嫌そうな顔の更にその向こう。その先に怪しい人影が視界に入ってきた。それをわざわざ人影と言ったのには訳がある。それは認知したくない人物、出会いたくない人物である教師、それも武闘派の異名を持つ教師が此方を、正確には俺を睨んでいたのだろう。


何となく視線を逸らしたものの、近づいてくる足音が聞こえてくる。その時、非常に嫌な予感がしたのを今でも覚えているくらいだ。その教師が「おい」と静かだが重みのある声が、俺を震え上がらせるには充分だ。この場で『おい』と言われれば、それは間違いなく彼女ではなく俺のことだと分かる。付近には、少なくとも半径5m以内には俺たち以外、誰も居ないのだから。


俺は考える。規則にうるさい、いや細かい武闘派教師が狙っている獲物は何だろうかと。それは廊下にぶちまけたノートの事だろうか。それとも彼女と一緒に座っているように見える事だろうかと。どちらも確率的にが五分五分のような気がしないでもないが、はっきりとしない。一層のこと走って逃げてしまうか。教師と、特に日本人である俺には分が悪いとしか言えない。


こんな時でも、いや何時でもそうだが、自分が日本人であること、関わる相手が誰なのかを常に意識しなければならないというのは、理不尽を通り越して苦痛でもある。まして一見しただけでは何人なのか見分けがつかないというのに、絶えずそれに怯えながら生きていくことの生きづらさは半端く窮屈である。


まるでペットのように血統がどうの、純血だ半分だと、だからそれが何だと言いたいが、そんなことを『今』考えても、どうにかなる問題ではない。しかし、考えずにはいられない不満が知らないうちに心の隅に溜まっていくのだろう。


悲劇はまだ続く。武闘派教師が歩く足音よりも早い足音、それは走っているからだが、ここでやっと親友の登場である。


その親友、俺の危機に駆けつけたヒーローと言ってやりたいところだが、この時点は、ヒーロー序でにいうとダークヒーローと言ったところか。いや、それはあまりにも相応しくない呼び方であろう。実態は俺を虐める、いやいや、暴力集団の一味であった。


その証拠に武闘派教師を追い越し俺に蹴りを入れた張本人であるからだ。それも俺の顔面を蹴ったトンデモないない奴である。まして走ってきた勢いで蹴ったものだから、ボールのように吹き飛ばされた俺である。


廊下でのたうち回る俺である。それにプラスして罵詈雑言を言っていたようだが、それは覚えてはいない。それが昔のことだからなのか、それとも蹴られた衝撃で記憶を失ったのか。


とにかく白昼堂々の暴力事件だ。それも教師の目の前とあらば現行犯であろう。しかし、しかしである。目撃者であり証人でもある教師は、俺に興味を失ったのだろう。そのまま踵を返し、去りながら「ほどほどにしておけよ」と言っただけである。


学校では何ら問題は起きないと言ったが、何事にも例外というものがある。イジメと言うには軽すぎる程の暴力行為は日常的にあったわけだが、これがまた陰湿極まりない方法で、腹部や手足など制服から露出していない部位を狙ってくるわけだ。こうすることで見た目上では分からないように攻撃してくるので、逆に机を荒らされたり物が無くなるなどの事は起きなかった。要はイジメられている事が他の者からは見えない、分からないような陰湿さがあった。


そしてそれは必ず大陸の人から日本人に向けられるということだ。もしかしたら日本人狩りなどの名称があったかもしれないが、当然それに耐えるばかりではない。そのことを教師に何度も陳情したが……残念ながら一度も取り合ってもらえず、ただの悪ふざけとして追い返されるばかりである。


さて、現実に戻ろう。廊下で顔面を蹴れ、のたうち回る俺、それを仁王立ちで見下ろす親友、そして散らばったノートをかき集め、そそくさとその場所を離れる彼女。


これが俺たちの最初の出会いと言ってもいいだろう。この場合、一番残念なのは言うまでもなく俺である。そんな出会い方をした訳だが、特に親友が俺を蹴飛ばしておきながら、親友の座を獲得したのには訳がある。勿論、その理由が無ければ俺は余程のお人好しということになるだろう。


親友とは、この時点までは顔見知り程度であり、話もしたともない間柄であった。更に言えば親友は隣のクラスだったことと、厳つい顔をした、如何にも近づきがたい雰囲気を醸していたことによるだろう。到底、自分とは馬が合わないと直感的に思ったものだ。


そんな親友が突然、俺に狼藉を働くには相当な理由が無ければならない。単に気に入らないなどのいい加減な理由では天罰が下るというものだ。


で、その理由なのだが、まずあの武闘派教師ついての、ある噂を語っておく必要があるだろう。それは、飽くまで噂の域を出るものではないが、ある生徒が教科書を胸の辺りに持っていた時である。それを目撃した武闘派教師は血相を変え、その生徒を病院送りにしたそうである。その後、その生徒は二度と学校に戻ってくることは無かったという噂がある。


この話で重要な点は、まず生徒が白のYシャツであったこと、持っていた教科書の表紙が赤かったこと、そしてその生徒が日本人であったことだ。この三つが揃うと一体何が問題だったのか。それは日本人が日本の国旗、日章旗かそれに似ているものを所持したというのが真相である。


だが、生徒からしてみれば日本の国旗がどのようなものであるのかを知っている者は居ないはずである。それは日本という国があったという歴史が無く、日本といえば日本自治区を指している時代である。


では日本人はどこから来たのか。それは日本自治区に元から住んでいた先住民族ということになっている。その先住民族を豊かな未来へと導いたのが大陸の人、だから先住民族である日本人は大陸の人に感謝しなければならい、という歴史である。


そこで自分の場合に当てはめると状況はこうである。ノートの端で指を切ったことで、それを自分の白いハンカチで拭き、大したことではないと彼女に見せた後にハンカチを振った、それを目撃した武闘派教師が『おい(それは日の丸じゃないのか)』と俺に近づいて来た。それを武闘派教師の後ろで、たまたま見かけた親友が武闘派教師と俺の間に入り、教師の代わりに俺を蹴り上げた、ということである。


それを親友は、「もし、あそこで俺が介入しなければお前は教師よってどうなっていたか分からない。だから教師よりも先に俺が罰を下すことで教師の思惑を断念させた」という至極もっともらしい理由を語ったが、更に「あの教師には誤魔化しは効かない。だから本気で蹴ったんだ、感謝しろよ」と何処までも正義を語る親友であった。


それで俺は難を逃れたのか、それとも余計に蹴られただけなのか。それは『もし』の世界なので分からないが、では何故親友は俺を助けるような事をしたのか。それは日本人に興味があった、日本の歴史を知りたいと思っていたということなのだが、ならば別に俺でなくても良かったのではないと疑問に思うが、まさか、アレ系ではないかと疑ったものである。しかしそれは今でも分からない。だからそれを進んで確かめようとはしなかった俺である。


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