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人造丸薬

 汽車が美南駅に到着すると、小如(シャオルー)はすぐに席を立ち、汽車を降りた。

 一刻も早く養家の呉家に帰り、無事を知らせたい思いでいっぱいであった。

 彼女は、打狗(ダカオ)を出発した時からずっと、ふたりの男につけられているなどとは想像もしていない。


 そのふたりの男、大樹と須藤も月台(ホーム)に降り立つと、七、八メートルほどの間合いを開けて小如の後を追う。

 本来ならば、大樹が引き続き汽車に乗って小如の後を追い、須藤だけが美南で降りて"組織"の手先と落ち合うつもりが、小如が美南で降りた。そのため大樹も須藤とともに美南に降り立ったのだ。


 小如が急ぎ足で改札を出た。

 大樹は自分が追っている少女の後ろ姿を見失わないように、歩みを早めて改札へ向かった。


「よし須藤、ここでバラけるぜ。何かあれば内蔵無線電信(モールス)で連絡しろ」


 大樹がそう言い捨て、駅を出た小如を追おうとしたその時ーー


「おやおや久しぶりですねぇ、一式の明智くん」


 それは日本人の発音する日本語だった。

 自分を呼び止める聞き覚えのある声に、大樹はつと足を止めて声の方向を見た。

 そこには、白い背広に蝶ネクタイをきっちりと締めた小柄な中年の男が立っていた。

 その男の背後には、黒い背広を来た、三人の護衛らしき者が控えている。


 大樹は白い背広の男を見るなり、顔をこわばらせた。


「片山……!」


「会えて嬉しいですよ。蒸気機動兵実験室を脱走してみて、どうですか? 逃亡者生活のほうは」


「この野郎……」


 大樹は片山と呼んだ男のほうを睨みつける。

 そこへ須藤が追いついた。彼もまた片山のほうを見てにわかに目を見開く。


「片山……何で貴様がここにいる」


「何でとはつれないねぇ、須藤くん」


 片山はくっくっ、と笑いながら答える。


「君と無線電信(モールス)で連絡を取っていたのは、何を隠そうこの私だよ?」


「何だと……?」


 須藤は眉をひそめた。


「じゃあ、"組織"の手先というのはまさか……」


「つまり私の事だよ、須藤くん。君が実験室の中にいる間、手下を通じて『丸薬』の情報を教えたのも、君達ふたりが脱走しやすいように実験室の警備を甘くしたのも、すべて蒸気機動兵実験室の室長であるこの私が指示したのだ」


「おいこら片山、どういうことだ」


 大樹が喰ってかかる。


「てめぇは軍属とはいえ、帝国海軍の軍人だろうが。俺達が脱出するよう仕向けたってのは何だ。"組織"とはどういう関係だ」


「まあ待ちたまえ、明智くん、須藤くんも。立ち話もなんだ、ゆっくり話そうじゃないか」


 片山は両手を上げて降参するような手振りをした。


「停車場に馬車を待たせてある、その中でどうだ」


「生憎だがよ、いますぐに後を追わなければならねぇ奴がいる」


 大樹が吐き捨てながら、駅前の広場のほうに目を向けた。

 彼が追おうとしていた少女ーー小如の姿は、すでに駅前停車場を抜けて街中へ溶け込もうとしている。


「あの雑技団で踊っていた少女のことかね?」


 と片山が含み笑いをしながら答えた。


「心配するな、彼女の尾行は私の手下に任せたまえ。おい」


 片山が背後に控えていた黒服の男達に顎で指図すると、そのうち一人が小如の姿を追って、走り去った。


「何で俺達があの女を追っていることを知ってやがる」


 大樹は片山を睨みつけながら詰め寄ろうとした。その時、二頭立ての大型馬車が一台、走ってきて彼らの前で止まった。


「詳しくはこの中で話そう。乗りたまえ」


 大樹と須藤は顔を見合わせた。


「いいだろう」


 須藤が先に馬車に乗り込んだ。大樹も渋々、その後を追った。


--------------------------------------------------


「てめぇに好き放題、この体を改造されたことは、忘れちゃいねぇ」


 馬車に乗るなり、大樹が片山に詰め寄った。


「何をそんなに怒ってるんだ? 明智くん」


 片山は飄々としている。


「もともと君の身体は六割方、砲弾に吹き飛ばされて無くなってしまったんだぞ? それをここまで蘇らせてあげたのだから、感謝されてもいいぐらいじゃないかね」


 大樹はその一言に激昂し、片山の胸ぐらを掴んだ。

 狭い馬車の車内が大きく揺れた。


「知ってんだよ! てめぇが俺の家族に嘘をついたことはな! 俺が旅順で殉死したことにして、戸籍も消しやがったのは、俺を実験台にするためだろうが!」


 大樹は吠えた。彼は腕の中から仕込み警棒を出して突きつけた。


「今ここで、半殺しにして逃げおおせてもいいんだぜ」


「半殺しだって?」


 片山は車内で胸ぐらを掴まれながらも、そう答えて笑ってみせる。


「相変わらず君は優しいねぇ、明智大樹(あけちだいき)くん」


「何だと?」


「その優しさが君の軍人としての大きな欠点だったな。君は人を殺せない(・・・・・・・・)。兵器としての冷徹さで言うなら、そこの須藤亥斗(すどうかいと)くんのほうが合格だ。彼ならきっと今、私をなぶり殺したいとでも思っているはずだよ」


 片山は須藤に水を向けたが、須藤はそれには答えず、外套(マント)の中で腕を組んで黙っている。


「その手を、離してくれないか」


 片山は大樹の手をどけると、大樹と須藤の向かい側の座席に腰を下ろした。

 須藤が鋭い双眸を片山に向けて言う。


「それで……貴様は一体何者だ、片山? 帝国軍人か、それとも"組織"の人間か。あの実験室で、俺達のような人間兵器を作るだけじゃ満足せず、"組織"の間諜にでもなったか?」


「軍の上層部は何もわかっちゃいないんだ」


 片山は馬車の窓から外をのぞながら、そう言い捨てた。


「この世には『丸薬』という魔法のような力を持つ石がある。それを手に入れて力を利用すれば、絶大な国益を日本にもたらすことができる。だが愚鈍な彼らはいくらそれを説いても、理解しようともしなかったばかりか、『丸薬』と蒸気機動兵の研究予算すら打ち切りにしようとしている。だが"組織"は理解してくれた。私の研究成果と、『丸薬』の研究に賭ける情熱をね」


「それで、表向きは軍人の顔をしつつ、"組織"に寝返ったというわけか」


 須藤が淡々と言う。片山は笑みを浮かべながら返す。


「気に入らないかね? 同じ軍人として」


「どうだっていい」


 須藤は吐き捨てた。


「片山、貴様は"組織"と俺達との橋渡し役だ。"組織"が俺達の身柄を保護するようにしっかり働きかけろ」


「もちろんだとも。君たち蒸気機動兵は私の大事な実験資産であり、"組織"への大事な手みやげだ」


 片山は答えながらうなずいた。


「結局、『丸薬』ってのはどういう石だ」


 大樹が片山に問う。


「俺達は、ただ『丸薬』はすげぇ力を持つ青い石ころで、それが櫻霞(インシア)っていう女の体内に宿っているとしか聞いてねぇ。『丸薬』をその女から奪い取り、"組織"に引き渡して身を守ってもらうだけなら、別に知る必要なんてねぇからな……。だが片山、もしてめぇがまたイケ好かねぇ実験を、俺達の体に施そうとしてやがるなら話は別だぜ」


 大樹は片山に厳しい視線を向けながら言った。


「答えろ、片山。てめぇは『丸薬』を手に入れて、一体何をしようとしてやがる。『丸薬』の力ってなぁ、何だ」


 それを聞いた片山は、何か含みがあるかのように笑った。


「いいだろう。君達がそんなに興味を持つのなら、『丸薬』の力の片鱗を、君達に見せようじゃないか」


「モノがここにないのに、どうやって見せるつもりだ?」


 と須藤が問うたが、それには構わず片山は手下に命じて、馬車に積んであった荷物の中から、平たいカバンを取ってこさせた。

 片山はカバンを膝の上に載せると、厳重に施錠された鍵を外し、蓋を開けた。


 カバンを開けると、かすかな馬車の中に明かりが漏れた。

 大樹と須藤の顔が、カバンの中から広がる青い光に照らされた。中にある物体を見て、大樹は思わず声を漏らした。


「何だ、この光は……?」


 大きさは指の先ほどの、丸いガラス玉のようなものが十個ほどカバンの中に並べられ、それを保護する布の合間に大事そうに沈められていた。


 片山は、大樹達の反応を見て、幾分か満足げに言った。


「これこそ私の長年の研究成果だ。『丸薬』の忠実な複製、人造丸薬さ」

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