07
学校を出た瞬間、紅く染まった太陽が私の事を出迎えてくれました。
随分と生徒会の仕事が長引いてしまいました……。予定では昼過ぎに帰れていたはずなのですが。
はぁ……。と、溜め息をついたと同時に背後から声を掛けられて、思わず後ろを振り向くと、そこには先程まで共に仕事をしていた生徒会長が立っていました。
いつものように、もさもさになった髪の毛がとても暑苦しいです。
「よっ、鴉間。急に仕事を入れて悪かったな。何か用事とかあったんじゃないか?」
「別段、用事はありませんでしたので構いませんよ。蛙石会長」
「外で会長はやめてくれって何度も言ってるだろ? 気軽に先輩って呼んでくれよ」
蛙石会長は困ったような表情を浮かべている。
「じゃあ、これからは諏訪先輩とお呼びした方が嬉しいのでしょうか?」
「いや、嬉しいけど……なんで名前呼びなわけ? 普通に蛙石先輩でもいいんだけど」
「蛙石って長いじゃないですか。諏訪だったら二文字ですし。短いから呼ぶときに楽でしょう?」
「あぁ、なるほど。鴉間ってそんな合理主義だったっけ?」
「いえ、別にそうではないですね。源五郎丸くんは長いですけど源五郎丸くんって呼んでます」
「なんでそこは陸じゃねえんだよ」
源五郎丸くんは生徒会で会計をやっていて、会議が終わるや否や全速力でバイトに向かっていった可愛い後輩です。「鴉間先輩っ!」と、元気いっぱいに名前を呼んでくる姿が何とも愛らしいのです。
「諏訪先輩こそ、何か用事があったのではないですか? 夏休み中は生徒会の仕事はしない! なんて意気込んでたじゃないですか」
「あ、その呼び方続けるんだ。んー、せっかくの休みになんで生徒会の仕事をしなくちゃいけないんだよ! っていうのが本音なわけで。用事は特にねえんだわこれが。まあ、しいていうならやりたいゲームのサービスが開始したってくらいでな」
「ゲーム? 諏訪先輩もゲームとかするんですか? 生徒会長なのに?」
「いや、生徒会長でもゲームくらいはするだろ……。まあ、それで休みの間はずっとそのゲームをやってるつもりだったんだわ。バベルオンラインっていうゲームなんだけど聞いたことない?」
「申し訳ありませんが、初めて聞く名前ですね」
「あー……。鴉間ってゲームとか興味なさそうだもんな」
ごめんなさい、会長。物凄くゲームが好きですし、バベルオンラインも絶賛プレイ中です。ですが、ネットの世界でリアルの知り合いとプレイするのは私の流儀に反するので、心苦しいですがここは嘘を貫き通させて頂きます。
もちろん、お姉様は別ですが。
それから、こちらの興味がないという言葉を本気で受け取ってくれたようで、他の話題を話しつつ、駅前で別れてから帰宅。
少し歩いただけで結構汗をかいてしまったので、汗を流してから夕食を終えBOを起動。
さてさて、今日は幻惑の沼地の残りのマッピングをやっていきましょう。残りは北半分なので、出来るだけ早くやってしまいましょう。
見えない魔物の痕跡を探しては、ぶん殴ってレベル上げをしつつ北方面へと。全体的に蛙が多いというか……蛙しかいないというか……。
【食材】蛙の肉 レア:N 品質:E
ぷりぷりした蛙の肉。
【素材】蛙の皮 レア:N 品質:E
ぬめぬめとしている蛙の皮。
蛙の肉は鶏肉みたいな食感がするのですが、如何せん見た目が食欲を削ぎますね?
私は結構好きなのですが、お姉様やお母様は苦手みたいなので、中々食べる事が出来ないんですよね。まあ、滅多に蛙肉を取り扱ってるお店なんてないんですけど。
最近は通販のラインナップも増えてきているので色々なお肉が取り寄せ出来るようになったのは素晴らしいです。
それから、蛙を狩りつつ、たまに麻痺になったり毒になったりしながら幻惑の沼地のマッピングが完了。
次の行先は……。また枝を投げて決めてしまいましょう。
えーっと、今回も東ですか。
ではでは、東へと向かっていきましょう。歩きにくいマップは早々に抜けてしまうに限ります。いまだに武器がないのが心細いですが……まあ、時間をかけてこのマップを調べるより良いでしょう。
次のマップへと移動すると、私の目に飛び込んで来たのはいかにもな古城でした。空腹の森や幻惑の沼とは違って、ぽつんと大きな古城がある他には何も見えません。
マップ名は……吸血鬼の城ですか。
ええ、分かっていましたよ? だって、先程から蝙蝠がひっきりなしに飛んでいるんですもの。
うーん、ですが……吸血鬼ですか……。吸血鬼はいいとしても、正直飛んでいる蝙蝠を殴り倒すってかなりの難題ですよね。一発で倒せるならまだしも、流石にきついでしょうし。蝙蝠のレベルを確認しようにも、遠すぎて鑑定の効果範囲内に入って来てくれません。
も、もしかしたらあの蝙蝠はただの演出かもしれませんし? お城の中に入ってみない事にはわからないですよね?
真正面に見えている扉を開けようと近づいた所で、私を迎えるかのように扉が勝手に開いていく。
「わざわざお出迎えをしてくれるなんて、優しいじゃ――きゃああああああっ!?」
突如眼前に現れた骸骨に驚き、思わず悲鳴が漏れてしまいました。
「えっ、なに!? 何ですか!? 化物!? ひぃっ!?」
どうやら、私の悲鳴に驚いて目の前も骸骨も当たりをきょろきょろと見回してからその場にしゃがみ込んでしまっています。
え? ちょっとびっくりしたんですけど、何事ですかこれ。
「えー、なになに? どうしたのー? 大丈夫? 敵?」
骸骨の後ろの方から、何やら若干聞き覚えのある声がします。いや、ゲームだし、もしかすると違うかもしれませんが……。
とてとて、と。骸骨の後ろにちらちらと蜘蛛のような生物が見えます。
あ、もしかしなくてもこれは予想が的中してますね?
えーっと、フレンド一覧から個人のチャンネルを開いて……。お姉様の現在地が吸血鬼の城になっていますね?
「お姉様? すみません、今どこにいらっしゃいますか?」
『ん? 麻央? 今は吸血鬼の城にいるんだけど……。ていうか、フレンド欄の所に現在地書いてない?』
「書いているのですが、一応確認をですね……。今扉の前で骸骨と一緒に居ますよね?」
『え、なんで知ってるの?』
「前見てください、前」
『ヴェ!? この白ハゲ麻央!?』
「失礼ですからね?」
『私の可愛い麻央がぁ~……』
個人チャンネルを閉じてから改めて骸骨の方へと向き直すと、蜘蛛の姿をしたお姉様が私の周りをくるくると回っていました。
お姉様のキャラ名は確か……トクヒメだったでしょうか? 名前が姫香ですし、妥当な名前ですね。お姉様の事ですし、姫プレイでも楽しむつもりなのでしょう。
「あの、トクヒメさん?」
「えぇ~。本当にレイヴンちゃんなのかあ~。ちょっとショック……」
「いや、勝手にショック受けてないで隣の人(?)を紹介して頂いても?」
「あぁ、そうだったね、忘れてたや。ねぇねぇ、シスちゃんちょっと落ち着いてくれる?」
扉の傍で蹲っている骸骨を背中を、お姉様が前足でとんとんと叩く。
「てっててててっててきがっ! ヒメさん! 敵が目の前に!」
「いやいや、これ敵じゃないから」
「えぇ……? だって、見た目が……」
「いや、それ言ったら私もシスちゃんもそうじゃんか。蜘蛛に骨だよ?」
「確かに……それはそうですね。すみません、取り乱し過ぎました。あまりにも人とかけ離れた見た目の化物が目の前に現れたもので」
いや、聞こえてますからね? そいつ目の前にまだいますからね?
「うん、この化物私の友達なんだ」
お姉様まで、化物呼ばわりしてくるようになってしまいました。
「初めまして、レイヴンと申します。今後ともよろしくお願いしますね」
「あぅ……。驚かせてしまってすみません。私はコクシクスと言います。見ての通り、種族はスケルトンです。えっと……レイヴン……さん? 怒ってます……?」
「別に怒ってないですから。そこまで怯えないでください、コクシスクさん」
「あ、私の事はシスって呼んでください。コクシクスって呼びにくいと思いますし……。ヒメさんもそう呼んでいるので!」
「そそ、私なんか初めてシスちゃんの名前聞いた瞬間から呼ぶの諦めちゃったもん!」
そこまで自身満々に言う事ではないと思うのですが……。
「そういえば、トクヒメさんもシスさんも中から出て来たということは、もう中の探索は終わったのですか?」
「いえ、私たちも先程来たばかりなので」
シスさんが首を振ると、骨がカタカタと音を立てながら揺れています。
「最初は探索しようかなあって思ったんだけどねえ? 結構広いからシスちゃんとどうしようかーって話になって。とりあえず、外に出よっかって話でまとまった直後にレイヴンちゃんが来たっていう……。ごめん、長いからイヴって呼んでいい?」
「イヴでもなんでもお好きなようにお呼びください」
正直、いつお姉様が本名で私の事を呼ぶかどうか冷や冷やしている所です。まあ、でもいくらお姉様とはいえ、そこまで軽率な発言はしないで……欲しいですね。
断言出来ないのが悲しい所です。
「二人とも、まだ時間が大丈夫ならせっかくだし、探索してみたいんだけど……。どうかな?」
お姉様が私とシスさんを交互に見ています。私が「大丈夫です」と答えると、シスさんもそれに同調してくれました。
「あ、でも待ってください。申し訳ないんですけど、私まだ武器を持っていないんですよ。それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない? 私も武器持ってないし。この中で武器持ってるのシスちゃんだけになるけど」
「あ、あの……。私もそこまで強い武器じゃないので……」
「まあ、序盤ですから。そこまで強い相手も出てこないと思いますし」
「とりあえず! 当たって! 砕けてから!」
「「砕けたらダメなんじゃ……?」」
パーティを組んでからお姉様、シスさん、私の順に扉を潜ってお城の中へと。
正面には二階へと繋がる大きな階段。一階部分は左右にそれぞれ廊下が繋がっています。
「どうする? 一階を探索してから二階を見る? それとも三人いるし、二階と、左右の廊下で別々に探索してもいいけど」
「私は全部マッピングしたいので、どうせ見てない部分を後で回りますからどちらでも構いません」
「シスちゃんはどう?」
「わ、私も別にどっちでも大丈夫、です」
「それじゃあ、一緒に行こっか。一人より三人の方が見逃しが少ないだろうし。左右どっちの廊下に行くかだけど……時計周りでいっか。いいよね? じゃあ行こう!」
お姉様は一人で納得した挙句。こちらの返事を聞く前に、左側の廊下へと進んで行ってしまいました。その場に立ち尽くしていたシスさんに声を掛けて、後に続いていきます。
廊下半分ほど進んだ所で、左右の壁にそれぞれ一つずつ扉が。お姉様が扉を開けようとドアノブを回そうとしていましたが、どうやら上手く掴むことが出来ないようで苦戦している様子です。
それを見かねたのか、シスさんが扉を開いてあげると、お姉様は無邪気に「ありがとー!」 と言ってから一目散に中に入ってしまいました。
確かに、動きづらいというか……操作性に難アリってお話でしたし。普段から蜘蛛の足を操作する機会なんてありませんし。
あー……。だからシスさんと一緒に行動しているのかもしれませんね。シスさんがお姉様について来ている理由が分かりませんが。
「うわぁっ!?」
部屋中から聞こえてきた悲鳴に反応して、廊下で待機していた私たちの視界に飛び込んできたのは、宝箱に半身を突っ込んで悶えているお姉様の姿でした。
「「食べられてる!?」」
え? ごめんなさい、なに? なんですか? 意味が分からないんですが?
隣をちらりと見ると、シスさんも困惑した表情を――この人、骨だから表情筋がないの忘れていました。いや、でもこの感じ絶対困惑していると思います。
「ちょ、ちょっと! 二人とも見てないで助けてよ! 飲まれるから!」
「えっ、あ、は、はい! シスさん、そっち持ってください!」
「わ、わかりました!」
シスさんが左側の後脚を、私が右側の後脚を持って呼吸を合わせて引っ張っていく。
「「せーのっ!」」
「いたたたたたた! 千切れるから! 優しくして!」
三度目の挑戦で、お姉様を宝箱から引き抜く事が出来ました。
「ふぅ、痛たた……。ごめんね二人とも、助かっ――ってない! 逃げて逃げて!」
私たちの腕の中にいたお姉様が宝箱の方を見て、声を荒げた。それにつられ、お姉様から視線を移すとそこには。
何の変哲もなかったはずの宝箱から両手足が生え始めていた。
気が付けば、既にお姉様とシスさんは部屋の外へと逃げてしまっています。二人を追いかけ、扉を潜ったとほぼ同時のタイミングで。
背後から、強烈な音と衝撃が届いて来ました。後ろを確認してみれば、手足を生やした宝箱が扉へとぶつかり、ドアが吹き飛んでいました。
「レイヴンさん! 早く!」
シスさんの声で我に返り、既に入口近くまで戻っていた二人方へと走っていく。
あの感じであれば、手足が引っかかってあの狭い扉を潜れはしないはずですが……。
「後ろ! 危ない!」
お姉様の声が聞こえた瞬間、私は反射的に横へ飛んでいました。
次の瞬間、先程まで私が立っていたはずの場所に、宝箱の腕が振り下ろされ絨毯の敷かれていた廊下が砕けて破片が辺りへと飛び散りました。どうやら、今の攻撃で腕が廊下に突き刺さり抜けないようなので、今のうちに……!
いつの間にか、お姉様がこちらへと近づいて来ていたようで、私と宝箱の間に蜘蛛糸を撒いていました。
「とりあえず外にっ!」
シスさんは既に城の外へと出ていて、扉を開けたまま私たちを待っています。
既に、背後を確認する余裕もありません。走り抜けるように扉を潜ってからその場で一回転。後ろにいたお姉様の前足を掴んで思い切り引っ張り、城の外へ出たと同時にシスさんが扉を閉めてくれました。
「び、びっくりしたぁー! なんなのあれ! 見た目がめちゃくちゃ気持ち悪いじゃん!」
「あれ、ミミック……? いや、私が知ってるミミックと全然違うからわからないけど……」
「というか、トクヒメさんも良く死にませんでしたね。部屋の中に入った瞬間何事かと思いましたよ」
「いや、一番驚いたのはこっちだからね!? 部屋の中央に宝箱があったから、近づいて開けたらパクー! って! 初見殺しにも程があるよ!」
「ヒメさんは、もう少し慎重に行動したほうがいいと思う……。鉱山でも、岩とゴーレム勘違いして襲われてたし……」
「あれは不可抗力でしょー!?」
「そんなことより、あいつをどうするかが問題ですよ。触らなければ襲ってこないのなら楽なんですけどね。トクヒメさん、あの部屋って宝箱の他に何かありそうでした?」
「イヴちゃん。私が宝箱以外を見てると思う?」
「ごめんなさい。聞いた私がバカでした」
「せっかく三人いるんだし、囲んで殴り倒せばいいんじゃないの? シスちゃんしか武器持ってないけど」
「倒せるならそれに越したことはないでしょうけど、私は反対です。一撃のダメージがどれだけ多いかも分からないですし、少なくともあの捕食? でヒメさんの体力半分以上削れてるし……」
「だったら放置でいいのではないでしょうか? いざとなったらトクヒメさんを犠牲にして、私とシスさんは逃げれば良いですし」
「ひどくない!?」
そんなことを話しつつ、再度城の中へ。扉を開けた瞬間、宝箱が出待ちしているという最悪の事態はないみたいなので一安心です。先程と同じように左側の廊下へと進み、今度は逆側の扉を開けて私を先頭に部屋の中へと。
部屋の中は至って普通の客室と言ったような感じで、壁際に古ぼけたベッドと蜘蛛の巣のかかった本棚、それに埃のテーブルなどがあって、中央には宝箱が鎮座しています。
話し合いの末、とりあえず触れるのはやめておこうという事になりました。
本棚やテーブル、ベッドの下など、一見して調べることが出来そうな所を手分けして漁ってみますが、手ごたえはありません。お姉様とシスさんの方も何もないみたいですね。
結局、怪しいのはこの宝箱ですか。いやぁ……開けるの嫌ですねえ……これ。
イーターが宝箱に食べられるなんて笑い話にもなりませんし。
こういう時は、お姉様に頼むのが一番です。
「トクヒメさん。開けてもいいですよ?」
「えっ、本当にいいのー!?」
「いや、えっ、ええ。お好きにどうぞ……」
この人、さっきの出来事忘れていませんよね?
「えいさぁー!」
いつでもすぐに逃げることが出来るように、扉の近くで待機していると。お姉様が奇怪な声を上げながら宝箱に攻撃を始めてしまいました。
……? 気でも狂ったのでしょうか?
擬態していた場合の先制攻撃……? この攻撃で中身壊れたりしませんよね? というか、どうせ攻撃するなら、擬態してることが分かっている方を殴ればいいのではないでしょうか……。
そんな事を考えているうちに、お姉様はいつの間にか攻撃をやめ宝箱の中身を物色していました。
「何かありますか?」
「んー。ただの素材。まあ、別にいらないかなって感じ。ていうか、パーティ組んでるし、二人のインベントリにもアイテム追加されてない?」
「あ、ありますね」
【素材】百獣の血 レア:N 品質:E
様々な獣から採取できる血。不思議な事に凝固することはない。
百獣の血ですか。欲を言えば武器が欲しかったんですけど……。
「そういえば。宝箱から武器が出た場合ってどうなるんです? 流石に、全員に等しく武器がいきわたるわけじゃないですよね?」
「基本的にはロットだよー。それと、隠されてる宝箱に入ってる奴とか、イベントで手に入る武器は基本的に見つけた人。まあ、一定期間でリポップするから。まあ、そもそもフィールドマップで武器なんて早々見つからないし」
「へー。そうなんですか」
「んまあ、宝箱産というか、ダンジョン産の武器より自分で作った武器の方が強いんだけど……。リリースしてすぐだから、作れる人がほとんどいないんだよね。一応店売りもしてる事にはしてるけど、性能としてはあったらマシ程度のものだし」
「なるほど、そうなるとシスさんの武器はどこかで拾ったんですか?」
「い、いえ。私の武器は自分で作った……というよりも、スキルで最大体力を減らす代わりに自分の骨を武器として使用しているので……」
「へぇ、そんなスキルもあるんですか」
部屋を出てから、向かいの扉を眺める。
吹き飛んだ扉も、抉れた廊下も、一度出たことによるためか綺麗に元通りになっています。
「……どうします? ここを放置して、先に進んでも良いですけど」
「一応、もう一回中を確認しとこうか。宝箱に触れなければたぶん、食べられないはずだから」
「……わかりました」
注意をしながらドアを開けて、部屋の中へと侵入する。前回は宝箱に食べられている蜘蛛という、あまりにインパクトの強い光景のせいで他を見る余裕がありませんでしたが、作り自体は向かいの部屋と同じですね。
先程と同じように、宝箱に触れないようにしつつ室内を物色していると。
「あ」
という、お姉様の短い声が聞こえて来ました。嫌な予感が脳をよぎります。
隣にいたシスさんと目が合って、お互いに頷いてから部屋の中央へと同時に視線を移すと。
蜘蛛の頭部分だけが出た状態で、お姉様が再び宝箱の中へと吸い込まれていました。
あれだけ忠告したのに、どうして人は同じ過ちを繰り返すのでしょうか。
いえ、今は人じゃありませんでしたね……。
助けようと宝箱に近づいた所で、シスさんから胴の部分をがっしりと掴まれ身動きが取れなくなりました。
「シスさん……?」
と、シスさんの方向を向いた瞬間。私と同じように驚いた表情……をしているはずのシスさんと目が合いました。いや、彼女の眼は空洞なので合うはずの目が本来あるべき場所にないのですが。そこから、視線を落とすと、彼女の胴の部分を土気色をした細く長い手がっしりと掴んでいます。それは宝箱の方へと続いていて……。
あ、これ。死にましたね?
捕食されていたお姉様のライフゲージが無くなったと同時に、シスさんが宝箱の中へと吸い込まれて行きました。
ガン! ガン! と、咀嚼するかのように、シスさんを噛み砕いています。
やがて、シスさんのライフゲージも0になり、私の番が訪れました。
ぐん、と。思いっきり腰を引っ張られるような感覚の後、何度も腰を踏まれているような痛みがしばらく続いて、視界がブラックアウトして……空腹の森へと帰ってきました。