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新月の脱走者

■おもな登場人物■

劉小如リウシャオルー♀】十三歳(数え年)。公学校六年生。内気でおとなしい反面、芯の強さと冒険心もある。日本名は「多天川小桃たてがわこもも」。

宋櫻霞ソンインシア♀】十三歳(数え年)。驚異的な身体能力を持つ拳法の達人。謎の多い少女。日本名は「櫻子さくらこ」。

明智大樹あけちだいき♂】十七歳(満年齢)。コードネーム「一式いちしき」。帝国海軍の試作サイボーグ一号機。小如が宿した謎の鉱石『丸薬ワンヤオ』を狙う。

須藤亥斗すどうかいと♂】十九歳(満年齢)。コードネーム「二式にしき」。帝国海軍の試作サイボーグ二号機。小如が宿した謎の鉱石『丸薬ワンヤオ』を狙う。

呉候賢ウーホウシャン♂】十九歳。小如の許嫁いいなずけ。小如が通う公学校の教師。

【薬屋の瞳子とうこ♀】二十歳。日本人。老化を食い止める、身体の記憶を忘れさせる等の特殊な効能を持つ薬を調合する女。

 扉を蹴破(けやぶ)って通路に踊り出たとたん、外にいた見張りの兵が驚いて叫んだ。


 それを一発殴って気絶させたあと、腕や足についた無数の電極をひきちぎりながら、明智大樹(あけちだいき)は地上の出入口をめざして一目散に駆け出した。


「ざまぁみろ。これ以上実験台にされてたまるかよ!」


 これまで長い間自分を閉じ込めていた、『帝国海軍生体蒸気(せいたいじょうき)機動兵(きどうへい)実験室』の開きっぱなしになった扉を振り返りながら、大樹(だいき)はののしる。

 

 本来なら、この明智大樹という少年は日露戦争(にちろせんそう)で死んでいたはずだった。

 明治三十七年八月からはじまった、ロシア軍の旅順要塞攻囲戦りょじゅんようさいこういせんにおいて彼は、海軍の少年重砲兵として、弱冠十七歳で戦闘に参加した。

 

 そこで、軍艦の艦載砲を陸に引き上げて旅順要塞を見下ろす丘に設置し、射撃支援をするという任務についていたとき、ロシア軍の遠距離砲による攻撃を受け、艦載砲の誘爆に巻き込まれたのである。


 その後はしばらく記憶がない。

 気がついたら、あの実験室に寝かされていた。


 意識がもどったばかりの時、自分の自由に動かせたのは、首から上の部分だけであった。

 のちほど大樹に生体改造手術をほどこした研究者が言うには、首から下の全身が六割がた吹き飛んでしまったらしい。


 大樹の身体の自由がないのをいいことに、研究者たちはほぼ好き放題に生体実験を行った。

 大樹の毎日の食事はラムネと妙な錠剤だけになり、日を追うごとに、失われた手足や胴体の一部が、最新の蒸気機関技術で動く機械に置き換えられていった。

 床ずれの痛みを感じる神経は麻痺し、手足の動作命令をくだす脳神経は、全身に内蔵された蒸気ボイラや武器を思いのままに動かすよう直結させられた。 


 研究者たちの話では、この実験室は帝国海軍の最重要機密らしく、実験室が日本のどこにあるのかも、収容されてから何日たったのかも、大樹には一切情報を与えられることはなかった。

 この人体改造手術は、大樹の記憶の限りでは一年近くに及んだはずだ。


 あるとき、研究者同士の噂話から、大樹がどこかの紛争区域に戦闘兵器として投入されるらしいことが明らかになった。ただの機械のように扱われ、人間としての尊厳を奪われ続けてきた大樹は、ひそかに実験室からの脱走を決意した。


 しばらくの間、脱走は不可能に思われた。

 なぜなら、いまや大樹の身体を動かす主機関(メインエンジン)である蒸気機関には、必要な時以外の動作を禁じる安全鍵という仕組みがあり、実験の時以外は自由に身体を動かせなかったからだ。


 しかし大樹は辛抱強く機会をうかがい続けた。

 そしてついに警戒が甘くなったこの日、大樹は自分を戒めていた安全鍵を、定期点検の研究員から奪うことに成功し、脱出の機会を得たのだったーー。



「止まれ!」


 階段を目指して通路を駆け続ける大樹の前に、銃を持った兵が四、五人現れた。


 彼らは大樹を見たとたん、小銃を構えて一斉に射撃してきた。

 威嚇射撃をすっ飛ばしていきなり狙ってきたのだ。


(殺してでも出さねぇつもりかよ)


 大樹はとっさに地面に伏せて銃撃をかわすと、内部蒸気ボイラを瞬間的に作動させ、両脚の機械式関節に蒸気を送り込み、ひと息に空中へと伸び上がった。

 跳躍距離五メートルはあろうかという大ジャンブで、一気に兵たちとの距離をつめ、着地ざまに兵をひとり蹴り飛ばした。


 あとは接近戦である。

 残りの兵たちが、一斉に大樹へと銃剣を突き出した。


 刹那(せつな)、大樹は腕を交差させて背中を丸め、全身から大量の水蒸気を噴出させた。

 そのまま蒸気の威力でコマのように身体を高速回転させ、突き出された銃剣を一息にはじいたのである。

 

 その後すぐに蒸気を逆噴射させて身体の回転を止め、機械じかけの腕部から仕込み警棒のようなものを出して、またたく間に残りの兵を殴り倒してしまった。

 通路に、大樹が放った水蒸気の煙がもうもうと立ち込めた。

 

「おっと、弾丸(タマ)がねぇんだった」


 大樹は床にのびている兵の小銃を素早く奪い取ると、弾倉から弾丸を抜き取り、自分の機械仕掛けの腕につくられた弾丸装填孔に差し込んだ。

 装填を終えて先を急ごうとした瞬間、蒸気の煙の向こうにするどい気配を感じた。


(増援かっ!)


 大樹は振り返りざま、腕部に内蔵された蒸気式ライフルを腕の外に飛び出させ、気配の方向へと銃口をむけた。


「待て、俺は味方だ! 一式(いちしき)よ」


水蒸気の向こうにいる気配の主がそう言うのを聞き、大樹は銃口を少し下ろした。


「須藤か」


「そうだ。一式、貴様が脱出して騒いでくれたおかげで、俺のほうの警戒も手薄になって、外に出ることが出来た。礼を言う」


 現れたのは大樹と同じ試作蒸気機動兵、通称二式(にしき)と呼ばれる須藤亥斗(すどうかいと)であった。

 大樹とおなじく実験体として身体の随所を機械に改造された男だが、その機能には大きな差がある。

 一式の明智大樹が偵察任務を主眼とし、軽量かつ機動力を重視して開発されたのに対し、二式の須藤は強襲揚陸作戦を想定してつくられており、全身に火器を内蔵した重武装仕様となっていた。


「頼みがある、一式。背中の安全鍵をはずしてくれ。ともに協力してここを出よう」


 須藤が近づいてきて、黄金色の鉄鋼(スチール)で覆われた背中を大樹に見せた。

 大樹の安全鍵は胸についており、自力で解除することができたが、須藤のそれは手の届きにくい背中にある上、幾分か頑丈に出来ているようであった。


「断る。俺はひとりで外に出るぜ。お前も自力でなんとかするんだな」

 

 大樹が断ったのには理由がある。

 それは、二式須藤亥斗が大量殺人犯だという噂を聞いていたからだった。

 

 戦争で負傷してこの施設に送り込まれた大樹とは違い、須藤は軍隊内にいる時から揉め事が多く、あげく隊内の兵を多数射殺して海軍監獄に送り込まれたらしい。

 どうせ死刑にするなら実験体にしようということで送り込まれてきた人間なのだ。

 

 大樹は面倒な奴には関わらないつもりで、踵を返して行こうとした。


「ひとりで出たあとどうするつもりだ、一式」

 

 須藤が呼び止める。


「脱走すれば軍から追われるのは必至だ。(かくま)われるあてがあるのか? そもそも貴様は、この研究棟が一体どこだかもお前は知らないんじゃないか?」


 須藤の言うことは当たっていた。出た後に綿密な逃走計画があるわけではない。

 大樹は黙って須藤を見つめている。ひとりより二人のほうが助かる面もあるには違いないが、しかしこいつは到底、信用に足る人物ではない気がした。


「俺はうまくやる方法を知っている。ここを脱走したあと、こそこそ隠れたりせず、堂々と世に溶け込みたくはないか?」


「そりゃあ、どういうことだよ?」


 大樹は須藤の話に興味を持った。須藤はにやりと笑って続ける。


「造作もないことだ。俺と貴様で協力して、『丸薬(ワンヤオ)』という鉱石を持つ女を探し、それを手に入れるんだ」


「『丸薬(ワンヤオ)?』」


 大樹がそう聞き返したとき、彼の鉄鋼(スチール)で覆われた右肩に突然、衝撃が走った。

 ついで銃弾が跳ねる高い金属音が鳴り響き、さらに銃声が響いた。


「ちっ、やべぇ!」


 大樹と須藤はとっさに通路の陰に飛び込んで隠れた。

 のぞき見ると、通路の前方と後方から兵士がそれぞれ五人ほど銃を構えて距離をつめてきている。

 挟み撃ちの格好である。

 

 いくら戦闘用の生体機械(サイボーグ)といっても無敵ではない。主機関の蒸気ボイラが壊されでもすれば、途端に動けなくなって終わりだ。

 大樹は十人もの敵戦力を、まったく負傷せずにひとりで片付ける自信はなかった。

 壁ぎわで銃撃を避けながら、須藤がしびれを切らしたように催促する。

 

「一式、迷っている暇はない。ここは俺が片付けてやる。早く安全鍵を解くんだ!」


「『丸薬』ってなんだよ、須藤! ちゃんと教えろ」


「俺もよく知らんが、人の体内に宿るという石さ。なんでも強大な力を持っていて、今はあるメスガキの体内にあるらしい。そして、ある組織がその『丸薬』を欲しがってる。そいつらに『丸薬』を引き渡せば、俺達の実の安全の保証をしてくれるというわけだ」


「そのガキを殺してぶん取るってか? だったら俺はお断りだな!」


「ガキから取り上げる方法は貴様に任せる。一式、俺の話に乗れ。ただ脱走しても後がないぞ!」


 大樹は逡巡(しゅんじゅん)した末に、須藤の背中に手を回して蒸気機関の安全鍵を抜き取った。


「ほらよ、取ったぜ。ただし殺すなよ! 軍人を殺せば死ぬまで執念で追われるぞ!」


 須藤の内蔵蒸気ボイラに火がともり、命の源ともいえる高圧蒸気が須藤の機械じかけの身体じゅうを巡った。

 すると彼は一転、残酷な笑みを頬に浮かべた。


「そんなことは知るか。茶番は終わりだ、蒸気ガトリング砲で一掃してやる!」


 須藤の左腕から水蒸気が噴出した。肘の部分が大きく割れたかと思うと、内部から六連装の砲身をもった凶々(まがまが)しい機関砲が突出してきた。


「よせ、殺すな!」


 大樹の制止も聞かず、須藤は通路に飛び出るなり、兵士たちに機関砲を発射した。

 砲身の回る不気味な機械音、水蒸気の噴出音とともに、通路の前後の兵士たちは一瞬で蜂の巣となり、むざんな肉片となって射殺された。

 やがて砲身の回転が止まり、にわかに通路内に静寂が訪れた。


「行くぞ、一式」


 須藤は、敵のいなくなった通路を悠々と駆け出した。


(ちっ、やっぱりあとあと面倒になりそうな奴だ……)


 大樹は、須藤を助けたことを少し後悔しながら後を追った。


 ほどなく二人は一階の出入口にたどり着いた。

 大樹が出入口の鍵を解除し、重い扉を開けた途端、ムッとした暑い外気が外から流れ込んでくる。 


「何だ!? すげぇ暑ぃぞ!」


 大樹の経験したことのない暑さであった。

 後を追って出てきた須藤が言う。


「当然だ。ここは美麗島(びれいとう)だからな」


「美麗島だと!?」


「ここは美麗島南部の都市、打狗(ダカオ)の郊外にある美麗島工廠(こうしょう)だ」


 大樹は驚いた。自分はずっと日本の内地ではなく、南方の植民地である美麗島の施設に閉じ込められていたのだ。

 時間は真夜中である。

 外は漆黒の闇に包まれており、虫の音がかしましく響いていた。

 出入口のすぐ前に二メートルほどの外壁があり、その向こうは鬱蒼としたジャングルになっている。


「さぁ、ぐすぐすしている暇はないぞ、一式。とっとと闇に姿をくらまそう」


 そう言うと須藤は、蒸気ボイラを吹かして警戒に駆け出し、あっという間に外壁を乗り越えてジャングルの中に消えた。


 大樹は上空を振り仰いだ。

 夜空には月がなかった。きらめく星も見えなかった。どこまでも、深い闇の続く新月の夜だった。

 

「なんだか縁起が悪ぃぜ」


 大樹はそうつぶやくと、内部蒸気機関に火を入れ、夜のジャングルへと駆け出していった。

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