13
目の前に突如現れたカマキリは、捕らえたバッタを半分程喰らい地面へと投げ捨てた。
ギャリン、と鎌を擦り合わせながら、こちらをじっと見つめてきている。バッタを食べている間にさりげなく鑑定してみましたが、どうやら、こいつがマンティスで間違いないようですね。
……誰も来ないとは思いますが、一応パーティ募集だけでも立てておきましょう。
というか、これ。私勝てるんですか? 先程のバッタもそうでしたけど、普通にレベルが高くて吐き気がしそうです。
こちらのレベルは14なのに対して、マンティスのレベルは23。
うん……。まだ早いみたいです――って、ひあっ!?
何の前触れもなくバネの様に飛び出して来ていた鎌を、横っとびで回避する。
「うわぁ……」
横をちらりと確認してみれば、勢い良く伸びた鎌は私が居たはずの場所に深々と突き刺さっています。ギチギチ、と音を立てながら本体の元へと鎌が戻り、獲物を見る様な目つきマンティスはこちらを見据えていました。
逃げる……という選択肢は鎌の攻撃範囲的に無理そうですね。背中向けて逃げ出そうものなら、背後から鎌でぐさりと刺されそうですし。
抜刀してから、ジリジリと距離を詰める。魔物が間合いに入るまで、三歩……二歩……一歩……まだマンティスに動く気配はありません。
最後の一歩を詰めようと、踏み出した瞬間。ぶぅん、と鈍い風切り音とともに振り下ろされた鎌を左手に持っていたナイフで受け流しつつ、右手のフォークをマンティスの腹部へと突き刺す。そのまま、マンティスの側面を切りつけながら背後へと回る。
下手すると一撃もらってしまえば即死しかねませんし……ヒットアンドアウェイを繰り返すしかないですか。
鎌が伸びてくる範囲が分かってないのが少し怖いですが……あの鎌、へし折れませんかね。
マンティスはゆっくりと回転しながらこちらを向き直し、真っすぐに鎌を伸ばして攻撃を繰り出してきます。鎌を横によけ、上から剣を振り下ろす――いや、この勢いはもう叩きつけると言った方が正しいでしょう。
キィン、と。まるで、金属を強く打ち付けたような音が辺りに響く。
「くぅ……切れませんか……っ!」
今度は上下から挟み込むように切り付けてみましたけれど、同じように剣が弾かれてしまいました。
鎌はダメ……となると、やっぱり攻撃を掻い潜って身体を攻撃するしかないですか。
一度距離を取ろうとすると、そこを狙い澄ましたかのように攻撃が飛んできます。振り下ろされる鎌を頭の上で受け止め、弾き、鎌の隙間を潜り抜けながら胴体部分を攻撃しては離脱を繰り返していく。
かれこれ、十分程殴り続けているんですが、体力が半分も減ってないですね……。
……やっぱり、こいつに手を出したのが間違いだったのかもしれません。だからと言ってこのまま殺されてやるつもりもありませんが、このままじゃ勝てる気もしないんですよね。
……あっ、そうだ。
せっかくですし、あれを使ってみますか。
伸びて来た鎌を避け、鎌が戻り切る間にインベントリからミニトリスの肉を使った料理を取り出し、口の中へと放り込む。
ごくり、と。料理を飲み込むと、身体のお尻の部分になんとなく違和感を覚えます。後ろを確認すると、お尻の部分に可愛い尻尾……ではなく、蛇が生えていました。
レベリングをしている途中に気づいた私の隠れた能力……いや、私が気づかなかっただけで隠れても何もなかったのですがどうやらこれが捕食のスキル効果らしいです。
スキル欄には元々なかったスキル≪ストーンブレス≫が追加されています。
≪ストーンブレス≫
範囲攻撃。確率で対象に石化を付与する。
これはミニトリスの肉を食べた事による追加スキルですね。何度か肉を食べて確認してみましたが、現時点ではとりあえず≪ストーンブレス≫しか増えないようです。
っとと、このマンティスに効果があるかどうかは分かりませんが、一か八かどうせ逃げられないのなら試してみる価値はアリです。
ただ、このストーンブレス……前方範囲攻撃何ですが、尻尾に生えた蛇の口からブレスを吐き出すので、マンティスに背後を取らせる形になっちゃうんですよねえ。上手いこと石化してくれたらいいんですけど……。
伸びて来た鎌を躱しつつ、距離を詰めながら懐へと潜り込む
次に鎌が伸びた瞬間を狙って――今っ! 近距離で飛び出してきた鎌を無理矢理避けつつストーンブレスをマンティスに直撃させる。
……表示されたレジストという文字と共に振りかざされた鎌が私の眼前へと迫ってきます。あ、これ、避けられないですね。
これから来るであろう痛みに備え思わず、目を瞑ってしまいました……が、しかし、一向に私に攻撃が届く気配ありません。
あれ? おかしいですね?
目を開けてみると、視界に入り込んできたのは両断され地面に横たわっているマンティスと、自らの背丈よりも大きな斧を抱えた少女の姿でした。
「あの……すみません、獲物を横取りする形になっちゃって」
背後から聞こえてきた声に反応し、振り向いた所で私は目を奪われました。
私の瞳に映ったのは同性の私でも見蕩れてしまう程に可憐で儚い少女の姿でした。純白のワンピースに、透き通った銀色の髪。そして、何よりも印象深かったのが、片翼しかない天使の羽。
「……大丈夫ですか? 離席中だったりします?」
「あ、いえ。すみません、助かりました。一人じゃどうしようもなかったので……」
「いえ、こちらこそ横取りのような形になってしまって……一応、パーティに参加した時点で個人チャットを飛ばしたんですけど……お返事がなかったもので」
「あー……すみません。戦闘に集中してて気づかなくて……」
一回や二回じゃなくて結構な数チャット飛んで来てますね……しかもこの時間ってもしかして戦闘始まってすぐじゃないですか? えぇ、もしそうだとするともしかしてあの情けない戦闘シーン見られてたり……恥ずかしい……穴が合ったら入りたい……。
「ねぇ、ヴィイ。蛇腹鎌手に入ったけど、必要?」
おそらく、マンティスを両断したであろう少女が、こちらまでとことこと歩いて近づいてきて、目の前にいた少女に話しかけた。
なるほど、この天使の少女はヴィイと呼ばれているのですね。
「んー……私は要らないかな」
顎に手を当て悩む姿ですら、絵になっていて。
「えっと……あなた……」
ヴィイと呼ばれた少女がこちらへと向き直り、少し困ったような表情を浮かべている。
そういえば、まだ自己紹介もしていませんでした。
「申し訳ありません、自己紹介がまだでしたね。私はレイヴンと申します」
「私はスピネルヴィイ。ヴィイと呼んでください。それで、こっちは……イオ、挨拶して」
「僕はサファイアイオ。イオでいいよ。獲物、殺しちゃってごめんね。お詫びにこれあげる」
ん、と。イオは手に持っていた蛇腹鎌をこちらへと差し出してきました。
ヴィイの影に隠れていて見えませんでしたが、イオの姿はヴィイとよく似ていました。ヴィイと相反するような飲み込まれてしまいそうな程の真っ黒なワンピースに、すらりと伸びた透き通るような肌。何よりも、ヴィイの天使の羽と対になるように彼女の背中に生えている、赤みのかかった黒い羽。
まるで、二人で一人のような。
そんな錯覚を覚えてしまいそうな程に、二人の姿は酷似していました。
「え、いや。そんな悪いですよ。私が倒したものじゃありませんし」
「私たちが持っていても使いませんから、もしよろしければ貰ってください」
ヴィイはこちらを向いてにっこりと笑っていました。イオも、半ば押し付けるかのように手をこちらへと伸ばしたままです。
んんー、正直な所、鎌を使う予定は全然ないのですが、ここで好意を無下にするのもなんだか悪いですし……何より、彼女たちが来なければ私はそのまま死んでいたかもしれませんし……。
彼女たちも別に私にゴミを押し付けようとしているわけではないでしょうし、頂けるものは頂いておきましょう。お姉様が使う……いや使えませんか、蜘蛛ですし。
「そうですね、イオさんありがとうございます」
「別に。それとイオでいいってば。その呼び方、なんかむずむずするから」
「す、すみません……ありがとう、イオ」
「ん」
「レイヴンさんは、これから何か予定があるんですか?」
これから? んー、何かあったっけ?
時間もまだ余裕があるし、特に何かすべきことはなかったはず…。レベル上げは、まあ来週までに終わらせておけばいいし。
「いや、特にないですね」
「もし、レイヴンさんがよろしければなんですけど……私たちと一緒に行動しませんか?」
「え……?」
私を誘うメリットがこの二人にあるとは思えないのですが。
って、二人ともレベルが20台後半じゃないですか! ますます誘う理由が分からない。
「え、っと、その、私まだレベルが低いですし、お二人の足を引っ張ってしまいますし」
「いえ、そんな事はないですよ」
ヴィイはきっぱりと断言する。
「私たち、今からダンジョン攻略をしようと思っていたんです。もしよかったら一緒に行きませんか?」
ダンジョン……ダンジョンですか。確かに、私一人でダンジョン攻略はまだ出来そうにないですし、ありがたい申し出ではありますが。
「それに、ダンジョン内の難易度はパーティーメンバーの中で一番低い人に合わせられるから、レイヴンさんにとっても悪い話ではないと思うけど」
「それなら私でもどうにかなりそうですけど、ヴィイさんもイオもあんまり美味しくないんじゃ?」
わざわざレベルの低いダンジョンに潜る必要性もないだろう。こういうゲームって大抵ドロップ品なんかも難易度に依存してそうですし。
それとも、ダンジョンの踏破自体が目的だからあんまりレベルが高いと面倒とか? それならまだわかりますが……それでも、私なんかより、同じレベル帯の人たちを連れていった方がいいと思いますが。
「えっと、ですね。実は、フレンドのレベリングを兼ねてて……丁度、今から合流しようと思っていた人がレイヴンさんと同じくらいのレベルですよ。それで……三人よりも四人の方がダンジョンクリアも楽なので……」
ああ、なるほど。そういうことですか。確かに、単純に数が多い方が攻略は楽ですもんね。
「いや、でも、そのヴィイさんのフレンドさんもいきなり知らない人が来たら困るんじゃないですか?」
「パパラチアにはもう伝えた。いいってさ」
イオさんが急に黙り込んでいたかと思ったら、どうやらそのフレンドさんに連絡を取っていたみたいです。
いや、それにしても行動はやすぎませんかね?
「それで、どうでしょうか? もし何か用事があったりしたら全然断っても構いませんし」
うーん、確かにレベリングの作業を一人で延々とこなしていくのも飽きて来た所です。お姉様もまだログインしていないようですし。
ここは一緒にレベリング作業をした方が良さそうですね。私の進化ルートに影響があるかどうかはわかりませんが、他種族の技もちょっと見てみたいですし。
主にPvPをすることになった時のためですけど。
「ヴィイさん、イオ。足を引っ張ってしまうかもしれませんが、一緒に行ってもいいですか?」
「うん! 是非!」
ヴィイさんが満面の笑みを浮かべる。横に居たイオの表情も心なしか柔らかくなったような気がします。
というか、笑顔がとても似合いますね。屈託のない笑顔というか。心が浄化されそうです。
「そのフレンドさんとどこで合流予定なんですか? 私のせいで待たせるのも悪いですし……」
「元々、ダンジョンの前で集合予定だったんですけど。あー……寝坊したみたいで。イオ、パパラチア今どこに居るって?」
「もう向かってるって言ってたけど。多分、僕たちの方が先にダンジョンに到着するよ。なんなら先に潜る? レイヴンを待たせるのも悪いし」
「いや、そこは私に構わないでください。全然待ちますから」
そうじゃないと、そのパパラチアっていう人に申し訳なさすぎます。
「というか、ダンジョンってここから近いんですか?」
「かなり近いですよ。このマップの中央付近です」
想像以上に近かった!
結構な時間待つことになりそうですかねこれは……。
「ねえ、レイヴンって人間……じゃないよね?」
イオが私の顔をまじまじと見ながらそんな事を口にする。
これは……私の種族の事を聞いているってことでいいんですよね? まあ、パッと見た感じ見た目は唯のやつれた人間ですからね……。
「一応、人間じゃないことになってますね。私の種族は空腹令嬢っていうらしいですけど」
「空腹令嬢……? ああ、エクストラの方なんだ。ってことはキーアイテムを見つけたんだね」
「本当にたまたまでしたけどね。イオの種族は……悪魔?」
「うん、まだ下級悪魔だけど」
「ということは、ヴィイさんは天使なんだ」
「んー、天使って言えば天使だけど厳密にはちょっと違う、かな。私、キューピッドだから」
「違うんですか?」
「私にもあんまり良く分かってないんだけどね。一応天使からの進化ルート分岐だから広義的には天使だと思う」
適度に雑談をしながらダンジョンの入口へと向かうと、そこには人影が。
但し、その身体は全身、美しい白銀の毛に包まれていて。
私たちの姿を見つけるや否や、鋭い眼光でこちらを睨みつけてきました。
そうして、ゆっくりとこちらへと近づいてきて……私たちの目の前に立った所で……
「遅れてすいませんでした!!!」
額を地面に擦りつけるように頭を垂れ、綺麗な土下座のポーズをこちらへと披露してくれました。




