01 プロローグ
ゲームのお話になるので、ゲーム用語が多く出てきます。
要望があれば、用語を纏めたページを作るか後書きにでも書いておきます。
チチチチチ、と窓の外から小鳥の囀りが聞こえてきています。
昨日、きっとカーテンを閉め忘れていたのでしょう。朝の日差しが顔を照らして、まだまどろみの中にいる私の意識とは裏腹に、身体は覚醒を促してきています。
「麻央、起きなってば。なーあー、お腹空いたんだよぉー」
鳥の鳴き声に混じって、若干気だるげな声も聞こえていますが、たぶん気のせいでしょう。
「あと五分したら起きます……」
そう呟いてから寝返りを打って毛布にくるまります。せっかくの休みなのですから、出来るだけダラダラ過ごすと昨日のうちから心で決めていました。
「今日の料理当番は麻央だろぉ~……」
「お姉様の分のお昼ご飯は、昨日のうちに作って冷蔵庫の中に……すぅ……」
「あんなんじゃ全然足りないんだもん」
ゆさゆさと、遠慮がちに身体を揺さぶられますが、今の私にとってその行動はゆりかごのように心地の良いものでした。
「んー、こうなったら仕方がない。あんまり気が進まないけど今日のお昼ご飯は私が――」
「起きましたっ!」
一瞬のうちに意識を覚醒させて、キッチンへと向かおうとするお姉様の肩をがしりと掴んで動けないようにします。
「お願いですから……お姉様はキッチンに入らないでください……暗黒物質しか作れないんですから」
「流石に目玉焼きくらいなら作れるようになったしっ!」
「真っ黒になっているアレを目玉焼きとは呼びませんから……。すぐに用意しますから、お姉様は大人しくしててください」
「はぁ~い。あ、そういえば麻央が寝てる間になんか大きな荷物が届いてたよ? かなり大きいし、結構重たかったから玄関に置きっぱなしにしてるけど」
「何かを頼んだ覚えはないのですが……。あとで確認してみます」
とりあえず、お姉様が余計な事をしないようにお昼ご飯を作ってからですね。
「お姉様、ウインナーとベーコン、どちらの気分ですか?」
「選ばなきゃダメ?」
「はぁ、仕方がないですね」
冷蔵庫から取り出したベーコンを半分に切ってから、ウインナーを包んで形が崩れないように爪楊枝で固定して……。熱したフライパンに少な目に油をひいてから投入。
パチパチと油が跳ねています。焼き目がついたらひっくり返して、後は余熱で。流石にこれだけでは足りないでしょうし、適当にスクランブルエッグでも作りましょうか。そういえば、賞味期限が近い食パンが余ってましたね。どうせなら使ってしまいますか。
食パンの上に作ったスクランブルエッグを薄く広げてからその上にウインナーベーコンを。その上にもう一度スクランブルエッグを乗せて、もう一枚食パンを重ねてから軽く押さえつけます。本当はもう少し丁寧にやっておきたい所なのですが。ちらりとお姉様の方を見ると、我慢出来ないようでそわそわしていますし、今日の所は諦めましょう。
対角線に包丁を入れて、具材がはみ出さないように丁寧に切ってから、余ったウインナーベーコンと一緒にお皿に盛り付けお姉さまの前へと。
「ん~! 美味しそう! やっぱり麻央の作る料理が一番だよ!」
「大袈裟ですよ。荷物の確認をしてきますので、お姉様は食べていてください」
お姉様が大人しくなったのを確認してから玄関の方へ。
うわぁ。想像以上の大きさの段ボールに入った荷物を見て、思わず固まってしまいました。
宛先は鴉間麻央と書いてあるので本当に私宛みたいですね。送り主は……バベルソフトウェア? 聞き覚えのあるような、ないような……。
ダメです。思い出せません。中身を見ればわかりますかね?
とりあえず、ダンボールを移動させようとしたのですけれど、あまりにも重くて私の力では動かすことも出来ません。
どうしましょう。引きずって持って行くわけにも行きませんし。
「お姉様に頼るしかありませんかね……?」
「呼んだかい?」
「うひゃあ!?」
いつの間に来たのでしょうか? 背後からお姉様に声を掛けられて少しだけびっくりしてしまいました。
「すみません、私一人では全く動かなくて……。すみませんが、手伝ってくれませんか?」
「お昼ご飯作ってもらったし、お姉ちゃんに任せなさいな! よっ……んっ……いや、ごめん。悪いけどそっち側持ってくれる?」
お姉様は一人で抱え上げようとしていましたが、流石にそれは無理があるでしょう。
どうにか、私の部屋まで無事に持ってくることが出来ました。正直、腕が攣りそうですが。
「それだけ大きい荷物……一体何を頼んだの?」
「それが、特に覚えもないのですよね。送り主にはバベルソフトウェアと書いてあるのですが」
「もしかして、あの懸賞じゃない? BOの」
「ああ、なるほど。まさか当たるとは思っていませんでしたが」
Babel Online.通称BO。フルダイブ型のバーチャルリアリティオンラインゲームの新作ゲームのタイトルらしく、今までに発売されたものよりも没入感が増幅されるように、従来のゴーグル型だけでなく、コフィン型の機器が新しく発売されるとのことで。
数ヵ月ほど前に、懸賞に応募していたことを今思い出しました。まさか、当選するとは思っていませんでしたが。
「いいなぁ~。お姉ちゃんもそれ欲しかったんだよなあ~」
「あげませんからね?」
「流石に、そこまでずうずうしいことは言わないって。お姉ちゃんはゴーグル型の新型機買っちゃったからねえ。それに、置き場もないし」
「お姉様の部屋、いつ見ても散らかってますものね」
「何処に何が置いてあるかは全部把握してるから大丈夫」
「掃除が出来ない人はすべからくその台詞を口にします」
話をしながら、ガムテープをベリベリと剥がしていきます。中から出て来たのは丁寧に梱包された少し大きめのコフィン。ぱっと見た感じの印象では未来的な棺桶といった所でしょうか。その他には、ゲームのパッケージとコフィンの説明書。
「麻央、BOのリリース日は明日のはずだから、やるつもりなら今のうちに基本設定だけでも済ませておいた方がいいよ。それなりに時間かかるから」
「そうですね。やることもないですし、というか、お姉様もBOやるつもりだったんですか?」
「まあ、気になってたしね。せっかくVR機器を買ったのに、あんまりやるゲームもなかったからね」
VR機器本体の説明書をぱらぱらと読み進めましょう。
初期設定を行う際は、コフィンの中で横になりアナウンスの指示に従ってください。
外部アラームの設定が可能。なるほど、これはありがたいですね。
有用そうなのはとりあえずこんなものでしょうか。
次はゲームの方の説明書を。最近のゲームの説明書と来たら、インターネット上で見るものになってきてしまっていますが、これも同様みたいですね。個人的にはゲームを始める前の説明書を読む時間が好きだったのですが……今ではたった一枚の紙になってしまって少しだけ悲しみを覚えます。
注意事項
ゲーム内容の詳細は、公式サイトをご覧ください。
このゲームを遊ぶためにはVR機器とインターネット回線が必須になりますのでご注意ください。
※オンラインゲームが初めての方へ※
プレイヤーが操作するキャラクターは人である事を意識しておきましょう。暴言や失礼な発言をしないように心がけてプレイをしてください。
個人情報はむやみに明かさないようにしましょう。個人情報が分かるような会話、話題は避けるようにしましょう。本名や電話番号などはトラブルの元になるので、絶対に教えないようにしましょう。
ルール違反にはペナルティが存在します。違反があった場合、一時的なアカウントの停止措置を執らせて頂く場合がございます。また、あまりにも悪質な場合には警察に通報し、法に則った処置を行う場合もあります。ゲームはルールを守って、正しく安全に遊びましょう。
禁止事項を詳しく知りたい場合は公式サイトに情報を載せておりますのでそちらをご確認ください。
オンラインゲームをやるに当たっての基本注意事項と公式サイトのURLしか書いていませんね。紙の大きさから大体想像出来てましたけど。
パッケージの中に合った紙は説明書と、もう一枚。『限定特典キャンペーンコード』と書かれた紙が封入されていました。もらえるアイテムは初心者用の消耗品セット。それと雀の涙程度の所持金ボーナスですか。
「お姉様、特典要りますか?」
別に要らないので押しつけようとか思ってたりはしないですよ?
「要らないや。麻央が使っちゃいなよ。私、一応クローズドαからやってたから、別で特典もらえるし」
「どうして誘ってくれなかったんですか?」
「いや、麻央がMMOやってるイメージ無かったし。そもそもVR機器持ってなかったでしょ?」
「確かに、それもそうですね」
「んじゃ、あたしはちょっと今から出てくるから」
「晩ご飯はどうしますか?」
「んー、少し遅くなるかもしれないから作んなくていいよ。母さんたちも、どこかで食べて帰るって言ってたし」
「自分の分も作らないといけないので、必要なら冷蔵庫に入れておきますよ?」
「本当に? じゃあ、お願いしてもいい?」
「ええ、任せてください」
「ありがとっ! 今度お礼に何か作って――」
「それは結構です」
外出するお姉様の姿を見送りながら玄関の戸締まりをする。
お姉様をキッチンに立たせると、収縮された地獄のような風景が出来上がってしまうので、それだけは絶対に阻止しなくてはなりません。お姉様が壊滅的に家事が出来ないせいで、必然的に私の家事スキルが上がってしまいました。お料理もお掃除もお洗濯も嫌いではないですし、むしろ好きなのですが……少しばかりお姉様を甘やかしすぎたかも知れません……。そろそろ、自分の洗濯物くらいは自分で畳んで欲しいものですが。
ちらり、と時計を見ると十二時を知らせる鳩が時計から勢いよく飛び出して来ました。洗濯物は朝のうちに干してしまいましたし、晩ご飯は私一人なので急いで作る必要もない。
今のうちに初期設定をしておきましょうか。ゲームのインストールも多分必要でしょうし。
問題は、このコフィンをどこに置くかですが。
お姉様と違って部屋が散らかっては居ないので、割とどこでもいいのですが、結構大きいので場所を取り過ぎるんですよね。
自室は至ってシンプルで、置いてあるのはベッドにPCデスクとそこそこ値段の高い椅子、それと本棚に小さなローテーブル。白色が好きなので、置いてある家具は基本的に白で統一しています。それを考えるとこのコフィンも白色で良かったです。電源を必要とする以上コンセントの近くのほうが良いですよね。
そうなると必然的に置ける場所の選択肢がどんどん狭まっていきます。とりあえず、仮置きして、気に入らなければ動かせば良いですね。ありがたいことに、キャスターが付属していたので、これなら一人でもどうにか動かす事が出来そうですし。
とりあえず、収まりの良い場所に動かして、電源ケーブルとネット回線を接続。ポチポチと、コフィン外部に取り付けられている液晶を弄りながら設定を進めていると、どうやらシステムの更新が必要なようです。
今のうちにゲームのアカウント登録でもしておきますか。さっきの先程の説明書に書いてあったURLをPCに打ち込み公式サイトへ。アドレスとアカウント情報の登録……あ、今の時点でキャンペーンコードも入力出来るみたいですね。今のうちに入れておきましょう。
公式サイトのゲーム説明を見ていると、背後でシステムの更新終了を告げる音が鳴ったので、サイトの閲覧を中断してから初期設定に移りましょう。
ついでに、スムーズにゲームのインストールが出来るようにディスクも先に挿入しておきましょう。
コフィンの前面部分がスライドして、中へと入れるようになりました。コフィン内部にスライドした部分が収まってくれる設計で助かりました。
中は簡易的なベッドと、ヘッドフォンにバイザーが置かれていた。
やっぱり、これは必要なんですね。ヘッドフォンとバイザーを装着してから、横になってみると、案外寝心地は悪くありません。いや、むしろ良い方かも?
横になって少しすると、コフィン上部が勝手に閉じ、それと同時に音声が聞こえてきました。
『これより、VR機器の初期設定を行います。必要項目の入力をしてください』
表示されている項目を思考操作で一つ一つ埋めていく。
打ち込まなくてもいいというのはやっぱり便利ですね。
『身体情報をスキャンを開始する前に、注意事項です。スキャンを行う場合、身体のラインが出来るだけ出ている服、もしくは薄着でスキャンをしていない場合、読み取ったデータと現実の情報が著しく乖離する場合がございます。スキャンを開始してもよろしいですか?』
服はほぼ肌着みたいなものだし、大丈夫……ですよね? もしかして、胸に詰め物とかしてたらバストが大きくなったりするんでしょうか? 盛る必要もない程度には実ってはいますが。
多分、大丈夫でしょう。
『身体情報のスキャンを開始致します』
身動きが取れないので、目を瞑って静かに待ちましょうか。気を抜くと寝てしまいそうですけれど。
『……スキャンが完了致しました』
身長が161cm、体重は見なかったことにしましょう。バストはまた大きくなってないですかこれ。でも薄着になってスキャンし直すのも手間がかかりますし。ウエストとヒップは秘密です。
表示された身体データに対して、OKを選択。すると、目の前に自分の姿が現れた。
毎朝鏡で見ている見慣れた姿。ドッペルゲンガーみたいですね。
『こちらのモデルが基礎データとして扱われることになります。ゲームの開始時にはこちらの基礎データを元にモデルの読み込みが行われることになります。基礎データの更新は、オプションからいつでも可能です』
これで初期設定は終わりみたいですね。
『以上で初期設定を終了致します。続いて、挿入されたゲームのインストールを行いますか?』
YESを選択。
『読み込み中です――FDVRMMO――Babel onlineが検出されました。インストールを開始します。終了予定時間――残り時間は四時間です』
おおう。結構な時間がかかりますね。
流石に、四時間は長すぎるので、晩ご飯の用意でもしましょうか。
これ、コフィンから出たい時ってどうすればいいのでしょう?
『コフィン内部から離脱しますか? インストールの最中にコフィン外部へと出ても問題はありません』
YESを選択してから、ヘッドフォンとバイザーを取り外し、コフィンの外へと出て背伸びをする。
晩ご飯を作り終えてから、一休みして部屋へと戻るとゲームのインストールが完了していました。こういうタイプのゲームはキャラクタークリエイトだけ先に出来るものも多いので期待して起動してみましたが、どうやらダメみたいです。
仕方がないので情報を集めていると、お姉様が思っていたよりも早く帰ってきたので一緒に夕食を。
やることを終えたら、眠気が襲ってきたのでそのままベッドへとダイブです。
おやすみなさい。